―エピローグ―
エピローグ追加です!
ラウルの顛末を書き忘れていたので。ついでにルネとエミールのお話を少しだけ書きました。
たくさんの評価、ブックマーク、感想ありがとうございます!
「あの、エミール様……。これでは仕事ができないのですが……」
ルネはおずおずと振り返ると、ルネの腰に腕を回しぴったりと背後にくっついたまま動かないエミールの顔を見上げた。
いつもの仕事場、精霊の間で精霊たちの声を聞いていると、昼過ぎにエミールが顔を出した。
ここ3日ほど会えなかったから嬉しかったのだが、走り寄ったエミールは花畑に座り込むルネの背後に座ると、抱き締めるというよりは羽交い締めにするかのように腕を回して、それきりしばらく黙ってしまった。
「エミール様?」
「今、ルネを補給してるからちょっと待ってくれ」
「私を補給?」
なんだか意味が分からず聞き返すが、エミールは目を閉じたままだ。
仕方なく持っていたペンとノートを置くと、体から力を抜いてエミールに寄りかかった。
(あ……、心臓の音が聞こえる……)
規則正しい鼓動が、直接感じられて微笑む。相変わらず精霊たちがうるさいこの場所で、こうしていると一番安らげる場所のような気がしてくる。
まだ少しエミールとこんな風にするのは恥ずかしいが、エミールが真っ直ぐ寄せてくれる想いや行動を受けとめることができるのが嬉しくて、ルネはそっとエミールの手に両手を重ねた。
「ルネ」
「はい?」
名前を呼ばれてまた視線を後ろへやると、エミールは目を開けて微笑んだ。
「仕事は順調のようだな」
「ええ、今日も午前中に一つ呪文を聞き取れましたよ」
「すごいな」
「私、今絶好調ですから」
冗談めかしてそう言うと、子供のように頭を撫でられる。
「一人にさせて悪かったな」
「いいえ。エミール様もお忙しいのですから、気にしないで下さい」
笑って答えると、エミールは微笑んだ表情を少しだけ強張らせた。
「エミール様?」
「……忙しかったのは、ラウル・エフラーの処遇について話し合っていたからなんだ」
「ラウル様の……」
エミールの言葉に、ルネはしっかりと振り返ると、エミールを真正面から見つめた。
ラウルがあれからどうなったのか、気にならないといえば嘘になる。考えないようにしていたが、最後に見た兵士に連れて行かれる姿が、ふいに脳裏に浮かんでしまうことはあった。
「エフラーは細々と色々な不正に手を染めていて、調べるのに時間が掛かった」
「はい……」
「詳しい罪状は説明しないが、あのような者が伯爵を名乗るのは許し難いということで、伯爵家は取り潰しとなった」
「取り潰し!?」
驚いてルネが声を上げると、エミールは眉間に皺を寄せて頷く。
「で、では、ラウル様は……」
「もう平民ということだな。2年の拘禁の後、徒刑場で10年の服役、そして国外追放となった。生涯、帰国は許されない」
重い罰にルネは言葉が出て来ず、手を握りしめる。
「家財はすべて没収、借金はそこから返済し、残った資産は国の物になる。一族の者たちも全員平民に降格させ、王都からは追放とした」
「では、アストリットも?」
「ああ」
(あんなに体裁を気にしていた人たちが、すべてを失って生きていけるのかしら……)
誠実に働くことを拒否して、他人にすべてを押し付けた伯爵家の人間たちが、平民となった自分を受け入れられる訳がないように思う。
自分は子供だったから、プライドなどすぐに捨てて働けた。けれど彼等はそんな簡単には心を入れ替えることはできないだろう。
「国外追放……」
「厳しいと思うかい?」
ルネが微かに頷くと、エミールはルネの手をギュッと握り締めた。
「……俺はどうしてもエフラーを許せない」
「エミール様……」
「あいつが二度とルネに会わないようにしたかったんだ」
真っ直ぐに見つめる瞳を見つめ返したルネは、ゆっくりと身を寄せるとエミールを抱き締めた。
「ありがとうございます、エミール様」
「ルネ……」
「エミール様のお気持ちだけで、私は十分です」
ルネの言葉に頭の上で大きく息を吐いたエミールが、抱き締め返してくれる。しばらく目を閉じてそのままじっとしていたが、ふいにぐいぐいとお腹を押されるような感覚にルネは目を開けた。
「あら」
見下ろしたお腹の辺り、ちょうどルネとエミールの間に顔を割り込ませるように入り込んだ精霊王の姿に声を上げる。
「あなた、ここまでどうやってきたの?」
エミールから体を離し精霊王を膝の上に抱っこすると、精霊王は手足をバタバタと動かして身を捩る。抱き上げられるのが嫌なのかと、花畑の上に降ろすと、上手に手足を使ってはいはいをした。
その姿を見てルネは目を見開く。
「エミール様! 見て下さい! この子、もうはいはいができますよ!」
「本当だ、驚いたな……」
寝てばかりの赤ん坊だと思ったが、この数日であっという間に成長したらしい。毎日見ているからか、まったく気付かなかった。
ルネはまた手を伸ばし精霊王を抱き上げると、その額にキスをした。
「すごいわね。あっという間に大人になっちゃうのかしら」
人間の赤ん坊とはまるで違う成長速度に驚きつつエミールに視線を送ると、なぜか精霊王の額をじっと見ている。
「エミール様?」
「あ、いや……」
言葉を濁すように視線を逸らしたエミールに、ルネはふふっと笑みを浮かべると身を乗り出してチュッとエミールの唇にキスをした。
「赤ちゃんに嫉妬ですか?」
「な、なにを! いや……、まぁ、そんなものかな……」
肩を竦めて苦笑したエミールは素直に認めると、手を伸ばしてルネの頭を引き寄せる。今度はエミールから優しいキスを貰い、ルネは微笑んだ。
「今度、二人で城下町を散策しよう」
「え? でも、私と一緒では……」
「ルネはもう離婚してるし、まったく問題ない」
「でも……」
「ルネのことを悪く言うやつがいたら、今度こそ俺は黙っていない。絶対にな」
「エミール様……」
自分がエミールと釣り合わないのはよく分かっている。それでも今はエミールの手を自ら振り解きたくない。
ルネは気持ちを吹っ切るようににこりと笑うと、大きく頷いた。
「そうですね。では、お休みの日に行きましょう。私が隅から隅まで案内します」
「頼もしいな」
エミールも楽しそうに笑って頷く。
それからあれこれと話していると、遠く鐘の音が聞こえた。
「そろそろ行くか」
「お仕事に戻られますか?」
「うん」
エミールが立ち上がるので、ルネも精霊王を抱いたまま立ち上がると「あ」と声を漏らした。
「ん? どうした?」
「そうだわ。私、エミール様に相談があったんだった」
「なんだ?」
「この子に名前を付けようと思っているんです。でもなかなか良い名前が思い付かなくて……」
「名前か……」
ルネは精霊王を抱き直すと、愛らしい顔を見下ろす。
「精霊王らしい素敵な名前を、エミール様と二人で考えたいんです」
「俺と?」
「ええ」
「それって、まるで……」
なぜだか少し顔を赤らめたエミールは、動揺したように頭を指で掻いた。
ルネが不思議そうに首を傾げると、エミールはごまかすように咳払いしてから笑って頷いた。
「分かった。じゃあ、今度考えよう」
「はい、エミール様!」
明るい声でルネが返事をすると、精霊王が返事をするように「うー!」と声を上げた。
その声に目を合わせた二人は、声を上げて笑ったのだった。




