第七十一 本気のデートコーデ
土曜日の朝、俺は早めに家を出る。ランニングを用事があるから土日は休むよと昨日唯彩さんに伝えたら、ひどくがっかりされた。彼女のがっかりした反応には申し訳ないが、ランニングにも最適な清々しい朝を軽快に歩いていく。
うきうきした気持ちで待ち合わせの駅前に向かう。明るい日差しのもとで俺が早めに到着したつもりだったが、すでに待ち合わせ場所には銀色の髪を初夏のゆるやかな風になびかせた少女が一人立っていた。
いつもならば動きやすそうなシンプルなシャツにロング丈のパンツスタイルで、カメラバッグと荷物を持ちやすいバッグを背負うタイプの華実先輩が、今日はハイネックのTシャツにロングのプリーツスカートを履いてシンプルだが上品な格好で俺を待っていた。
小さなハンドバッグを持って、ある意味で華実先輩のキャラアイテムであるカメラバッグも無い。
ああ、綺麗だなと思い、素直にカメラを持ってこなかったことに安堵するのと共に、残念な気持ちになった。この格好の彼女と穏やかにデートをして、写真を撮りたかったからだ。
恋人であるのを慈しみたかった。
「おはようございます華実先輩」
「お、おはよう尚順君」
「今日はことさら綺麗ですね」
「そ、そうかな!? あ、ありがとう」
恥ずかしげに髪をいじるその指には、ラメ入りのネイルが目立たぬように塗られていた。手首に付けられたピンクゴールドの細いブレスレットが華実先輩が髪をいじるたびに揺れる。髪から除いた耳たぶに六角形シルエットのイヤリングが付けられていた。
彼女を引き立てる首元にあるアクセサリーは高級品そうで、彼女にしては珍しい。ブレスレットと同じくピンクゴールドで、馬蹄モチーフの付いたネックレスだ。
今日の彼女は全体のコーディネートからしてかなり大人っぽい。身長は小柄だが、彼女が確かに大人の女性だと俺に伝えてくる。
華実先輩が本気デートをしてくる時の格好を、そういえば初めて見た気がする。
今までのデートといえば、放課後学校からの帰り道デートばかりだ。
撮影旅行は撮影がまず第一で動きやすい格好優先だった。
さらに休日は特に俺がバイトも入れているので、デートはほぼしていない。したとしても、バイト上がりの短時間散歩ぐらい。
今日は俺がバイトまでの本当に数時間で、しかも散歩などのデートでない。でも、華実先輩が俺にしっかり私は彼女なんだぞと教えてくれる。
「み、見過ぎだよ」
「あまりにも綺麗で。先輩と放課後デートばかりだったのを後悔してたところです」
「……う、恥ずかしい。カメラバッグがないから、重量バランスが」
「あははは、いや、先輩のキーアイテムですからね」
「そうだけど、でも、カメラバッグ持ったら、君にドキッとしてもらえない、だろ?」
「可愛い」
俺は先輩に素直にまた言うと、もう! と先輩が怒った。このままどこかデートに行こうかと思って、先輩にカフェでも行きますかと言ったら、先輩が羞恥にこらえるような顔をして、俺の耳元に顔を寄せる。
彼女の声が俺の鼓膜を震わせる。
「言ったでしょ。えっちしよ?」
写真部の部長とも、放課後デートしている時とも、撮影旅行に見せた時の、どれとも違うあまりに蠱惑的で官能的な色気のある華実先輩の声と態度に、今にも倒れてしまいそうなほどくらくらさせられた。
「……行きましょうか」
「う、うん」
俺が彼女の手を繋いで進んでいく。いつものホテルを選んで、不安そうな華実先輩を連れ立って、さっさと部屋に入った。
しかし、俺が徐々に興奮しているのと違い、緊張しつつも彼女は不満そうな顔をしていた。
「慣れて、るんだね……」
部屋に付いた瞬間、華実先輩が言ったことに衝撃を受けた。冷水を浴びせられて、言い訳も出来ずに彼女と向き合う。
華実先輩が寂しそうに笑った。
「わがまま、言っちゃったね。ごめん。嫉妬、ってやつだよ。……もう言わないよ。だから、君の好きを、私に教えて」
ああ、華実先輩がこれほど気合を入れてきたのは、嫉妬なんだ。華実先輩が俺を見上げる体勢にして目を閉じる。俗に言うキス待ちという体勢だ。
俺は強く彼女を抱きしめて、キスをした。
どれほど彼女がもう十分と言ってもベッドの上で愛を伝えるために頑張り続け、ホテルを出る時には華実先輩はフラフラだった。
「尚順君、あ、足が。へろへろでまともに動けないよ……気持ちいいのは愛……?」
「……いやまあ、先輩の嫉妬が可愛すぎて頑張り過ぎちゃいましたね」
「……うぅ、手練手管でもう今日は出歩けないよ……」
華実先輩が俺に縋りつきながらそんな事を言う。もうすぐバイトの時間だ。俺は近くのカフェに入る。広々としつつテーブル席を一つ離れた場所に二人で座る。
注文が早々にきて、コーヒーが二つ出された。華実先輩の前に置く。
「それじゃあ、俺はバイトに行ってきますね。足腰、動くようになったら家に帰りますか?」
「う、うん、帰るよ。今日は、ありがとう。嬉しかったよ」
「……俺は先輩のこと好きですから」
「うん、なんかすごく分からされたから……」
「分からされた?」
「……いや、その、気持ちよくて……。うぅ、あのね、彼氏と、その、してる時がすごく愛されてるって感じるって聞いて、その、気持ちよくて愛されて、その通りだなぁって」
顔を真っ赤にしながら言う華実先輩にホッとしつつ、すごいことを言ってるなと思った。
……分かる部分とわからない部分があった。だって、俺は莉念を抱いてる時、どれだけ嬉しくて喜んでいても寂しくて、彼女からの愛が欲しいと……。ダメだ。今は目の前の彼女に集中しないと。ブンブンと頭を振る。
「どうかした?」
「いや、先輩の声が小さくてよかったですけど、朝からすごいこと言ってるので恥ずかしくなって」
「うぇ! た、確かに」
俺は今更羞恥でさらに顔を赤くした先輩を置いて、笑顔でまた明後日と挨拶をしてからそのまま店を出る。明日も人手が足りてるから、バイトは休むらしかった。
明日も朝、会えない? と言われたが、明日は鳳蝶と会って彼女を慰めないと行けないから、時間が取れなくてごめんなさいと内緒にした。
明日もしたいのだろうか。華実先輩も積極的なんだなと思った。
バイト先に向かって道を進む。先輩の嫉妬が可愛かった。でも、簡単に彼女の前で慣れている態度を出すのは失敗したと反省する。嫉妬は可愛いが、華実先輩は寂しそうにする。
彼女を寂しそうにさせないために、華実先輩がそれほど抱かれている時に気持ち良いから愛されてると感じているのなら、もっと頑張らないといけないんだろうか。
『気持ちいい。もっとしてほしいですの、もっと! 愛してます、愛してますの』『好き、好きなの!』
鳳蝶の言葉と声が思い出される。
鳳蝶は気持ちが良いから俺から愛されると思うのだろうか。
……じゃあ、鳳蝶を満足させなければ彼女の俺への恋慕は消えて、友人になれるのだろうか。
俺は迷った。それをして、……分からない。
それをして、本当に鳳蝶が気持ちよくないから愛されてると感じなくなって、俺への恋慕が消えるなら、俺は莉念と体を重ねない家族としての日常に執着してしまうのは何なのだろう。
莉念が俺を気持ちよくしてくれなかったら、俺は彼女を好きにならないのだろうか。だったら、どうして俺は中学時代、彼女に告白したのだろう。どれほど言おうが、俺は莉念に押し倒されるまで、彼女と肉体関係を持ったことはない。だけど、俺は莉念を好きだった。
旅行から一ヶ月以上していなかったのに、その間先輩はどれくらい俺に好かれていると思ってくれただろうか。
デートでは好きだと伝わらないのだろうか。
だったら俺は、放課後デートをしている時にカメラ越しに見た先輩の姿に、俺への好意を見たのは幻だったのだろうか。
……分からない。不安になってしまった。先輩はどうしてあんな事を言ったんだろう。
誰かに相談したい。けれど、誰に相談するんだ。俺はわからないまま、あやふやな土曜日を過ごした。
次話は明日18時更新予定です。
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