夫 レオナールから見た結婚生活
レオナール・モンテリオは、落ち着かない気持ちで妻を待っていた。
今日は結婚記念日。妻を喜ばすために沢山の準備をした。
妻は慎ましく、好みが分からないので部屋中を埋め尽くすプレゼントを用意していた。
豪華なアクセサリー、珍しい外国の菓子、美しいデザインのドレス……貴族令嬢ならば、誰もが羨む宝の山だ。
好きな花の種類も分からないから、いろいろな種類のものを取り寄せた。
レオナールは、その中から花を一輪手に取る。
妻の好きな花の一つもわからない自分が情けなかった。
レオナール・モンテリオとオデット・シルフェルトは、互いの家の為に結婚した。
侯爵家のモンテリオ家と、子爵家のシルフェルト家は領土が隣同士だった。
互いを支え合うような親しい間柄ではなかった。
最低限の付き合いをするのみで、家格が上のモンテリオ家は視野にも入れていなかったというのが正しい。
だが、自然災害でその関係は一変する。
大雨による川の氾濫で、モンテリオ家の穀倉地帯が大きな打撃を受けたのだ。
それを助けてくれたのがシルフェルト家だった。
堅実な領土運営をしていたシルフェルト家は備蓄も豊富で、それを惜しげも無く提供した。
結果、モンテリオ家は大きな損害を受けたものの、領民を飢えさせることを避けることが出来た。
そのことをきっかけに、両家の関係をより協力的なものにしようと、それぞれの当主が動いた。
貴族の結びつきを持つにあたり、最も一般的なものは結婚だ。
幸い、両家ともに適齢期の男女がいた。
こうして、レオナールとオデットの結婚が決まったのだ。
シルフェルト家は上の家格に娘が嫁ぐことを喜んでいたが、モンテリオ家は別だった。
乗り気だったのは当主の父親だけで、レオナールはこの結婚に前向きではなかった。
侯爵家として、初めてといっていいほど下の家格の娘との結婚に、不満を感じていたのだ。
その気持ちを切り替えることは結婚してからも中々出来なかった。
「無理して侯爵夫人として振る舞わなくて良い。お前の育ちでは無理だろう」
「使用人が言うことを聞かない?家格を考えれば仕方が無いのではないか?」
「もっと2人で話す時間を?私の教養に合わせる事が出来るのか?」
自分でもひどい言葉を言っているのは分かっている。
けれど、止めることが出来なかった。
父から厳しくしつけられ、モンテリオ家を継ぐ存在として育てられた。
一方、オデットは自然が多い土地で両親に愛されて朗らかに育った。
オデットの柔らかい笑顔は脳天気に見え、苛立ってしょうがなかったのだ。
同世代の貴族令息達は家格が釣り合う令嬢と縁を持っていたのも気に障った。
勝手に同情されているように感じ、その憤りはオデットへぶつけられる。
やがて、父が流行病で亡くなった。
誰もレオナールを諫める人間がいなくなり、オデットへかける言葉は嫌味しか出てこない。
だが、レオナールの心に変化が訪れた。
どんなに嫌味を言おうと、オデットは怒らなかった。初めこそ悲しんでいたようだったが、レオナールの苛立ちの気持ちを受け止め、微笑むばかりだった。
自分が子供扱いされたようで更に嫌味がひどくなった時もあったが、そんな自分の姿が滑稽なことに気がつき、少しずつ改めるようになった。
「粗末なドレスを着るな。……新しいドレスを贈ろう」
「使用人の悪口を聞いているだけとは、侯爵夫人としてふさわしく無い。……あの者は解雇した」
「お茶の時間にしよう。君の舌には合わないかもしれないが、珍しいお茶菓子が届いたんだ」
レオナールの変化に、使用人達は微笑ましく見ていた。
言葉は厳しくとも、オデットへ向ける視線に恋の熱が宿っているのは誰の目にも明らかだった。
オデットへ贈られるプレゼントも手に入るのに苦労するものばかり。年若いメイド達は、「あれって『ツンデレ』ってやつだ!」と2人の恋物語に盛り上がっていた。
オデットは口数少ないながらも、いつも微笑んでレオナールとの時間を過ごしていた。
彼女の笑顔をもっと見たくて、そして今までの自分の態度を挽回したくて、レオナールは結婚記念日にオデットに改めてプロポーズしようと決めていた。
父親に言われて無理矢理言わされた言葉では無く、自分の心からの告白を聞いてもらう。
約束の時間に、オデットはやってきた。
部屋の中を見て驚いた後、レオナールの元へやってくる。
オデットは今までのように控えめにレオナールを見るのでなく、強い意志ではっきりと見つめてきた。
レオナールは彼女に囁く。
「お前のことを愛している」
そう言うと、オデットは華が咲くような笑顔になった。




