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冥王様が通るのですよ!  作者: 木口なん
魔族篇 4章・聖杯

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570話 すれ違っていく二人①

 一瞬、ネオンは叫びそうになった。

 慌ててルークが彼女の口を塞ぎ、陰へと引き込む。



「ごめんネオン。でも静かに」



 それで彼女も落ち着いて大人しくなった。

 ずっと気まずい関係のままだったので、何も言葉にできない。



「ごめん」

「いえ……謝らなければならないのは私の方です。ルークは何も悪くないのですから」



 ネオンは目を伏せた。

 実際、ルークには何の心当たりもない。そしてこれはいい機会だと考えた。



「あのさ、ネオンはどうして俺を避けているんだ? カーミラのことも。俺たちが何かしたのか?」

「いえ、その」

「もしも気付かないうちに何かしてしまったなら、俺は教えてほしいと思う」



 そう言いながら顔を出し、番人の動きを確認する。どうやらこちらを見失って通り過ぎて行ったらしく、ひとまずは安心だ。ただ、未だにこの貯蓄槽の領域内にいるようで、金属の擦れる音は継続していた。



「俺はネオンと話せなくなって、少し落胆していたんだ」

「落胆、ですか?」

「どう言ったらいいのかな。寂しい、とは少し違う気がする」

「それは……私も……その」

「え?」



 再び金属の音が近づき、二人は身を隠す。

 ネオンは何度も感情を言葉にしようとして、思い直した。この気持ちはどのような表現が相応しいのだろうか。静かにしなければならないという状況を免罪符にして口を閉ざし続ける。

 しかしそれも限定的な免罪符だ。



「ネオン、話してくれないか?」

「あの、私……別のところに……」



 しかしルークは彼女の手を掴んで逃がさない。

 言ってくれるまでは離さないと言葉なく告げていた。



「俺たちはいい出会い方じゃなかったと思う。でも共に戦って、信頼関係を作ってきたはずだ。少なくとも俺はそう考えている。こんな理由も分からず決裂したくない」

「……」

「なぁ、ネオン」

「……て」

「え?」

「手を握るなんて破廉恥です!」



 乾いた音が鳴り響く。

 それはこの領域において間違いなく異音だ。一瞬、金属の擦れる音すらも止まった。



「あ……」



 ネオンは二つの意味でやらかしてしまったと悟る。

 一つはルークの頬を叩いてしまったこと。彼の顔には見事な赤いスタンプが押されている。謝らなければならないのはネオンの方だというのに、また一つ業を重ねてしまった。

 そして二つ目は、見事な平手の奏でる音である。番人は異音を察知し、動きを止めた。そして多脚で器用に回転し、音の鳴った方へと単眼を向ける。



(や、やってしまいました……)



 ルークに対する態度としても、この状況における行動としても、まさに最悪であった。慌てて息を潜めるも、既に番人はこちらを警戒している。感じ取れる気配でそれが分かった。

 番人の単眼より放たれる光線は金属すらも焼き切る。《聖捌》の光であれば防げるだろうか。そう考えてみたが、根拠もなく試したくはなかった。

 一方で叩かれたルークも思考が真っ白に飛んでいた。

 突然のことで驚いたということもあるし、拒絶がショックだったということもある。



「ルー、ク……ご、ごめんな、さい」



 謝罪して目を伏せると、異形の影が床を這っているのが見えた。

 いつの間にか番人がすぐそこまで迫っていたらしい。

 貯蓄槽の向こう側から巨体を見せた番人は、その単眼で二人を発見し、警告の色を発する。光が集まり、まさに熱線を放射しようとしていた。

 ルークの神器ルシス同化も、ネオンの《聖捌》も間に合わない。



「ッ! ネオン!」



 反射的な行動でルークは庇うように彼女を押し倒した。しかし単眼はしっかりとそれを追いかけ、狙いがずれることはない。確実な死が二人に迫っていた。



(こんなところで――)



 ルークは彼女を抱えたまま、収束していく光線を目で追った。

 しかし単眼からは飛び出したのは熱線ではなく赤い結晶。そればかりか番人の内側から無数の赤い結晶が枝葉の如く貫いて現れる。



「何をしているんですか……」



 貯水槽の上から、カーミラが呆れながら見下ろしていた。






 ◆◆◆






 番人による奇襲は危機的であったが、充分な広さがある空間さえ確保できればカーミラが殲滅できた。隙間から番人の内部に瘴血の霧を侵入させ、内部から引き裂くことで機能不全に陥らせたのだ。

 領域内で散り散りになっていたので、一度集合して点呼を取る。



「術師は全員おります」

「こちらもです。バジルの民、全員揃いました」

「アスラン戦士団も同じく」



 それぞれ率いる者たちが報告してくれたが、ネオンは曖昧に頷くのみであった。彼女の様子がおかしいことは皆気付いていたが、あえて聞き出そうとする者はいない。

 それよりもルークにこそ視線が集まる。



(うッ……)



 気まずさのあまり、目を逸らした。

 幸いというべきかネオンを押し倒してしまった瞬間はカーミラ以外に見られていない。もし見られていたらスルザーラあたりからもっと詰められていたことだろう。

 また先ほど番人によって襲われたばかりで、皆が緊張している。あえて今、聞き出すことはない。そんな空気が彼を救った。



「カーミラ殿、後どのくらいで帝都に辿り着くのでしょうか。迷宮に入ってからしばらく。太陽が見えませんので日付感覚が分かりませんが、開戦までには帝都に潜入したいところです」

「黄金域に到着しておりますので、あと半分といったところでしょうか」

「半分……」



 ルゥナの個人的な感覚では、迷宮へ入ってから五日ほど経過している。仮に残り五日で帝都に到達できるのだとすれば、多少多めに見積もったとしてもヴァルナヘルから帝都までは合計二十日ほどになるだろうか。改めて計算してみると予定からは外れていない。

 知らず知らずの内に不安を抱えていたのだとルゥナも自覚した。

 それに期間は短くとも多くのことがあった。それも時を長く感じさせているのだろう。



「もしもここが安全ならば、一度休憩しませんか?」

「少し待ってください……はい、おそらく大丈夫でしょう。今は番人も近くにいません。ネオンさん」



 そう呼びかけると、彼女は驚いて肩を揺らした。

 よほど集中力を切らしているらしい。隊の指揮官がこの有様では先も思いやられる。早く原因を取り除かなければならない。

 カーミラは改めて呼びかけた。



「ネオンさん、少し休憩をしましょう。あなたも、皆も、疲れています」

「ご、ごめんなさい。私、私のせいでこんな……」

「先のことは気にしないでください。私たちは友人のはず。何に苦しんでいるのか、どうか話してほしい。私はそう願っています」



 ずっと目を逸らしていたネオンが、久しくこちらを向いてくれた。そして彼女は深く頭を下げる。



「ごめんなさい、あの……その……」



 彼女はやはり言い淀み、それから皆に向かって声をかけた。



「今日はここで野営します。番人に備え、分散して休息してください!」



 逃げるようにして野営の準備の指示を出し始めた。

 カーミラが手を伸ばすも、それは届かない。







 ◆◆◆






 帝国奇襲を目指す行軍は苦難の連続であった。

 閉塞した地下迷宮を進み続けることは大変なストレスで、皆が知らぬ間に疲労していた。この時期での休息は必要なことだった。



「スルザーラさん」

「驚いた。カーミラから声をかけてくるとは」

「実はネオンさんのことで」

「そうか。私も気になっていたことだ」



 術師を率いる役目を与えられたスルザーラは常に忙しくしている。そのためカーミラが声をかけたのは、皆が寝静まってからであった。警戒のため交代で見張りをすることになっており、カーミラはそこを狙って声をかけた。



「彼女は酷く動揺しているように思えます。何かに心を揺さぶられ、そのために失敗し、己を責めているように感じます」

「少し話は聞いた。思わず音を立て、番人に気づかれてしまったと」

「悪気はないのでしょう。ルークさんも気にしないと言っていました。ですがそれは本人の心を軽くする言葉になりえません」

「難しい年頃だからな……」



 彼女は聖石寮における最高位の立場であるが、その一方でまだ十五の娘でしかない。そうあれと教育されてきたが組織の長としては未熟もいいところだ。

 そういった点でもスルザーラは助けになりたいと考えている。

 しかしネオンは責任感も強く、なかなか人を頼ろうとしない。



「心配と言えばルークのこともだ。理解できない拒絶に傷ついているだろう。表面上は取り繕っていてもな」

「完全にこじれてしまう前に二人の間を取り持つことができればよいのですが……」

「聖守様は弱さを吐き出すことができない御方だ。私たちが心配している姿を見せれば、余計に自らを殻に閉じ込めてしまうだろう。どうすればいいのか、私にも分からない」

「そうですか」

「すまないな。力になれず」

「いえ、私の方こそ」



 このままでは何かのきっかけで最悪の事態に転じることにならないだろうか。

 そんな心配が、二人の中で芽生えていた。






 ◆◆◆





 封魔連合王国では次々と軍が編成され、前線へと送られ、大戦の準備が粛々と進められていた。プラハ帝国からの資本も参入することで兵站が強化され、また輸送路の計画も順調に立ち上げられている。迎撃地点にはすでに多くの砦が建設されている状況だ。



「サンドラ軍が最も重要視すると考えられる都市は幾つか存在します。まずはヴァルナヘル。これはシュリットの領土内ですが、奪取すれば侵略の上で最も重要な拠点となりえます。またもう一つはアスラン王都。こちらは我が国を東側から挟撃するのに最適です。前者は取り戻したようですが、後者は既に帝国の手の内。東からの奇襲は警戒するべきかと」

「シエスタやヴェリト王国の中心的都市も奴らに奪われております。戦線は広くなりそうですね……」

「さて、どこを重要視して守りを固めるべきか。難しいところだな」



 円卓に地図を置き、アポロヌスと彼の家臣たちは頭を悩ませる。

 軍の編成を進める中で問題となったのは、サンドラ帝国との戦力差であった。封魔王国が潜り込ませた間者によると、サンドラ帝国が動員した兵士は十万を超える。そこに魔族兵や吸血種ノスフェラトゥの部隊が混ざるので、実質的な戦力はもっと上だ。これに対して封魔連合王国がひねり出せる戦力はもっと少ない。



「防衛に徹する。これは当初から決まっておりましたが、こうも戦力差があると……」

「こちらの間者がもたらしてくれた情報によると、サンドラ帝国は一気にこちらの王都まで進軍するつもりのようです。どうやら地獄域が欲しいとか」

「それが正しいとすれば、帝国は最短でこちらを目指すと考えてよいでしょうか」

「シエスタの中央都市、アルゲリス、この二つを経由する道筋ですな。先のレギンレイヴ会戦でこちらのレギン砦を攻略しようとしたのも、この進軍路のためだったのかもしれません」

「アルゲリス公も無茶をしてくれますね。実質、レギン砦を破壊したのは彼でしょう?」

「あの時はあれが最適解だったのです。そうしなければ砦は奪われていました」



 封魔連合王国は、既にいくつかの連合国家を失っている。その一つがアルゲリスだ。シエスタの丁度南に位置していたこの国は、サンドラ帝国の侵略を真っ先に迎え撃つことになった。どうにか迎撃には成功したが、それでも国土の八割は失われている。

 好戦的なアルゲリス公が先走らぬよう、アポロヌスも何度か書簡を送っていた。



「公も我慢の限界だろう。俺の方にもそんな手紙が返ってきているよ」

「しかし陛下……」

「問題ないさ。俺の勘が言っている。サンドラ帝国は真っ直ぐこちらに攻めてくるさ。陽動としてヴァルナヘルに兵を差し向けるかもしれないけれど、本命は間違いなくこっちだよ」



 アポロヌスは確信を持った表情で、シエスタを指差した。



「ここにもう一度間者を送ってくれ。それとこの川で迎え撃とう」

「橋を破壊しておかなくてよろしいのですか?」

「ある程度こちらに引き付けてから橋を壊そう。そうすれば敵軍を川で分断することができる」

「なるほど……」

「こちらは少しずつ撤退しながら敵の数を減らす。そして俺も出よう」

「まさか! 陛下が!?」

「危険です!」

「大丈夫さ。それに忘れているのか? 俺はこの国で一番強い男だぞ?」



 その後、アポロヌスはほとんど独断で兵の配置も決めていく。そこには山勘のような根拠のない配置もあったが、それでも彼は確信を持っているようであった。

 彼の限りない自信こそが皆を勇気づけている。

 アポロヌスが、王がそう語るのであれば問題ないと断言できるだけの威容があった。



「情報は常に最速で俺のもとに持ってくるんだ。苦戦しているところには俺が天駆ウラヌスで飛んでいく。全ての指揮官に伝えてくれ。どれほどの苦難でも、必ず王が駆け付けると!」



 彼こそが地獄域の覇者。あるいは冒険王。そして連合国の王である。

 その輝きは太陽の如く、僅かたりとも陰りがなかった。



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