第五十四話 華実先輩の嫉妬
バイトの休憩室で俺は華実先輩と向き合っていた。今日も先輩が練習がてら作ってみたというお菓子のご相伴に預かる。恋人に作ってもらったスイーツはとても美味しいものだ。
丁寧に準備された紅茶と今日もさらに練習で磨きがかかった桃味のパウンドケーキをいただく。一口含めば前に出してもらったときよりもふんわりとしつつ、食べやすい。
「腕を、上げましたね、華実先輩。すごく美味しいです」
「アッハハ! なにそれ。尚順君どんなキャラなの。ふふふ、美味しいと言ってくれるのは嬉しいけど」
「いや、いつも美味しい美味しいだけだと、ワンパターンかなって。美味しいから仕方ないんですけど」
「えー、食レポ頑張るのかい?」
「それも良いですね。華実先輩の尊い手作りスイーツをどれだけの文字を使って表現しなければいけないか、悩ましいです」
「えぇ~、それだと私と尚順君が話す大切な休憩時間が大半食レポになってしまうじゃないか。ふふ、それはちょっと寂しいよ?」
いたずらっぽく言ってから、楽しそうに笑う華実先輩に嬉しくなる。昨日は休憩時間が合わなかったので、仕事中の会話は最低限だったから、二人きりでこんな風に話せるのが楽しかった。
「そういえば、俺のバイトもすっかりベテランです」
「いやいや、土日のみを一ヶ月少し程度でベテラン風ふかされても困るんだけど。だったら、唯彩ちゃんの方が大ベテランじゃないか」
「うぐ、確かにそうですね。先輩はどれぐらいやってるんですか?」
「私~? 私はもう中学の頃には手伝いと称しして店に出てたからなぁ」
「人件費削減ですね」
「まあ、結局家族経営だからそういう側面はあるよねぇ。父上はちゃんと会社づとめだけど」
「ああ、そうなんですね。見かけないので、どうなのかなと実はずっと思ってました」
「この店は母上の家系の持ち物らしいから、母上が一手に引き受けてるよー」
華実先輩も口にパウンドケーキを入れて、うんうんと、上手く言ったのを満足しているように頷いた。しかし、会話が一呼吸置いたタイミングで華実先輩は俺に疑問をもった。
「どうかしたのかい?」
俺は迷ってから、クラスメイトの距離感の相手に嫌な過去に踏み込みすぎてしまったのを後悔しているのを伝えた。
「まあ、それは難しいね。みんな誰しも聞かれたくない内容はあるし、ましてやただのクラスメイトなら言わなくても良いことだから」
「そう、ですよね」
「でも、それを後悔して尚順君はどうしたいのかな? 私としては、その……彼氏があんまり他の女の子に気を使うのはちょっと困るというか」
「え!」
「そんなびっくりするような事、かなぁ?」
「いえ、華実先輩に嫉妬されるのが嬉しくて」
「うぅぅぅぅ、バイト中はそういう会話禁止!」
「あ、そうでした。つい。はい……」
「わわわ、違う違う。うーんうーん、そ、そうだなぁ。バイト、私終わるの夜だしなぁ。夜! そう、夜に電話して話そう」
「わかりました。すみません、先輩」
「いや、私も自分から約束破ったの悪かったよ。でも、もしかしたら夜に通話するのは初めてじゃないかな?」
「あぁ、そうかもしれないです」
「ちょ、ちょっと恋人っぽ――あー、違う。やめやめ! 自分でそういう話をしないって言ったのに、私は……」
彼女がしょんぼりしてしまったので、俺が約束を破る。華実先輩の傍によって、ちゅっとキスをする。顔を真っ赤にした華実先輩が声をあげようとしたのを、もう一度唇を塞いだ。華実先輩は存外、いきなりこうやられる事を比較的好んでいる。これまでのデートでも、キスしましょうと言うよりも反応が嬉しそうだった。
ぼんやりとした華実先輩が落ち着いた頃に、俺は唇を話して、人差し指を当てて静かにというジェスチャーをする。
「先輩、静かに」
「う、、おおおおお、うぅぅぅぅぅ」
小さなうめき声を上げながら、彼女がヘナヘナと椅子の上で顔を隠す。俺がそろそろ休憩時間が終わりだ。
「お菓子美味しかったです。すみません、俺ホールに戻りますね!」
「もうぅぅぅぅぅ、こういうのがさぁ」
華実先輩は俺に答えずにそんな事を呟いて俺を見送った。
ホールで唯彩さんと合流する。ちょうど入っていた大学生の女性は俺の休憩時間の終わりに合わせて退勤のタイミングだった。
ホールを唯彩さんと二人で回す。
唯彩さんは俺より軽快だし、想像以上にお客さんに好かれるタイプだった。ぶっちゃけ俺が出るより唯彩さんが来てくれないかなぁ、みたいなお客さんの空気が見て取れる。
俺がかなり事務的なのに対して、唯彩さんは本当に笑顔で模範的なカフェ店員だった。
「いらっしゃいませー」
「お、唯彩ちゃん。また来たよ」「唯彩ちゃんこんにちは」
「ありがとうございます! 今日はコーヒーですか?」
入ってきた年配の夫婦が唯彩さんにとても優しげな笑顔を向けて、唯彩さんはそのまま流れるように席に誘導して接客を続ける。俺は代わりに、二名の男子が座っている席へ注文を取りに行った。
おかわりだろうか?
「はい、ご注文うかがいます」
「あぁ、あの女の子は」
「すみません、ご注文は」
「ゴホン。うん、コーヒーのおかわりで」
「ありがとうございます」
わかりやすく唯彩さんに来てほしかったという二名の男性陣には申し訳ないが、ここはそういう店ではない。俺はコーヒーのおかわりも唯彩さんがつかもうとしたのを止めて、愛想笑いで彼らに運んだ。
彼らは残念そうにしながら、しっかり支払いをして帰りがけに唯彩さんに挨拶をして帰っていた。
「唯彩さんも大変だな」
「うん? どしたん?」
「いや、モテる人は大変だなって」
「もう! あたし、全然そんなことないから!」
唯彩さんはそう言うが、こんないい子はさぞモテるだろうと感じる。しかし、そういえば中学の頃はどうだったのか、俺があまり話せないから唯彩さんについて深く聞いたことが無かった。
気づけば、俺の身近な人で実際に中学の頃に詳しいのは幼馴染の莉念と、短い期間、彼女な元カノだった春日野ぐらいだ。
鳳蝶とも触りしか触れていないし、華実先輩は高校三年生だから今更中学のことを話すような時期でもない。
カランカラン。思考が中断された。お客さんの来店を告げるベルに、俺は気合を入れるために唯彩さんより一歩早く反応して向かった。
次話は明日18時更新予定です。
華実先輩も女の子なので、違う女の子の相談にのりたいと恋人に言われると嫉妬します。
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