107話 未読のメッセージ
華実先輩に会えない。俺は結局花火大会以後、華実先輩と連絡を取ることも出来ず、二学期の始業式を迎えた。始業式後、すぐに課題の回収と簡単な実力テストが行われ、まだ夏の香りが残る夕方に俺たちは前日までの夏休みで失っていた開放感を味わう。
鳳蝶たちにも軽く挨拶をして、俺は覚悟を決めて写真部の部室へ向かった。華実先輩と会うなら、そこだろう。エッチしたいと言われるかもしれないが、その時は人目のあるところに移動して話せば良い。
華実先輩に部室で待ってますとメッセージを送った。未読のままだから、本当に読んでくれるかはわからない。
スマホでニュースサイトを巡りながら、ただ人を待つ時間が過ぎていく。どれぐらい経っただろうか。開けた窓から吹き込む風は変わらない。俺のそんな覚悟を込めた気持ちは、叶えられることはなかった。
コンコンコン。
軽快な音だ。ノックがされた。華実先輩ならノックなんてしないはずだ。他の部員であれば、ノックした後に気兼ね無く扉を開けるだろう。俺は困惑しながら、部室の扉を開ける。
「どうもこんにちは、折川さん」
窓から吹き込んだ風が藍色の髪を揺らす。藍色の瞳が俺を覗き込んでいた。誰だったか、全く名前が出てこない。
「こんにちは、えっと、生徒会長の」
「本当に腰巾着さんは人の名前も覚えられないんですね」
「……すみません。折川です。生徒会長」
「知ってますよ、折川尚順さん。中に入っても?」
「どうぞ?」
何をしに来たのだろう。俺は押し切られる形で、彼女を部室に入れた。結局名乗ってもらってないので、名前がわからない。とりあえず生徒会長と呼んでおこう。
残念ながら、お茶など出せないので、パイプ椅子に座って貰うだけだ。テーブルを挟んで向かい合う形で座った。鋭い目つきをした端正な顔の少女が俺を似つかわしくない、にこやかな笑みで見つめてくる。
「すみません、それで生徒会長が写真部の部室へ何の用でしょうか?」
「写真部の活動について、以前はもっと活発だったと先輩たちから聞いています」
「……俺は一年生で入った時から華実先輩以外で参加している人を見たことが無くて」
「そうなんですか? それは大変ですね。なので、私も生徒会の末席で手伝いをさせていただいた時に、今の部長さんとしか顔を合わせたことがないんですよね」
そうなんですかとしか言いようがない。俺が困惑しているのを見ながら、それを嬉しそうに目の前の生徒会長は話を続ける。
「幽霊部員ばかりの状況にはなっていますが、今はまだ真面目に活動されているとは思います。けれど、どうなのでしょうか。十月上旬にある文化祭ですが、去年までは文化祭において、写真部に写真を撮影していただけましたが、今年のこの人数では難しいかもしれませんね」
パサリと一枚の紙が出される。しみじみ見ると、そこには華実先輩に、俺と春日野、せんりの名前がある。現在、実際に活動しているメンバーだ。あとは、横にバツが付けられた男子たちの名前。思ったよりも男子部員は居たようだ。こんな人数から華実先輩は心のない言葉を向けられたと思えば、ひどく心が痛む。
「……そう、かもしれないですね」
この高校は十月上旬に文化祭をして、十月の中旬から下旬に体育祭をする。一番の理由は夏の暑さと、九月下旬から十月にある季節の移り変わりにある雨の時期を避けるためだ。そして、文化祭が十二月では文化部の引退の影響を考えると開催が遅すぎるため、あえて十月上旬に行っているらしい。
生徒会長として大変なのだろうと目の前の先輩を見つめる。彼女は俺の視線を受けてから、頬を赤くした。怒りだろうか。撮影旅行の際に顔を会わせた時も俺が名前を覚えていないことを不快そうにしていた。
「現在の状況について、幽霊部員だとはばかり無く発言していた写真部の部員さんに状況について話を聞きました。今は、こちらのメンバーしか活動していないようですね。そして、彼らと個別に話をしました。聞いたところ、復帰する予定はないと聞いています。現在の人員を考えると、部活の体をなしていません」
「活動実績の乏しい部員を抱える部活は、いくつもあると思いますが」
「あら、そうなのですか? 私は過分にして把握しておりませんが、折川さんは提示出来るようことでしょうね」
「文芸部は部員の人に話を聞いたところ、同じように」
「腰巾着さんはいつも用意周到ですね。
あちらは学校行事に影響を与えませんからね。それに、こちらは四人、あちらは五名以上は不定期でも活動していますよ」
「それは――」
しっかり調査済みらしい。俺はぐうの音も出ない。写真部を話題にしているのは、先程言った通り学校行儀に写真を残す係として活動してもらうためもあるのだろう。
「写真部が居ると、行事の撮影を外部にお願いするのが難しくなります。例えばこれが事務員の方へのお願いであれば、一定期間在籍していただけるので安定するのでしょうが、今回のように生徒に依存すると、部活に問題が会った場合に人員の安定がなくなってしまいます。実際、部長の方が問題を起こした結果でしょうが、」
「部活に問題は起きてません!」
俺はそこは強く否定する。写真部が問題を起こしているのではなく、男子たちが部活動の仲間という視点を無視して、不満を持って幽霊部員になった。華実先輩は悪くない。なのに、なぜ悪し様に華実先輩のせいだと言われなければならない。
俺が大きな声で遮ったことに、彼女は驚いた顔をして、不満げな表情をした。
「そうでしょうか? 部長であるなら、部員たちがそれまで活動していたのに一斉に幽霊部員になるような事態を避けるべきでは?」
「それは」
無理だ。男子部員たちの一方的な好意に対して、華実先輩が応えるわけがない。それは男女の話であって、部活動の範疇ではない。だが、俺の願いは彼女の言葉にかき消される。
「はぁー、とりあえず、長々と話してしまいましたが。生徒会からの決定は」
「決定? 決定事項ですか」
「遮らないで下さい。さて、決定事項としては、写真部は今年の文化祭を終了後に、実際活動部員が三名となるため、廃部とします。文化祭まで待つのは、文化部としての最後の活動実績も無いまま廃部とするのは忍びないという温情です」
「いや、いきなり廃部なんて」
「顧問の先生からも話を聞いてます。顧問の先生もあまり熱心でなく、ほとんど活動報告と部費の明細について承認をするだけらしいですね。顧問の先生も廃部となっても、影響が無ければいいという話でした。写真部が行っていた学校内の撮影や、行事の学生たちの活動の撮影については、生徒会と事務員が行います」
「生徒会がって、今までこちらにお願いしてたと聞いてますが」
「そうですよ? だから、廃部となるので一旦生徒会も写真部が作業していた物を手伝います」
「いや」
「だから、折川さんが廃部後は生徒会に入ります。以上です。最後の文化祭はきちんとされることを願っていますよ」
「いや、生徒会長」
「あと、私の名前は生徒会長ではありません。雪見です」
「すみません」
雪見、やはり中学時代に名前に覚えがない。俺はそんなことを思いながら、彼女の名前を呼んで呼び止める。
「雪見生徒会長、待って下さい。写真部の廃部は、……廃部を取りやめて欲しい場合は」
立ち止まってこちらをくるりと向いた雪見生徒会長は顔を真っ赤にしながら、俺を見ていた。そんなに怒り心頭な願いだろうか。……華実先輩は後悔すると思う。俺はそれを見たくないし、させたくなかった。
「廃部は決定じきょう、ですが? 写真部最後の文化祭、し、しっかりするのが一番じゃないかと思いますよ」
真っ赤な顔のまま、歩く彼女の背に、名前を呼んでも、もう彼女は応じる気は無いみたいだった。あっさりと出ていった生徒会長を見送り、俺はスマホを見る。
「未読、か」
結局華実先輩は俺のメッセージを見ないままだった。ならば、部室に来るわけがない。俺は下校時間になるまで部室に残った。
それは華実先輩を待っていたのか、はたまた廃部の将来を決められた写真部をどうすれば良いのか悩んでいたのかもしれない。
風が吹き込む部室は物悲しく時間が過ぎていく。誰も、居ない。俺を出迎えた華実先輩が居ない。
下校時間になってしまう。俺は外に出た。廊下は帰り支度を終えて、騒がしい学生たちが時折通り過ぎていく。
「文化祭の準備しなくっちゃ~」「夏休み明けたらすぐなんですね」「一ヶ月あるから余裕余裕」「夏休みで準備完了済みだから」
わいわいとグループで話している彼らが羨ましかった。
俺にとって、写真部の華実先輩と過ごす最初で最後の文化祭だ。
第三章はこれで終わりです。ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
次回は書き溜めが出来ましたら更新させていただきます。
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