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王都のパン屋の看板娘が、国家を裏から統治する?! ~『英雄の末裔』の平凡末っ子娘、 “ 裏女王 ” 成長記~  作者: 野菜ばたけ
【第二章】第二節:“闇”の支配者の本領と、「舐めんな!」のサラ

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第11話 私が“裏”女王候補に適正な理由



 肩越しにこちらを振り向いた兄様と、ついに目と目が合ってしまった。


 この小刻みな揺れは、兄様のが伝染しているのか、それとも自身が震えているのか。

 分からない。

 分からないけど。


「見捨てないでぇ~……」


 縋るように兄様を見た。

 涙を目にいっぱい溜めて、見捨てられたら私、攫われちゃう、と。



 瞬間、兄様はブフォーッと噴き出した。


 静かな室内に、兄様の笑い声がアハハハハッと響く。


「あんな立派な啖呵を切っておいて、何でそんな事になるんだよ」

「え、だって兄様が」

「俺が何?」


 笑いながら言う彼を見て、私は「あれ?」と首を傾げた。

 だって兄様はつい今の今まで、私に呆れ果てて、体を震わせる程に怒って……。


 ハッとする。


 ちょっと待って。

 もしかしてあれ、笑いを堪えてた?!



 慌てて辺りを見回せば、クシーさんが不自然にこちらから顔を背けている。

 ……なんか笑ってるような気がするし、あっ! 今の今まで気づかなかったけど、さっき兄様の胸倉を掴んでたあの怖い男も笑ってる!


 ムゥーッとふくれっ面になって兄様に再び目をやると、彼は笑い過ぎて涙さえ出ていたようで「はー笑った」と言いながら目元の涙を人差し指で拭っていた。


 そして満足したように言う。


「さっきも話した通り、お前たちの行く末は見世物か変わった趣味の金持ちの玩具……だったけど、まぁ可愛い妹が言うんなら仕方がないよねぇ」

「えっ?」

「お前たちにも、更生の機会を与えようか。たった一度の、普通になるための努力をする機会だ」


 ちょっと待って、私、そんな事してほしいなんて言ってない!

 兄様がちゃんと抑えておいてくれないと、彼らに普通になる機会を与えるっていう事は、行動の自由があるっていう事でしょ?

 私この人たちにどんな目に遭わされるか……。


 あぁでも、兄様さっきものすごい事を言ってたな。

 そっちをしてほしい訳でもない。


 だってなんか怖いし。

 そういう事ができちゃう世界も、そういう趣向の人がいるっていう事実も。

 そして何より、私が少なからず顔を合わせた人たちが、そういうところまで堕ちてしまう未来も。


 あぁでも……!



 彼らが酷い目に遭う未来と、私が酷い目に遭う未来。

 その二つが頭の中でグルグルと回り、脳内は混乱を極めていく。


 その間にも、兄様は顎に手を添え何やらブツブツと呟いていた。

 これからの事を考えてでもいるのだろうか。

 兄様の思考を邪魔する人は誰もいない。


 クシーさんはまったくの無表情だし、兄様の胸倉を掴んでいたあの男の人は「おいおい、マジかよ」と苦笑するも、意見する気配はない。



 他の人たちも皆して、「カイン兄様の決定には口を挟まない」というスタンスはおおむね同じようだった。


「うん、そうしよう」


 一体何が「そうしよう」なのかはまったく分からないままに、兄様は一人で何かを決めてしまったようで、周りに「とりあえずこいつら、『地下』に入れといて」と指示を出して私の方を向いた。


「じゃあ、そろそろ帰ろうか。おこちゃまにはもうかなり遅い時間だし」


 どのくらい時間が経っているのだろう。

 廃屋の外は真っ暗で、夜が明けるにはまだしばらくかかるという事だけは確実で。


 しかし明日もいつもと変わらぬ日常が待っている私にとっては、たしかに早めに寝るに越した事はない。


「カイン兄様、私、もう十六歳だもの。立派な大人よ?」


 差し出された手を取らないという小さな抵抗と共に言えば、カイン兄様はキョトンとした後、何故か楽しげに笑って言った。


「そうだね、もう立派なレディーだ。俺たちの《《稼業》》を十分継げるくらいには」

「それは嫌。兄様、私の代わりにやらない?」


 一応訂正してくれたので、彼の手を取り歩き出す。


「それはダメだよ。一族の決まりだもん」

「でも、生まれの順番だけで決めるなんて、おかしいよ」

「それはサラがやりたくないだけでしょ?」

「うっ……」


 実際に、やりたくないのはまったく以ってその通り。

 だから思わず言葉に詰まった。


 でも末の子だからって“裏”女王候補にされている事に疑問があるのは本当だ。


「だって、兄様はもう既にこうやって、裏社会を統率してるじゃない。同じように王国もやっちゃえばいいんじゃないの?」


 私から見れば、カイン兄様には人を従える才があると思う。

 その上経験も伴っているのだから、適材適所が一番いいんじゃないかと私は思うんだけど。


「俺じゃあ駄目だよ。決まりを抜きにしてもね」

「どうして?」

「俺は、どこまで行っても自分のやりたい事しかできない人間だからね」

「私も、自分のやりたい事しかしたくないんだけど……」

「『したくない』と『できない』は違うよ。それに」


 兄様がこちらを見て言った。


「『普通』の尊さを知っているっていうのは、他のどの兄姉にもない、サラにだけある稀有な才だよ」



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