閑話 思い出の整理整頓 家族、友人、恋人
9/24投稿2つ目です。
寒い。下には家族が騒がしくしているのが聞こえる。俺はちょっと片付けると言って、夕飯を用意する莉念と家族を下に残して二階にある自身の部屋に上がった。
ふらふらとカメラを操作する。一人になるとボロボロと涙がこぼれた。
泣いている。けれど、俺自身なんで泣いているの分からなかった。誰に言えば良い。誰に言えるわけがない。
誰が聞いても意味不明だろう。
ノートパソコンを起動して、カメラを接続する。
家族にカメラを操作されなくてよかった。カメラに保存された彼女の写真を誰にも見せたくない。なぜ誰にも見せたくないのか。
後ろめたい? 独占欲?
俺はやっぱり分からなかった。
マウスを操作する。
夏から作っていた写真データを保存するフォルダに追加をする。
家族のフォルダに十二月と一月を足した。先月と今月のデータを保存するためだ。
キーボードを打つ指が震える。現実に思えない。「秘密」と「思い出」と記載したフォルダを作って、家族のフォルダを思い出の下に移す。
合わせて秘密の下にも家族のフォルダを作成した。
先程の家族五人で行った初詣の写真を、「思い出」の「家族」のフォルダに保存する。笑顔だ。
莉念が俺に抱きついた感触が思い起こされる。少女一人分の寄り添われたそれは、嬉しかった。嬉しくて俺は辛かった。
家族だ。平穏な家族の写真だ。
ぷるぷると指が震えた。胸の動機が激しくなる。見てはいけない。現実だけど、現実であるはずがない。
俺は、美しい少女の裸の写真を表示する。夏から一緒に風呂に入らなくなったせいか、実際にみた時、そしてこの写真を見て俺は興奮していた。
情けなかった。
「違う……。莉念は、莉念は」
嘘だ。これが俺の家族同然の幼馴染なのは写真が証明している。
俺は逃げるように秘密の家族フォルダにデータを保存する。丁寧に丁寧に封をするみたいに。
莉念の大切な俺と初めてした記念の写真。彼女とそれから何度もした大切な写真。
消せば良い。
しかし、俺はみっともなくて。
消せなかった。
綺麗だ。
可愛い。
気持ちよかった。
好きだ。
一昨日の夜から今日の朝までのことなんだ。感触がすぐに思い出された。
俺は秘密のフォルダを必死に閉じた。階下から声がかけられる。気づけばかなり時間が経っていた。夕飯ができたみたいだ。
俺は涙を拭いた。
思い出の写真を見る。
なんてことない。平凡な五人の家族の写真を見た。
φ
春、莉念と共に花見を兼ねた撮影旅行は充足して終わった。
帰ってそうそう莉念は笑顔で俺の家のキッチンに顔を出して、母と一緒に料理を作っている。
俺は薄暗い部屋の中に戻ってきて、カメラの中に保存された写真を整理した。
桜の花びらが、美麗な少女を飾り立てるアクセサリーと化した写真。
それを俺は、「思い出」の「家族」のフォルダに入れる。
家族と一緒に旅行するのは普通だ。問題ない。莉念は、家族だ。
刻みつけるようにそう呟いた。
しかし、次の写真に俺はギュッと服を握りしめた。
「莉念……」
ベッドの上で俺の下にいる彼女は、嫌がる素振りも見せず俺に写真を撮ってとねだった。
ホテルの中で下着姿でお互いにあーんとしている写真がある。
下着を手に持った裸の少女が俺のカメラに収まっている。
莉念は恋人じゃない。莉念とこんな事をするのは本来とてもイケナイコトなのに。
消せば良い。その言葉が俺の心から出てくる。
けれど、俺は自分が思うよりもみっともなくて、情けない人間だった。
また、消せなかった。
綺麗だ。
可愛い。
そんな言葉が出てくる。莉念は綺麗で可愛い。俺の初恋の相手が、俺の前で服を脱いで、して? というのだ。
莉念の「家族同然の幼馴染とするのは良いんだよ?」と、いつも告げる言葉に溺れて、彼女に手をのばす。
恋人じゃない。
だって、莉念は俺を好きじゃない。
そんな関係ありえない。
許されない。
周りになんて説明するつもりだ?
だから、秘密に、しなければ。表に見せてはいけない。
俺は先程の写真を「秘密」の「家族」のフォルダに惨めに大切に保存した。
コンコン。
扉をノックする音がした。莉念だ。聞き慣れた涼やかな声が俺を呼ぶ。
「尚順、ご飯、できた。一緒に、食べよ?」
俺は誘蛾灯に向かう羽虫のようにふらふらと立ち上がって扉の前に向かった。
「わかった、行くよ」
扉を開ける。出迎えた彼女は俺の家に置いている自身のエプロンを身に着けており、落ち着いた薄手の長袖の服とロングスカートで清楚な少女だった。
そんな少女が俺を誘惑する。
「キスして?」
キョロキョロを言い訳するように周りを見て、俺はキスをした。
「ご飯の後で写真、一緒に、見よ?」
「わかった、良いよ」
俺は笑顔でそう応じた。
φ
ピコンと通知がなる。鳳蝶から夜のメッセージだ。
毎日彼女はマメに可愛らしくせっせと送ってくる。俺は素直にそれへ返していく。
心が疲労して俺は写真を整理しようとノートパソコンを触った。
「思い出」の「友人」フォルダを開く。改めて考えるためだ。
鳳蝶がカフェでティーカップを持ちながら恥ずかしそうに笑っている写真がある。この写真がとても大切な写真になるとは思わなかった。俺はもっとずっと鳳蝶とは友人として、カメラを向けていくと思っていた。
「秘密」の「友人」のフォルダへ写真を保存する。
そこにずらずら並んでいる写真を見るたびに、俺はどうしてこうなったんだろうと呟いてしまう。
裸の鳳蝶の写真が、みっともない俺へ責任を追求するようにたくさん並んでいる。
ゴールデンウィーク明け、鳳蝶と初めてした時の写真だ。
こんなに撮ったつもりはなかった。けれど、終わってみれば彼女に願われるままスマホでたくさんの写真を撮っていた。鳳蝶のスマホで撮られたものもある。
その中には、動画さえ有った。
女の友達とやるなんてありえない。黙っていなければ。バレたら、住道家にどんな迷惑が起こる。しかし、消すことはできない。
鳳蝶が尋ねるのだ。
『機会がありませんもの、大切にしてくださっていますか?』
『ああ、大切にしてるよ』
大切にしなければ。鳳蝶にとって大切な記録だから、鳳蝶は俺に大切にしてと懇願する。だからせめて、大切にするから表に出せない秘密として封をする。
俺は日常で鳳蝶に対する態度には結び付けないようにした。
恋人同士じゃない女友達と肉体関係になるなんて普通じゃないからだ。
でも、俺の態度で女の子を傷つけないようにしなくてはいけない。女の子のお願いはなるべく叶えてあげなければ。
莉念がいつだってそう俺に教えてくれたから。
「思い出」の「友人」のフォルダを見る。
たった数枚の鳳蝶の写真と比べて、唯彩さんの写真が並んでいる。ただ、秘密のない大切な友人として、俺は彼女と過ごせてホッとしていた。
いつまでもこの友達の距離感を大切にしていきたい。俺の願いはそれだけなのだ。
そして最後に、「思い出」の「恋人」のフォルダを開く。
そこには初めて出会った頃からの、華実先輩の写真が並んでいる。
好きになった時から、俺は華実先輩の写真を恋人になりたいという思いとともに、「思い出」の「恋人」のフォルダに保存していた。
恥ずかしそうな華実先輩。まだ前髪が長かった頃の先輩。
真剣にカメラを構える姿。
髪を切ってイメージが変わった綺麗な華実先輩。
藤棚を背景に、写真を取る華実先輩。
恥ずかしげに浴衣を着て俺と並んだ華実先輩。
藤の花の下、笑顔で俺に応える華実先輩。
華実先輩は恋人だから、「思い出」はいつだって正しい。だから、俺は華実先輩を「秘密」が覗き込める位置に置くわけにはいかなかった。
恋人である華実先輩の「思い出」は「秘密」と共存できないのだ。
写真を整理整頓すると、気持ちとどう日常で過ごすべきかについて、考えが落ち着いてくる。
幼馴染にフラれてから、女友達と受験を目指して一緒に過ごした。
冬はフラれた幼馴染と家族同然の距離感で過ごせるようになり、春は鳳蝶と唯彩という友人と高校で出会い友達として仲良くなった。
そして、写真部の部長である華実先輩と出会い、付き合うことになった。
そんなありきたりな物語。
莉念だけが、すべての思い出と秘密を知れる立場にいる。
彼女が今、俺の事をきっと一番覗き込んで、そして、理解してくれない。
俺は望んでいたのは、あの夏に、言ってくれるだけで良かった。
けれど、そんなひどい幼馴染が。
『今は、幼馴染。私達、家族』
思い出も秘密も俺のすべてを見ているのは、そんなたった一人の幼馴染なのだ。
……また秘密を覗き込んでしまった。
俺は「思い出」フォルダの写真を見返して、心と記憶を整理して、表で出して良いありきたりな物語を思い出す。
幼馴染にフラレてからできた、女の子たちとの正しい距離感で構成された思い出だ。
家族同然の幼馴染、莉念。
友達の鳳蝶と唯彩さん。
そして、恋人の華実先輩。
閑話で主人公と幼馴染のあり方を書いてみたら、虚飾と歪みに満ちてしまって驚き。
次話は幼馴染の四條畷莉念視点の閑話を18時更新予定です。
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