第六十六話 会いたいよ
華実side
放課後になって、部室に行こうかなと思っていた所で、昨日の事が思い出された。
教室内でいつもはしないため息をついてしまった。近くにいた女子がどうしたの? と聞いたけど、ついなんでもないと答えてしまう。
なんであんな態度とっちゃったんだろう。私はしょんぼりしながら、今日部室にあって顔を合わせてしっかり話したいと思ったところで、声をかけられる。
「丸宮、大丈夫かな。ちょっと生徒会で部活の話をしたい」
「ああ、遠畑さん」
紳士的な態度に見える。
が、この人はこんな言葉遣いだが、いつも私の予定を無視して話す。断っても部活の話だ。どうせどこであっても話すことになる。私は仕方なく大人しく彼の後をついて生徒会室に向かった。
あまり遠畑さんとは二人きりになりたくない。
二年生の時と、髪型を変えた時に告白されたことがあるから、恋人がいる身としては告白してきたような人と二人で居たくない。
生徒会室についても、またがっかりした。まだ他の生徒会員がいなかった。
私は仕方無しに、扉を開けっ放しにした。
「締めてくれないかな」
「嫌だよ」
「そうか」
にこやかな態度だが、言葉の端に私にイラッとしているのじゃないかと感じた。
あまり部屋の中へ入っていくのが嫌だから、私は入り口近くに椅子を置き直して座った。彼の定位置はもっと窓際の遠い場所にある椅子なので、座るなら距離を取っておくのが一番だからだ。
「今日もしっかり整えてるんだな。可愛いと思うよ」
不躾だな。そういえば髪型変えた日も、馴れ馴れしく話しかけてきて、それに大人しく対応したせいで相談事があると言われ、何も考えずについていった場所で、いきなり付き合ってみないかと告白されたんだった。
すごく迷惑だった。
一年の時にクラス用トークから連絡先を一方的に登録された時もびっくりした。私は片っ端から一方的に登録してきた男子たちを全員ブロックして削除した。
話したいことがあれば、クラストークで十分だし、個別で話したくなったらその場で登録し直せば十分だ。遠畑さんとの話を思い出すと、なんというか、すごく一方的過ぎて不快だ。クラスメイトとして対応するとあまり不快じゃないのに。いや、トークの登録は不快だけど。
「それで丸宮は茶会にちゃんと来るのか?」
「……部員が二名出るから私は必要かな? 大丈夫だと思うけど」
「せっかくの茶会だぞ?」
「せっかくのと言われてもね! 写真部としてはいつも通り学校行事の一部として学校のために撮影するだけだよ。問題ないだろう?」
「茶道部の部長と仲が良いんだから着物を来て参加すればいいじゃないか」
いきなり何を言うんだ。私は仲が良かろうが茶道部員じゃない。茶道部のイベントごとには必ず参加者側か写真部の部員として参加し、茶道部員側の行事には参加したことはない。どういう意味だ。
私が首をかしげると、分かってないのかという態度を見せる。
「二名も部員がいて十分なら、茶道部の部長と仲良しなのだから、着物でも来て参加すればいいだろう。綺麗なんだから似合うと思う」
すごい不快だった。なぜ彼はこんな事を提案してくるのだろう。私はひどく気持ちが萎えてきた。早く他の生徒会員が来てほしい。
「私が写真部の部長として活動しないなら、着物でも着ろということかな?」
「今年は住道鳳蝶さんが茶道部員なのに合わせて四條畷莉念様も出るから、華やかになるからね。一緒に参加すれば良い」
「どういうこと、かな。私は不適当だと思うけどね、そんな華やかな席になら余計に」
「俺は丸宮も全く負けてなくて綺麗だと思うから参加してくれたほうが良いと思うけどな」
とても不快すぎてつらい。私は苦しかった。じろじろと見る彼の目線に、また気づいてしまう。思考を気づかないようにそらしていたのに。
こういう目で見られないようにずっと行動してきたし、目の前の男子にも拒絶してきたのに、なぜこんな目に合わないと行けないのか。
綺麗だという文字は同じなのに、どうしてこんなにも尚順君と違うほど不快なのか。私はもう疲れてしまった。早く部室に行って尚順君に会おう。
「はぁぁぁ、わかった、理解したよ」
「俺の気持ちが分かってくれて嬉しいよ」
「はい、写真部の部長として、ただしく写真部員と協力して撮影側として頑張らさせてもらうね。それでは」
「いや、ちょっとまってくれ。俺は君に着物も似合うと思うんだ」
「私はそういうのはやらないから、結構だ」
「だが、髪を整えたのはそういうことではないかな。学校内で男子学生の被写体になっているところを見たとも聞いたことがある。気が変わったんだろう? なら、君の見目も良いし、似合うのだから着物でも着て茶会に出た方がいい」
何故私がクラスメイトの話題で着物が似合うから着なければいけないのだ。彼が何をしたいのか分からなくて迷惑だった。私が尚順君の被写体になることが、生徒会に何にも関係がない。目の前の男子の身勝手な言い分に嫌な気持ちになった。
そして、ふと考えが思い浮かんできた。
「四條畷さんという女性が、参加する事になったのは遠畑さんが誘ったのかな?」
「うん? ああ、声を掛けてみたらぜひ参加するということで、住道家のご令嬢と合わせて、今年の茶会は見目華やかになるからね。なら、丸宮も合わせて参加してほしいと」
私は立ち上がった。理解した。生徒会長と副会長は興味がなさそうにしていつも通りで構わなさそうだったのを見て、誰がわざわざこんな手を回したのだろうと思っていたら、自分好みの女を茶会という場で飾って俺が準備したと誇示したいだけなのだ。
私が立ち上がって生徒会室から出ていこうとしたところで、遠畑さんが苛立った態度を見せて鋭い声を発した。
「あまり後輩について悪くは言いたくないが。丸宮は部長として後輩の折川に優しく接してるんだろう。だが、折川にはあまり心を許さない方が良い。あいつの中学時代を知ってる身としては」
「ありがとうございます。気をつけます」
言葉を遮った。本当は恋人の事を悪くいう人間に丁寧に対応したくなかった。
しかし、これ以上絡まれたら、部室へ行く時間がどんどんと遅れてしまう。
早く彼氏の、尚順君に会いたかった。
というか、付き合ってることさえ気づかない距離の関係なのに、なぜこんな馴れ馴れしく言ってくるのか。信じられない。
悪いことが重なりすぎて、ただただなんでこんな目に会うのかと悲しくなった。
もうこの人とは二人きりで会うのはやめよう。二人きりで会わなければ、彼氏の悪口を言おうともしないだろう。体面を気にしてくる、そういう人だ。
呼ばれても必ず誰かと一緒に居るか、拒否しよう。話もしたくない。
私に彼への釘を刺した事で満足したのか遠畑さんは私を止めなかった。足早に廊下を移動して、部室にたどり着く。今日鍵を開けるのは私で、今日は活動日ではない。彼はまだ来ていなかった。昨日のこともある。
私はしばらく待って、スマホを見て、少しだけ泣いてしまった。
「会いたい」
そんな言葉を誰も居ないと口にできるのに、昨日の出来事のせいで彼に言えなかった。もっと早く。生徒会室に行かなければ、遠畑さんに呼ばれなければ。彼が学校を出ていく前に校門前か駐輪場で会いに行けたはずなのに。
私は部室で泣くわけにも行かないので我慢して大急ぎで家に帰って、ベッドに飛び込んだ。
『怒ったかい? 許してほしい』
『わがまま言ってごめん。会いたいよ』
文字をポチポチ打って、送れなかった。昨日は忙しいと言ったけど、本当はちょっと怒ったから構ってほしかった。実際彼は私にメッセージを送ってくれた。
彼が送ってくれたメッセージを見て、返してあげたほうが良いと思いながら、少し前に話した茶道部部長をしている友人が、駆け引きって大事って聞くけどしてる? と言った。
怒ってるなら返さないで怒ってるって伝えた方が良いとか言われたからだ。
ほぼ毎日会っていた彼と数日会えないだけで、またこんなに寂しさが襲ってくるとは思わなかった。
いや、何度も数日会えない時は前にもあった。その時にわがままを言い過ぎて、我慢するよって言ったのに、わがままを言わないって彼に強がったのに、また私は我慢できなくなった。どうしてだろう。
どうでもいい不快な男子とは二人きりにさせられるのに、彼氏とは会いたい時にすれ違うなんて、苦しかった。意識せずとも、彼とすれ違わない何でも無い平凡な日が、いつだって私を迎えると思っていた。
何度も会いたいという文字がスマホ上に現れ、声が口からもれる。だけど、彼には届かない。
母親に何もバレたくなくて、晩御飯はちゃんと準備した。だけど、ちょっと学校で疲れたと言って、すぐに部屋に引っ込む。
私が何も送らないのに、彼はちゃんと私にメッセージを送ってくれる。
今日の授業であったことや、昨日のことの謝罪をもう一度。彼に謝らせてばかりだ。
私は通話ボタンを押そうとしたが、その勇気が出たのは時間が遅すぎて、彼にとって迷惑だと思ってしまって押せなかった。遠畑さんの愚痴を話題にしてしまい、彼に嫌な思いをさせるかもしれない。
今すぐ会えるわけでもないのに、彼に会いたいとまたわがままを言って、困らせてしまうかもしれない。
そんな情けない姿で、彼に嫌な女だと思われたくなかった。
明日、会おう。明日は会えるんだ。私はメッセージもどう返したらいいか分からなくて、諦めて目をつむる。
「会いたい」
抱きしめてほしい。旅行の時のように彼と繋がりたいと、それまであまり意識してなかったけれど、強く鮮烈に意識した。
『やっぱやってる時がすごく愛されてるって感じるよね』
ずっと前にちょっと派手な見た目のクラスメイトがそんな事を言って居たのを、そんなわけが無いだろうって遠巻きに聞いて思ったけど、今の私はそれが分かってしまった。
ゴールデンウィークで、二人きりの旅行で、同じベッドで繋がりあったあの時間。
確かに、どれほど自分が彼に愛されてるか教えられ、愛と好きを刻みつけられたか。ようやく私は意識した。
寂しい。
手が動く。
全然したことがないのに。これまでは少しもしたいと思ってきたことが無かったのに。
彼を思い出そうと私の手は必死に動いた。声を抑えながら呟く。
「好きだ。尚順君、好き」
旅行でしてから以降は、健全なお付き合いをしているので、キスまでしかしていない二人。
次話は明日18時更新予定です。
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