26話 溺愛
イザベル視点です
「私、ベルさんのことが好きです」
「……」
「友人として、家族のような存在として好きという意味じゃないですよ。恋愛対象として、ベルさんのことが好きです」
「……!」
「…だから、もしよかったら、私と付き合っていただけませんか」
「……」
数か月経った今も、あの日のことが本当に現実だったのか信じられなくなる時がたまにある。
正直、エリカさんに「大事な話がある」と言われ屋敷の近くの見晴らしの良い丘に呼び出された時から、心のどこかで期待はしていた。もしかしたら告白でもされるんじゃないかって。
でもずっと待ち望んでいた言葉を実際に言われた瞬間、わたしの頭は真っ白になってしまった。
「…あの、もしダメでしたら遠慮なく断っていただいても大丈夫ですよ。ベルさんが断ったことを理由に私が何か報復をしたり、私たちの関係が変わったりすることは絶対にありませんから」
「……!」
「でももしそうなっても、できれば私のことを避けたりしないで、今までと同じようにそばに居てくれると嬉しいかな」
わたしがやっと我に返ったのは、嬉しさのあまり一言も喋ることができず放心状態になってしまったわたしの様子を見て誤解をしてしまったのか、少し寂しそうな表情になったエリカさんがわたしにそんな言葉をかけてきた時だった。
「ご、ごめんなさい!あ、ああっ!いや、そういう意味のごめんなさいじゃなくて…!もちろんです。もちろんわたしでよければ喜んで!」
「…いいの?」
「はい、もちろんです。ダメな訳がないです。あまりにも夢のような話で、現実とは思えなかっただけなんです。ぜひお願いします!」
「…ふふ、よかった。でも少し落ち着いて?」
「いや、落ち着けないですよ!まだ現実かどうかもわから…ッ!?」
――ちゅ
嬉しすぎて現実とは思えなかったエリカさんの言葉に頭が追いつくことができず、そんな状態の中でも必死に自分の気持ちを伝えようとしていたわたしに、エリカさんは小悪魔っぽい笑みを浮かべてトドメを刺してきた。
正直、その瞬間は気を失って倒れそうになった。たぶん喜びと興奮の量が自分の許容範囲を超えてしまってたんだろうな。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
その日のことを思い出しながら、わたしは自分の腕の中で眠っている最愛の人の頭を優しく撫でていた。
……ごめんなさい、エリカさんが眠っているというのは嘘です。彼女は今、一瞬気を失ってしまいました。
ああ、またやりすぎてしまった…。エリカさんの反応があまりにも可愛くて、毎回自分をコントロールできなくなってしまう。
普通にしていても可愛すぎてちょっといじめたくなるのに、少し意地悪な責め方をしたら目に見えてエリカさんが悦ぶから歯止めがかからなくなっちゃうだよね。
そこまで考えてわたしが「可愛すぎるのも問題だよね」と訳の分からない独り言を呟いた次の瞬間、エリカさんが目を覚ました。
「おはようございます、エリカさん」
「……」
あっ、エリカさん、そっぽ向いちゃった。…そういう仕草もいちいち可愛い。
「あ、あれ?もしかして怒ってます?」
「……」
「…ごめんなさい、エリカさん。許してください」
しばらく無言だったエリカさんは、拗ねたような声でわたしに抗議をしてきた。
「私、何度ももう無理って言いましたよね?」
「…はい」
「お願いだからやめてって、少しだけ休ませてって必死になってお願いしましたよね?懇願しましたよね?」
「……はい」
「…どうして無視したんですか」
「ごめんなさい、エリカさんがあまりにも可愛くてつい」
「…可愛いって言っておけばすぐに私の機嫌が直るとでも思ってるんですか!?」
…正直ちょっと思ってます。…違うの?
「そんなことないですよ。…ごめんね?次からはちゃんと気をつけますから、どうか許してください。機嫌直して…?」
そう言いながらわたしは、後ろからギュッとエリカさんのことを抱きしめた。
「……別に怒ってはないんですけど」
それだけで声から刺々しさがなくなってしまうエリカさん。可愛い。可愛すぎる…!
「でも本当にさ、次からはもう少し手加減してくださいね。私、本当に死ぬかと思ったからね。一瞬でも意識が飛んでるってことは、そのまま心臓発作かなんかで死んじゃうかもしれないってことだよ?危険なんだよ?」
「ごめんね。でも気持ちよかったでしょう?」
「……」
「…うそうそ、ごめんなさい。気をつけます」
いや…いつも最初は「ちゃんと手加減しなきゃ」って思って気をつけてるんですけどね。途中から自制心とか理性とかがどこかに飛んでいっちゃうんですよね。エリカさんがあまりにも可愛いから。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
溺愛。
わたしのエリカさんに対する感情を一言で言うなら、「溺愛」という単語がぴったりだと思う。
もうね、エリカさんのことが可愛すぎて、彼女のことが好きすぎて、わたしは間違いなくエリカさん自身やエリカさんに対する自分の愛情に溺れていた。
元々暴走気味だったわたしの気持ちはもう完全に制御不能になっていて、わたしはエリカさんやエリカさんとの毎日を守るためなら何を犠牲にしても構わないと本気で考えていた。
エリカさんが望むことなら何でもするし、エリカさんが欲しがるものはどんな手を使ってでも手に入れる。
エリカさんに敵対する相手は容赦なく排除するし、エリカさんを恋愛対象と認識して近寄ってくる相手もきっとそうする。
エリカさんが望むなら誰の命を奪うことも一切躊躇しないし、もし彼女がわたしのことを必要としてくれなくなったらその瞬間にわたしは自ら命を絶つ。
……まあ、物騒な話はこれくらいにして。
エリカさんと肌を重ねるようになって分かったことがあった。それは、実はわたしがかなりのドSだったということだった。
最初はエリカさんの方がより積極的だったんだけど…。気がついたらベッドでの主導権は完全にわたしが握っていた。
ちょっとSっ気のある感じで責めるとエリカさんがあまりにも悦んでくれるから、ついつい調子に乗ってしまうんだよね。
しかもこう…どんなことをしたら悦んでもらえるか、どんな心構えでそういうことに挑むべきかなどの理論的な部分はメリッサ先生が丁寧に指導してくれるから、わたしは今まで全く経験がなかった割には自分のスキルに自信を持てるようになっていた。
…たまにではあるけど、夜中自分が寝てる部屋で、こっそりメリッサからそういう指導を受けていることを知ったらエリカさん、何とも言えない微妙な顔をするんだろうな。それとも顔を真っ赤にして怒るのかな。
でも安心してね、エリカさん。エリカさんが悦んでくれている可愛い姿は少しもメリッサに説明してないし、もちろん実技指導も一切受けてないからね。あなたにもっと悦んでもらいたいからその道の専門家に座学で理論を学んでいるだけだよ。
そんなわたしの努力の甲斐もあって、エリカさんはわたしとの夜をとても楽しんでくれている。
でもちょっと副作用もあって…。なんか最近のエリカさん、夜はちょっと従順すぎるというか、日に日にMっ気が増していってる気がするんだよね。
そしてそんなエリカさんの姿に加虐心を刺激されたわたしが毎回やりすぎてしまうという流れがもはやテンプレになりつつある。
たとえば、大変恐れ多いことに、わたしはベッドではエリカさんのことを「エリカ」と呼び捨てにするようになった。
なんかね、呼び捨てにした瞬間、それだけでエリカさんが目をトロンとさせて悦ぶから、やめられなくなっちゃったんだよね。
だからもう、二人の間ではわたしがエリカさんの名前を呼び捨てにする瞬間が「そういうことを始めるぞ」という合図になっていたりする。
…そのうちベッドではエリカさんに自分のことを「ご主人様」とでも呼ばせようとしそうで自分が怖い。
というか正直、呼ばせたい。ものすごく呼ばせたい。
たぶん、エリカさんなら喜んで呼んでくれると思う。というか、もしかしたらエリカさんもそれを望んでくれているのかもしれない。
…っていやいやいや。ダメだよ、イザベル。落ち着いて。よく考えて。あなたは自分をコントロールできない子。そんなことしたら本当に歯止めがかからなくなっちゃうから。
やめよう。我慢しよう。ね?
元々暴走気味だったわたしの気持ちはもう完全に制御不能になっていて、わたしはブクマと☆評価をもらうためなら何を犠牲にしても構わないと本気で考えていた。




