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第25話 もう一度

 大股で広間に入ってきたエミールは、そのままカミラに近付くと軽く頭を下げた。


「お誕生日おめでとうございます」

「まぁまぁ! 殿下! まさか来て頂けるなんて!」

「これからのご健康と、ご多幸をお祈りしております」

「ありがとうございます! ああ、こんな素晴らしい誕生日、初めてですわ!」


 カミラは感極まってうっすらと涙を浮かべている。


(どうして、エミール様が……)


 誕生日パーティーのことは一切伝えてはいない。そればかりか、この1ヶ月は顔を合わせないようにしていたのだ。それなのに、どうしてここに現れたのだろう。

 ルネは戸惑いを隠せずエミールを見つめていると、ふとエミールがこちらに視線を向けた。


「エミール様……」

「うん」


 にこりと笑って頷いたエミールに、ルネは胸がいっぱいになった。

 嬉しくて、自分こそ泣いてしまいそうだ。


「エミール様! なぜここに!?」


 シャーリーがつかつかと近付き、怒った口調で聞いてくる。エミールはそちらに顔を向けると肩を竦めた。


「なぜも何も、伯爵夫人に招待されたからだよ。君もそこのお嬢さんに招待されたんだろう?」

「そ、そうですけど……」

「伯爵夫人はとても誠実で謙虚な人だから、祝辞の言葉だけでもと遠慮していたが、せっかくの誕生日だからな。顔を出したんだ」

「そう、ですか……」


 エミールの言葉に、シャーリーとアストリットが悔しそうに顔を歪める。だがそれをよそにラウルは喜色満面でエミールに頭を下げた。


「まさか殿下までも我が屋敷に足をお運び頂けるとは! これほど名誉なことはございません!」

「伯爵、すまないが少し疲れている。足を休ませたいんだが」

「あ! それは気が利きませんで、申し訳ございません。では、隣の書斎へどうぞ。ルネ、ご案内して差し上げろ」

「は、はい!」


 ラウルに指示されて慌てて返事をしたルネは、「こちらへどうぞ」とエミールを書斎に案内した。

 書斎には招待客が数名いたが、エミールの姿を見ると慌てて挨拶をし部屋を出て行く。エミールは疲れていると言った割には、ソファに座ることはせず室内に誰もいなくなると、ルネに顔を向けた。


「ルネ、久しぶりだな」

「エミール様……、どうして……?」


 ルネは戸惑った表情でエミールの顔を見上げる。エミールは目を細めて微笑むと口を開いた。


「今日は、伯爵の母親の誕生日だったんだな。来てみてびっくりしたよ」

「え……、じゃあ、今日来たのは偶然だったのですか?」

「うん。ルネに用事があって来たんだけど、玄関ホールでコレットっていうメイドに事情を説明されたんだ」

「コレットが……」


(さすがコレットだわ……)


 エミールが何の違和感もなくカミラに挨拶ができたのは、コレットが機転を利かせてくれたからだったと分かって、ルネはコレットに心の中で感謝した。

 偶然ではあるが、エミールのおかげでアストリットの鼻を明かすことができて、少しは気が晴れた。


「あのメイドには挨拶さえすればルネが助かるからと言われたんだが、上手くできたか?」

「はい、とても助かりました。ありがとうございます、エミール様」


 やっと二人で話すことに慣れてきて笑顔でそう言うと、エミールは微かに笑って頷いた。


「……ルネ、今日は謝りに来たんだ」

「謝りに?」

「うん。仕事のこと、本当にすまなかった」

「そんな……、事情があるのでしょうし、エミール様が悪い訳では……」

「いや、俺が悪かった。俺がもっと主張できていれば、ルネが解雇されることなんてなかったんだ」


 エミールは本当に悔しく思っているのか、肩を落として言ってくる。

 ルネは自分のせいでエミールを落ち込ませてしまっているのが忍びなくて慌てて否定したが、エミールは弱く首を振る。


「ルネの力は特別だ。代われる者なんていないのに、教授たちは自分たちの手柄が欲しくて、君から仕事を取り上げたんだ」

「そういうことだったのですか……」

「ルネ、何度も君を振り回してしまって申し訳ない。勝手なことを言っているのも分かってる。でも、君の力が必要だ」

「え……?」

「もう一度、戻ってきてくれないか?」


 エミールの言葉に、ルネは目を見開いた。


「で、でも……」

「あれから教授たちもクロエも頑張ったが、一つも呪文を見つけることはできなかったんだ」

「そうなのですか?」

「ああ。何千何万もある単語を、予想だけで組み合わせるなんて土台無理な話だったんだ。彼らは自信満々だったけどな」


 エミールは肩を竦めると、ルネを手を取って握り締める。


「最初から俺は分かってた。これはルネにしかできないことなんだって」

「でも、私がいると、エミール様にご迷惑が掛かるんじゃ……」

「俺が? あ……、それは……、それも俺が悪い……。ルネが、あんまり、その……、親しみやすいから……」


 エミールはそう言うと、握っていた手をパッと離し、ばつが悪そうな顔をして視線を逸らした。


「私……、理由があって働いていますけど、結婚した女性が働くのって……、やっぱりだめなことなんでしょうか……」


 ルネはクロエに言われた言葉を思い出して、沈んだ声で呟く。

 今まで何度も言われてきた言葉だ。未婚の時でさえも貴族の女性が働くことは否定的に言われてきた。それでもルネは仕事が好きだったし、仕事をすることに関して悪いことだとは思えなかった。

 だから何を言われても働いてきたし、これからも働いていきたい。


「そんなことない。俺はルネが働いている姿が好きだ。一生懸命働くことに男性も女性もない」

「エミール様……」


 エミールの肯定的な言葉に、ルネは心を掴まれたように嬉しくなった。


「ルネ、こんな不甲斐ない上司で申し訳ないけど、また戻ってきてくれないか?」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 真っ直ぐに見つめるエミールの瞳を見返して、ルネは躊躇なく頭を下げた。

 借金返済のこともあるけれど、エミールとまた一緒に働けることが嬉しくて、断ることなど欠片も頭に浮かばなかった。

 ルネが顔を上げると、エミールはホッとしたような顔で笑い手を差し出した。


「じゃあまた、よろしく、ルネ」

「はい、エミール様」


 大きな手を握り返して握手をしたルネは、エミールに晴れやかな笑顔を向けた。

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