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第27話 お茶会

 ルネはいつもの質素なドレスではなく、美しいドレスを着ると中庭に向かった。


(誕生日パーティーといい、お茶会といい、こんなことやっている場合じゃないんだけどなぁ……)


 こういう女性たちの集まりが、どうしても無駄に感じてしまいルネは溜め息を吐く。

 それでもこれでシャーリーやアストリットがしばらく静かになってくれるなら、仕方ないかと行きたくない気持ちを押し殺す。

 中庭に行くと、すでにテーブルやイスが出されていて、美しい装いの女性たちが楽しそうにおしゃべりをしている。そこに足を踏み入れると、ルネに視線が集まった。


「皆様、ごきげんよう」


 ルネが挨拶をしても、誰も挨拶を返してくれる人はいない。ひそひそと声をひそめ何かを言い合っているが、決して褒めてくれている訳ではないだろう。

 居心地の悪さを感じながらも、シャーリーが来るのを待っていると、しばらくしてシャーリーとアストリットが現れた。


「ごきげん麗しゅう存じます、シャーリー様」


 声を揃えて全員が挨拶をすると、シャーリーはにっこりと笑う。


「ごきげんよう、皆さん。今日はお茶会にぴったりの晴天ですわね」

「本当に。さすがシャーリー様ですわ。お天気もシャーリー様のお味方ですわね」


 取り巻きの一人が持ち上げて言うと、シャーリーはまんざらでもない顔をして笑う。


「さすがのわたくしでも天気は操れないわ。きっと運が良いだけよ」


 謙遜しているようでしていないことを言うと、シャーリーはゆっくりとイスに座る。


「エフラー夫人、来ていらっしゃる?」

「は、はい」


 突然名前を呼ばれて前に出ると、シャーリーが手招きする。


「皆さんにご紹介するわね。エフラー伯爵夫人よ。事情があって、今、お城で暮らしているの。皆仲良くしてあげて」

「ルネ・エフラーです……。皆様、よろしくお願い致します……」


 シャーリーがルネを紹介すると、皆笑顔で挨拶を返す。

 それからメイドたちがお茶を入れて回ると、全員がテーブルに着いた。


「ルネ、あなた、そんなドレスしかなかったの?」


 なぜかシャーリーと同じテーブルに座らされると、隣に座ったアストリットが眉を顰めて言ってくる。


「伯爵夫人として、身なりもしっかり考えてよ」

「そうね、アストリットの言う通りよ。淑女は着ているものも、常に美しくなくてはいけないわ。髪型や持ち物も、貴婦人として恥ずかしくないものを選ばなくちゃ」

「はい……」

「なんでそんな短い髪にしたの? 目立ちたいからそんな髪にしたなら、あなた相当の馬鹿よ」


 ルネが口答えしないことをいいことに、アストリットが言ってくる。シャーリーがいる以上、絶対にルネが強いことを言えないと思っているのだろう。

 お茶を飲んでしばらくすると、各々自由にシャーリーに話し掛けたり、おしゃべりの時間になった。


「エフラー伯爵様って、とっても素敵な殿方よね。それに若くして伯爵になられて。エフラー夫人、羨ましいわ」

「は、はぁ……」


 15歳くらいの可愛らしい少女に声を掛けられて、ルネは生返事をする。


「私はまだ婚約者も決まっていませんの。エフラー伯爵様みたいな、素敵な殿方がいらっしゃらないかしら」

「あら、それならエミール様がいいんじゃなくて?」

「そんな! 私なんて絶対に無理ですわ!」


 シャーリーに言われて少女は顔を真っ赤にして首を振る。

 ルネはその様子を見ながら、何の苦労もなく育っていたら、もしかしたら自分もこんな風に夢見ていたかもしれないと思った。

 年頃の友達同士で素敵な男性の噂をして、結婚を夢見ていたかもしれない。


(これが普通なんだろうな……)


 どんなに仕事をすることが好きでも、やはり貴族の女性たちから見れば、自分は異端に他ならない。

 それが良いとか悪いとかではなく、自分の気持ちをここにいる誰も分かってくれないのが少し悲しかった。


「エフラー夫人、あなた仕事ばかりしているようだけど、ちゃんと貴婦人としてのことはできるの?」

「貴婦人として?」

「そうよ。貴婦人ができなくてはいけないあれやこれやが、あなたにはできるの?」


 シャーリーに言われた意味が分からず、首を傾げる。

 するとアストリットが馬鹿にしたように笑った。


「貴婦人の嗜みも知らないの? ピアノとか詩とか刺繍とか、色々あるじゃない」

「ああ、そういう……」


 アストリットの言い連ねたものは、まったくルネにとって興味を引くものではなかった。子供の頃に少しは学んだが、仕事が忙しくて得意だと言えるほどには上達はしていない。


「アストリットはとても歌が上手いのよ。アストリット、ちょっと披露してもらえる?」

「はい、シャーリー様」


 アストリットは嬉々として立ち上がると、全員が注目する中で歌いだした。ルネも聞いたことがある歌で、亡くなった母が生前歌っていたのを覚えている。

 アストリットの歌が上手いかどうか、ルネにはよく分からなかったが、歌が終わると全員が拍手喝采でアストリットを褒め称えた。


「素晴らしいわ、アストリット!」

「高い声がカナリアのようね!」

「素敵な声だわ!」


 拍手を受けて得意げに笑ったアストリットがこちらに戻ってくる。


「アストリット、素敵な歌声だったわ。今度はわたくしのピアノに合わせて歌ってちょうだいね」

「光栄です、シャーリー様」


 シャーリーはアストリットにねぎらいの言葉を贈ると、視線をルネに移した。


「エフラー夫人、あなたは何か特技はないの?」

「特技……」

「ちょっと皆さんの前でやってみせなさい」


 シャーリーに命令されてルネは考えたが、今ここで披露できるようなものなんて何もない。歌も歌えないし、詩も暗唱できない。

 けれどこのままシャーリーが許してくれるはずもない。


「分かりました。紙とペンを頂けますか?」

「いいわ」


 シャーリーが目配せするとメイドがすぐに紙とペンを持ってくる。


「では3人ほどお好きな詩を同時に朗読してみて下さい」

「3人同時に?」

「はい。それを私が聞き取りますので」


 ルネが説明すると、話を聞いていた女性たちが「そんなこと無理よ」と囁き合う。


「まぁ、いいわ。やらせてみましょう。わたくしとアストリット、あとエラ、あなたがやりなさい」

「分かりました、シャーリー様」

「せっかくだから、わたくしが作った詩を読んでもらおうかしら。わたくしにも紙とペンを」


 シャーリーはそう言うと、3枚の紙にさらさらとペンを走らせた。それをアストリットとエラという取り巻きの女性に手渡す。


「さぁ、準備はできたわ」

「では、どうぞ」


 ルネがペンを持って頷くと、シャーリーが音頭を取って3人が同時に詩を読みだした。

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