第七十三話 ままならないもんだ
遠畑(五十話あたりの話し)
遠畑side
放課後に生徒会室から職員室への雑用を押し付けられた俺は見回りと称して生徒会室に戻るのを遅らせていた。窓から見えた光景に舌打ちをする。
「……ちっ」
またあいつは。
俺はその姿を見るとイライラさせられた。生徒会からの依頼で写真部が校内で写真を撮ることを許可している。去年の冬あたりは、他の写真部員の男どもに何をしてると常に声をかけていたらすっかり姿を見せなくなったからか、そこに一人ぼっちで活動する部長の丸宮を気遣ってやっていた。
「おい丸宮」
「やあ、遠畑さんか」
「ああ、一人なのか? 困ってるなら手伝ってやるぞ」
「いや結構だよ。他のみんなは忙しいなら仕方ないし、別に放課後は予定も無いし、無理なくこなせる量だからね」
「そうか。俺を頼れる時は頼れば良い」
「あははは、まあ、機会があればね」
そんなやり取りを何度も繰り返して、俺がよく会社グループのパーティーに参加していると言えば、すごいねと尊敬の眼差しを浮かべていたから、莉念様とは別口で付き合っても良いと思って言ったが、まだそういう気持ちはないと断られた。
仕方ない、待ってやるかと思っていたら、しかし、四月になってからあいつが写真部に入ったせいで中々タイミングが無くなってしまった。
……あいつから莉念様に俺が丸宮と仲睦まじかったなどと話が行くと、莉念様に邪推されてしまうし、口実を与えてしまうからな。
莉念様にひっつくおじゃま虫である折川尚順は、何かあれば俺のことを悪し様に莉念様に密告するだろう。面倒な存在だ。
「莉念様、こんにちは」
「ああ、ご機嫌よう」
この二年間そんな淡白な挨拶を返して上辺な雑談しか、莉念様とはパーティー会場で交わせていない。上辺の付き合いになってしまった。
プライベートで会おうとした他の男子が、ばっさり家ごと左遷されていったのを見ているので、莉念様からの許可を貰う前にプライベートに関与する人間はいない。
四條畷のグループ内で遠い家ほど、今、次代の当主の席が見える莉念様に近づこうとする。チャンスなのだ。
逆にそれまで中枢に近かった層ほど、元の本家の人間に多くの義理があるのか、莉念様とその家族を遠巻きに見ているだけだ。
「フンッ。まあ、年回りが近い者もいないんだろうな。チャンスを狙わないのは阿呆の選択だ」
莉念様が同じ高校になるとは僥倖だった。パーティー会場だけではチャンスは少ないからな。問題は三年生である俺が莉念様にご執心だと、あたかも誤解を生まれるのは困るということだ。
そう、あくまで莉念様からこちらに寄っていただけなければ、四條畷という中でも外野がうるさい。男女の機微に外野は必要ないが、莉念様が成長するにつれて外野はすっかりうるさくなった。
次代の婿にふさわしいのか? と男が近づくと値踏みして騒ぎ立てるのだ。迷惑なことだ。
婚約者が居ないのも影響にある。一部の人間が御老公に莉念様の婚約者が居るのか居ないのかを探っても、答えは無い。御老公は孫娘が可愛いようだ。しかし、可愛がるが、男をあてがうということが無い。
もっと子供の頃は、折川尚順がそういう人間だと周りの大人達は思い込んでいたようだが。
婚約者関連が宙に浮いているにも関わらず、ひたすら男子達から排除しようと行動され続けた折川が今でも居座っていたのがやはり邪魔だ。なぜへこたれないのか。
中学時代になれば男女の関係が気になる者が増え、莉念様の隣にいようとするおじゃま虫に敵意を持つものも増えた。それが暴力に結びつくことも当然ある。
離れるなら止めてやると事前に言われながら、服で隠れて見えない所をかなり頻繁に殴られたりしていたのに、やつは莉念様が幼馴染だからと笑顔で言っていて離れず、殴られても笑顔でいる姿にドン引きした男子も多く居たのを記憶している。パーティー会場に関係者としても呼ばれない赤の他人の存在が、なぜあれほどでかい顔をしながら傍にいるのか謎だ。
俺はいつだって冷静に気をつけている。折川尚順というおじゃま虫は男に嫌われても女に何故か好かれるのだ。中学時代はあいつを直接排除しようとしたが、高校になれば暴力に発展すれば子供の冗談では済まなくなる。
それに直接排除しようとしても、へらへら笑って堪えずに莉念様にすがりつくみっともない人間だ。きっとあいつはまともな心がないのだろう。
それなら、あいつから女を引きはがすのは、やはりあいつ自身が惨めであるということを衆目環視の元で行わなければならない。うろたえてみっともなく、何も出来ずおろおろするだけの姿は、世の中の女性をがっかりさせるには効果が高い。
さて、どうすればいいか。
「ん、茶道部の部長か」
「あら、遠畑さん、こんにちは」
丸宮と仲の良い女子だ。俺は好みのタイプではないが、丸宮と仲が良いので表向きにこやかに接しているし、困ったことがあれば生徒会として解決できるように便宜も図っている。
茶道部は特に学校の規模で考えると女子限定の部活だがかなり所属人員も多く規模の大きい部活だ。
「生徒会か?」
「ええ、そろそろ茶会なのでいい加減準備しないといけませんから」
「ああ、六月下旬にする茶会か。そういえば、今年は住道家のご令嬢がいるんだったな」
「そうですね。ありがたいことです」
内心で不快さに鼻を鳴らす。住道家の伝手で茶道部の何かしらが充実でもしているのだろう。
顔は良いが、俺は四條畷の派閥にいるので、住道の女に手を出すわけにも行かない。もったいないことだ。
あっちが俺に惚れるなら止めはしないが、会う機会などさっぱりない。莉念様もそうだが、学校だと学年が二年違い性別も違えば本当に良い口実が無い。しかも所属しているのが女性限定の茶道部だ。
「……せっかくの茶会に住道家のご令嬢だけが参加して四條畷が参加しないというのもおかしな話だな」
「はい?」
「いや、俺の方から四條畷様にお話しておこう。せっかく住道家と四條畷家のご令嬢が同じ学校、同じ学年にいるんだ。これが男女であれば気にしなかったが、友好的にするのは大事だろう。うん」
「えっと、あの?」
「俺から四條畷様にお話ししておく。それではな」
茶道部部長が止める声も無視して足を進める。……今日はもう帰られている時間か。明日話そう。
「……何?」
次の日、俺がわざわざ教室まで出向く。呼び立てた莉念様は少々不機嫌そうに俺を見ていた。折川は本当に教室にいないらしい。中学時代は二人が同じクラスだったのもあるが、休み時間も昼休みも必ず折川が莉念様の隣にいた記憶がある。
ふむ、どうやらかなり仲が悪くなったのか。
莉念様と話すために人目の少ない所へ気を使って誘導しようとしたら、その途中、ほどほどに人が通っていく廊下の途中で、「ここで良い」と止まってしまう。わがままなお嬢様で困る。
「茶道部で茶会があるのですが、茶道部に住道家のご令嬢がいます。今回、同じ学校で同じ学年という機会、茶道部部長も含めて話したんですが、四條畷様もぜひ茶会に参加してもらえればと」
「そう」
彼女が冷たい声で俺を睥睨しながら考えている。
「茶道部側で参加ということかしら?」
「そうです」
「そう。まあ、構わないわ。茶道部の部長に構わないと伝えておいて。それではご機嫌よう」
許可自体はもらったので、構わないが相変わらず失礼な人だ。中学時代は一年間だったが程々に先輩後輩として付き合いがあったし、パーティー会場では雑談をする仲なのだから、普通はこういう場面でお互いの高校生活の近況で盛り上がるところだろう。
はぁぁぁと長い溜息が出る。
四條畷本家から見ると我が家なぞ端だろうが、莉念様の婿になれば全部ひっくるめて変えることができる。同じ野心を持つ男子も多数いたが、中学あたりでやりすぎて消えていったのも多い。
男に譲って自分は権力を振るわないお淑やかな女でも居ないものか。そんな願いは中々叶わない。
気に入った顔立ちの女は得てして美人で、子供の頃からチヤホヤされてきたせいか、お淑やかさが不足していて態度が悪い者ばかりだ。
マシだと思っていた丸宮さえ、部長という立場になったらそれまでおしとやかにしていたのを、変な態度と言葉遣いをして喋るように変わった。
特に情けないと思ったのは、女子だけでなく色んな男子にあけすけに馴れ馴れしく話しかけるようになったことだ。せっかくそれまでは恥ずかしげに一歩引いて人と話す魅力的な女だったのに、変な行動が目につくようになってしまった。顔がとてつもなく良いだけにもったいないのだ。
二人になった時に、よく可愛いと褒めていたら、そんな事無いよと、前髪で隠れた顔を恥ずかしそうにしていたのも懐かしい。
だが、春に髪型を変えて顔を出した結果、その綺麗さが喧伝される結果になり、俺や写真部の男以外からもひどく内々で人気となって、度々告白される。
「全くままならないもんだな」
丸宮と比べると、莉念様も黙って、さらに権力さえ振るわなければ良い相手なのだが。
俺は教室に戻る途中で、不釣り合いな男に告白されている丸宮を見かけた。ふん、だから俺と付き合えば良いものを。俺が隣に居てやれば、あんな有象無象はちょっかいを掛けてこない。
不釣り合いな人間に優しく接するから誤解を生むんだ。
俺が遠回しに諭してやっても、聞き入れない。他の男達にも平等に優しくしようとする点が、喋り方は変でも女として良い点だと思うところではあるが。本当に残念なことだ。
次話は明日18時更新予定です。
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