86話 華実「あまりにおかしくて」
華実side
「放課後出掛けない?」
今日は茶道部部長である友人の永森響花とおでかけだった。最近よく尚順君に関して相談していることもあって、誘われると断る理由もないから私は申し出を受けた。尚順君に会いたい気持ちもあるが、今日はお店が休みなのもあり、放課後我が家でエッチすることも出来ない。
ホテルに毎度行ける財力があるわけもなし、父が早く帰ってくる日や、今日みたいなお店が休みのため母が居る日などは、尚順君に会いたいアピールをしても、実際会える訳ではなかった。
我が家が使えなければ無理だ。エッチできないなら、彼を誘うのも申し訳ない。
本当は毎日会いたいし、繋がりたい。
響花は用があると言って、しばらく教室でスマホを見ながら彼からメッセージが来ないか気にしつつ、だらだらと過ごして待つ。
「華実、行こ~」
「響花すぐ行くよ」
ようやっと教室の出入り口に顔を見せた響花へそう答えて、荷物を持って立ち上がる。そう言えば今日もカメラを持ってくるのを忘れた。まあ、構わないかな。これからは写真部の活動日だけ持ってくれば良い。尚順君とのエッチの時に撮影するなら、スマホが便利で十分だからだ。
私は荷物の軽さを足に乗せて歩きだして邪魔された。
元生徒会役員の遠畑さんがそのツンケンした顔を私に向けて立ちふさがった。
まだ教室内に人がいるのに珍しい。愛想笑いを浮かべて私を足止めする。
「丸宮、夏休み結局どうするんだ?」
「またその話しかい? 私は気が向いたら学校のやる夏期講習に出るし、撮影旅行先も決まってるよ。それで良いだろ。じゃあね」
「いや、夏休み良かったら」
「良くないよ。私、彼氏居るから」
最近遠畑さんが私に夏休みの予定を聞いてくるが、迷惑なのでよく無視している。特に撮影旅行のことを知っているため、いつどこに行くんだと話題にしてくるのが迷惑だった。
遠畑さんが驚いた顔をしている。そう言えばわざわざ言ってなかったな。いい加減知っているものだと思っていた。教室の男子たちが何故か、がたっと席で立ち上がって私を見ていた。
現幽霊部員の写真部の男子がつかつかと私に向かってくる。面倒だな。
「ま、丸宮、彼氏って! 誰だよ、いつ!」
「誰だって、構わないだろ。君の告白を好きな人が居るっていつも私は断ったじゃないか」
「いや、それ今言わなくたって」
「今聞いたのはそっちだろう。私は予定あるから、ごめんね。じゃあまたね」
休み時間や放課後に、度々、「写真部の幽霊部員になった男子の説得を協力してあげてもいいから話し合おう」って言われて、部長として対応してしまった。呼び出されて、説得の協力のために一対一でデートまがいの事をしてくれと、お願いされた。
偶に別の男子が一緒に居て、一対一がダメなら俺たちと出掛けないか? とデートまがいの事をしてくれと誘われ続けた。私はうんざりしていた。
話し合えばわかる、分かってもらえる。そう言われ続けた。一度ぐらい行ってくれてもいいじゃないかと言われた後にまた、誰にでもいい顔している緩い女ならとポロッと漏れ出して罵られる。気づいて冗談冗談と言われた時の痛みを私は忘れていない。ゆるい女だなんだ言うなら、放って置いて欲しかった。
私が遠畑さんと幽霊部員の男子を避けて教室の出入り口へ行こうとしたら、遠畑さんが私の肩を掴んだ。珍しい。こういう事をしないタイプだったはずだけれど。周りを見れば、写真部と遠畑さんが良く話すクラスメイトしかもう残っていなかった。
「ちょっと離してくれたまえ」
「……いや、なんで彼氏なんて話になるんだよ? 俺は結構、丸宮のために時間も使ってやったじゃないか。そういうのに恩とか」
「恩!? あはははは。恩! 恩だって!」
「え、丸宮?」
なるべく馴れ馴れしくはして対応していたが、こんな風に相手を馬鹿にするように大声をあげたことは一度もなかった。あまりにおかしくて私がこんな大きな声で笑い出した姿に周りがびっくりしている。
私の時間を削り、私の精神を削り、私の恋人に敵対的な男子に恩!?
私がこれまでのイメージと違う態度で笑いすぎたせいか、笑い終えた時には教室は静まり返っていた。
「ああ、ごめんごめん。あまりにおかしくて」
「くっ。そんな女だとは思わなかった」
「そうかい? それじゃあね」
私は彼らを置いて教室を出て、待たせていた響花へ合流する。困った顔をしていた響花へ、行こう? と先を促すと戸惑いながらも頷いた。
「えっと、買い物でも行こうと思ったけど、華実の話し、聞くよ?」
「ありがとう。でも、特に話すことなんて無いんだよね」
「そう、かな? 大事な話し、したほうが良い気がするけど」
私は結局響花の勧めで、帰り道から少し離れた喫茶店に入った。
「教室ですまないね。ケーキでも奢るよ」
「いや、まあ、奢られるならありがたく」
響花はここらへん結構図太いよねと思いつつ、彼女はショートケーキを頼んでいた。私も同じものを頼む。
すぐに出されて、二人でふわふわの食感をするショートケーキを堪能した。
いちごが赤く鮮やか、口の中に果実の甘さを提供する。私は満足して頷いた。
「あ、そういえば、カメラ持ってきてないんだ?」
「ああ、うん、そうだね。もう部活の活動日以外は持って来てないかな」
「え!?」
「そんなにびっくりすることかな?」
「それは、だって、あんなに写真撮るのが好きだったし」
「うーん、もう良いんだ。それ以上に好きな人がいるから」
私がそう笑顔で言うと、私がそんな直球で言うと思わなかったのか、響花がびっくりしている。
「……変わったね。写真部、続けたくて部長になったのに」
「そんなこともあったね。まだ部長になって一年も経ってないのに昔みたいだ」
「……そっか、たしかにそうかもね? ねえ、彼氏さんとは上手く、行ってるの?」
「どうしてだい?」
「……だって、前はもっと折川君と一緒に過ごしてたでしょ?」
私は首をかしげながら考える。確かにそうだ。でも、エッチ出来ないタイミングで一緒に過ごしても、お互い満足できないだろう。この前みたいにエッチできるタイミングならわがままを言って身体を重ねて許してもらえる。
エッチ出来ない時に無理に呼び出して一緒に過ごそうとわがままを言って、尚順君に嫌われたくなかった。
それに怖い……。私は思い出した内容から目をそらす。たくさんの写真。私以外の女の――。
「どうかした?」
ブンブンと勢いよく首を横に振ってしまう。
「いいや、なんでも無いよ。尚順君とはできる限り一緒に過ごしてるよ。今は逆に響花とも放課後こんな風に一緒に帰れるし、お互い良い距離感じゃないかな?」
「そうかな? そうなのかもね。それでさ、最近はどんなデートしてるの?」
「え、気になるの?」
「うん、そりゃあ、ずっと相談乗ってたし」
どうしてだろう? 考えてみた。
響花は髪を切りに行くときも相談に乗ってくれたし、駆け引きをした方が良いんじゃない? というアドバイスもくれたから、確かにずっと私が尚順君と仲良くなるのを手助けしてくれた。
それを考えると、話を聞きたがるのも当然なのかなと思う。でも、あまり話せることはない。
彼氏が、他の女とキスをしてる所を見たんだけど、どうすればいい? なんて相談したら、常識的な響花の事だ、『別れた方がいいよ!』って言うに決まっている。私はそれを受け入れられずに、喧嘩になるんじゃないだろうか。しかも相手は茶道部の部員の住道さんだ。
……響花と喧嘩になるのは、嫌だな。
「デートか、でも、結局私達は高校生だから放課後デートぐらいだね」
「あれ、土日は?」
「あー、前も話したけど、土日は彼にバイトがあるからあんまりね」
「良くないよ!」
「うぇ!?」
響花がそんな事を強く言うのでびっくりした。
「何が良くないのかな?」
「だって、一番デートがしやすい土日のどっちかにデートしないの?」
「いや、土曜日にバイト前の短い時間に軽く散歩デートはするよ?」
嘘だ。散歩ではなく、ホテルでがんがんエッチしている。気持ちよさでほぼ腰の抜けたぐらいでへろへろの私が、いつも彼を喫茶店で見送るのが土曜日朝のデートだ。
そんな事言えるわけがない。
「そ、そっか。良かった。てっきりデートしてないのかと、あれ、でも土日なら夕方は?」
「あー、夕方はどうしても彼が家に帰らないとダメだからって」
「それ、大丈夫?」
「え?」
神妙な顔をした響花が私を見ていた。なんだろう。
「休日の夕方から夜が一番デートしやすくないの? なのに会えないって、怪しくない?」
「うーん、でもバイト終わってから彼も門限が近いからって」
「男子なのにそんなに門限が早いの? いや、でもそれなら夕飯ぐらいどこかで軽く」
「それも断られるんだよね。家で必ずご飯が作られてるからって」
「変だよ!」
響花が私を説得するようにそういった。私は首をかしげる。変、なのかな。出会ってからずっと尚順君は門限があって、晩ごはんには帰らないといけないからと言われたから、そんな物だと思っていた。私は他の男子と仲良くしたこともないし、付き合ったことも無いから、門限が厳しい男子もいるのだと思っていた。
「変かな? 彼の家が厳しいんじゃない? それなら彼氏に強くわがまま言えないよ」
「うっ。た、確かにそうかもね? でもさ!」
「うん」
「華実だって、いつもこれ良く出来てるかな? って私に一方的に晩御飯の写真を送って感想求めてくるじゃない」
「一方的って……」
しょんぼりすると、響花は一方的でしょと明るく笑って私をからかった。尚順君とのやりとりで慣れて、響花にも気軽にメッセージを送るようになったからだ。そこもどうしたの? と最初はびっくりされた。
「感想求めてくるってことは、折川君に自慢がてら手作りの晩御飯の写真送ってるんでしょ? でも、華実が手料理振る舞ったこと無いんじゃないの」
「あー、うーん、その、バイト先の賄でこっそり彼に作ってあげてるんだ」
顔をつい赤くしてしまう。私のそんな行動を、なーんだと響花は少々安堵していた。確かに手料理を振る舞う機会も無いのに延々手料理の評価を友達に求める人間とか怖いかもしれない。
「華実、やっぱり変わったね。まだ三ヶ月ぐらいなのに……」
「変わったかな?」
ぽつりとうつむいて響花が呟いた。私が拾うとびっくりしたような表情をする。
「あ、えっと、うん、私がこの二年で付き合ってきた華実は、写真が好きで人と人との関係に強く出ずに円滑に回してたよ」
「私、彼氏を大事にしたいから」
「でも、……変わったよ」
それから響花は誤魔化すように夏休みの予定を私と話した。
「茶道部も一応部活あるけど、写真部はどう?」
「うーん、尚順君に会いたいから一応学校があるのと同じ曜日は活動日にする予定だよ。強制じゃないから、数少ない部員に参加呼びかけて、有無を決めるけどね」
「……そっか。その、折川君と上手く行くと良いね」
「うん、私、尚順君のこと好きだから。相談にのってくれてありがとう」
「いつでも相談してね」
響花は複雑そうな顔をしながらも、そう私に約束してくれた。相談に乗ってほしくても、君の部員の女子が写真部に兼部で入り、住道さんは尚順君とキスをしている。
だから、私は相談できる範囲でしか響花に相談できない。浮気を愚痴って罵りたいが、響花が背負い込んでしまうだけになる。だから、私は黙ることは黙っている。それでも、ほとんど唯一仲の良い響花と話せるだけで、心が軽くなった。
奢ると言ったのに、最近の響花は結局割り勘で会計をする。良いのかな? と尋ねると、これで良いんだよと、硬い笑顔で響花が答えた。
響花side
ため息をついて、私は喫茶店を出てから帰り道とは別の方向へ向かう。いつも行くようなチェーン店とは違うおしゃれなカフェに、待ち人が居た。
茶色の髪をハーフアップにした女子は、落ち着いた雰囲気で紅茶を飲んでいた。
「遅れてすみません」
「良いんですのよ。こちらこそ、もう帰らないと行けないのに申し訳有りませんわ」
紅茶が置かれた。先程飲んだばかりなので私は手をつけるつもりはない。住道さんから呼ばれたのはいつからだろう。
「どうですか?」
もう十分住道さんの意思は伝えられているので、聞かれるのは端的だ。
「一番うまく行ったのが、かなり前の距離を置いたら? だったんですけれど、最近は華実的には良い距離感らしくって、彼氏とは上手く行っているようです」
「ふふ、良い距離感ですか」
私の答えに笑う彼女が不思議だった。華実が恋人的な視点で見て、お互い上手くいっていると言う。門限が厳しいようだがお互いのデートのタイミングもすれ違っているわけではない。
「今日は三年生の教室で少々揉め事がありました」
「揉め事ですの?」
「はい、華実のことを気になってる、元生徒会役員の遠畑君と、元写真部の男子が、華実の彼氏の存在に驚いて」
「知らなかったんですの? そんな距離感の人が、恋人がいるだけで騒ぎ立てるなんて、面倒ですわね」
「はぁ、そうなんですが。まあ、どうなのかなと」
「どちらも無縁の方ですから、私としてはあまり興味が湧きませんわね。あなたがちゃーんと丸宮さんの相談に乗って、彼女が恋人と上手く行くようにもっと押し引きを教えて上げれば良いと思いますわ」
嫌なだと思いつつ、実際、華実は今の恋人と付き合う期間が長くなるほどに、良くない方向に変わったと思う。
最初は良かった。
イメチェンのために髪を整えるなんて可愛いものだったのに、気づけば何でもかんでも彼氏優先で、写真を撮るのさえ、しなくて構わないと言うようになった。
二年間、友人として付き合ってきて、それはひどく悲しかった。写真部で活動したくて、部長になって自分を変えて頑張ったのに。
私は泣きたい気持ちを抑えて、住道さんを見る。
「どうすれば、華実は折川君と別れるんでしょうか……。今は恋人が優先で、あまり私が無理を言うと話を聞いてくれなくなるんじゃないかって、友達じゃなくなるは、あまり嬉しくないです」
「そうですわねぇ。……今すぐに相手のことが冷めるということがなさそうであれば、丸宮さんから恋人を束縛するようにすれば、自然と相手から別れを切り出してくれるじゃないでしょうか。例えば、他の女との予定を邪魔するとか、後は性の考え方の不一致で、避妊具を付けないで行為をしようするとか。
尚順さんはしっかりしている方ですの。そういうのをされると許せないでしょうね」
華実の恋人のそんな考えを、住道さんが何故知っているのか。疑問を持つのは今更すぎる事だから、私は目を背けた。
住道さんの言うような避妊具の有無は男子の方が気にしていたように思う。
「…………避妊具って、男性の方が付けたがらないと思うんですが……。そういう事にもう踏み込むのが一番、なんでしょうか」
私は自分が呟いた言葉に後悔した。本当に一番良いのは華実の気持ちを尊重して良い方向へ変わるように接することだ。
変わった華実が良くないと思ったところに、住道さんに声をかけられて、ずるずると住道さんのお願いに協力したのは私自身だ。
それなのに、あたかも華実の為になるみたいな態度をしてしまっている。
だけど、そんな私の気持ちを見透かしたのか、住道さんは笑顔を向けた。
「私が尚順さんと仲良くなりたくて、永森さんにお願いしていますの。だから、あなたは私のお願い通り行動してくれるだけでいいんですのよ」
私はそんな甘美な言葉を受け入れて、頷いてしまう。
けれど、仲良くなるのに恋人を排除するのか……。だから、彼女の仲良くなりたいは、そんな簡単な言葉でないことはやっぱり私は分かっていて。
住道さんに促されて先にカフェから出て帰り道を歩く。空は雲が広がっていた。
次話は明日18時更新予定です。
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