第11話 私が“裏”女王候補に適正な理由
肩越しにこちらを振り向いた兄様と、ついに目と目が合ってしまった。
この小刻みな揺れは、兄様のが伝染しているのか、それとも自身が震えているのか。
分からない。
分からないけど。
「見捨てないでぇ~……」
縋るように兄様を見た。
涙を目にいっぱい溜めて、見捨てられたら私、攫われちゃう、と。
瞬間、兄様はブフォーッと噴き出した。
静かな室内に、兄様の笑い声がアハハハハッと響く。
「あんな立派な啖呵を切っておいて、何でそんな事になるんだよ」
「え、だって兄様が」
「俺が何?」
笑いながら言う彼を見て、私は「あれ?」と首を傾げた。
だって兄様はつい今の今まで、私に呆れ果てて、体を震わせる程に怒って……。
ハッとする。
ちょっと待って。
もしかしてあれ、笑いを堪えてた?!
慌てて辺りを見回せば、クシーさんが不自然にこちらから顔を背けている。
……なんか笑ってるような気がするし、あっ! 今の今まで気づかなかったけど、さっき兄様の胸倉を掴んでたあの怖い男も笑ってる!
ムゥーッとふくれっ面になって兄様に再び目をやると、彼は笑い過ぎて涙さえ出ていたようで「はー笑った」と言いながら目元の涙を人差し指で拭っていた。
そして満足したように言う。
「さっきも話した通り、お前たちの行く末は見世物か変わった趣味の金持ちの玩具……だったけど、まぁ可愛い妹が言うんなら仕方がないよねぇ」
「えっ?」
「お前たちにも、更生の機会を与えようか。たった一度の、普通になるための努力をする機会だ」
ちょっと待って、私、そんな事してほしいなんて言ってない!
兄様がちゃんと抑えておいてくれないと、彼らに普通になる機会を与えるっていう事は、行動の自由があるっていう事でしょ?
私この人たちにどんな目に遭わされるか……。
あぁでも、兄様さっきものすごい事を言ってたな。
そっちをしてほしい訳でもない。
だってなんか怖いし。
そういう事ができちゃう世界も、そういう趣向の人がいるっていう事実も。
そして何より、私が少なからず顔を合わせた人たちが、そういうところまで堕ちてしまう未来も。
あぁでも……!
彼らが酷い目に遭う未来と、私が酷い目に遭う未来。
その二つが頭の中でグルグルと回り、脳内は混乱を極めていく。
その間にも、兄様は顎に手を添え何やらブツブツと呟いていた。
これからの事を考えてでもいるのだろうか。
兄様の思考を邪魔する人は誰もいない。
クシーさんはまったくの無表情だし、兄様の胸倉を掴んでいたあの男の人は「おいおい、マジかよ」と苦笑するも、意見する気配はない。
他の人たちも皆して、「カイン兄様の決定には口を挟まない」というスタンスはおおむね同じようだった。
「うん、そうしよう」
一体何が「そうしよう」なのかはまったく分からないままに、兄様は一人で何かを決めてしまったようで、周りに「とりあえずこいつら、『地下』に入れといて」と指示を出して私の方を向いた。
「じゃあ、そろそろ帰ろうか。おこちゃまにはもうかなり遅い時間だし」
どのくらい時間が経っているのだろう。
廃屋の外は真っ暗で、夜が明けるにはまだしばらくかかるという事だけは確実で。
しかし明日もいつもと変わらぬ日常が待っている私にとっては、たしかに早めに寝るに越した事はない。
「カイン兄様、私、もう十六歳だもの。立派な大人よ?」
差し出された手を取らないという小さな抵抗と共に言えば、カイン兄様はキョトンとした後、何故か楽しげに笑って言った。
「そうだね、もう立派なレディーだ。俺たちの《《稼業》》を十分継げるくらいには」
「それは嫌。兄様、私の代わりにやらない?」
一応訂正してくれたので、彼の手を取り歩き出す。
「それはダメだよ。一族の決まりだもん」
「でも、生まれの順番だけで決めるなんて、おかしいよ」
「それはサラがやりたくないだけでしょ?」
「うっ……」
実際に、やりたくないのはまったく以ってその通り。
だから思わず言葉に詰まった。
でも末の子だからって“裏”女王候補にされている事に疑問があるのは本当だ。
「だって、兄様はもう既にこうやって、裏社会を統率してるじゃない。同じように王国もやっちゃえばいいんじゃないの?」
私から見れば、カイン兄様には人を従える才があると思う。
その上経験も伴っているのだから、適材適所が一番いいんじゃないかと私は思うんだけど。
「俺じゃあ駄目だよ。決まりを抜きにしてもね」
「どうして?」
「俺は、どこまで行っても自分のやりたい事しかできない人間だからね」
「私も、自分のやりたい事しかしたくないんだけど……」
「『したくない』と『できない』は違うよ。それに」
兄様がこちらを見て言った。
「『普通』の尊さを知っているっていうのは、他のどの兄姉にもない、サラにだけある稀有な才だよ」




