第24話 誕生日パーティー
ルネは自分の支度を早々に済ませ、朝から忙しく動いていた。料理に不備がないか、遠方から届いたプレゼントが見栄え良く並んでいるか、会場となる広場に汚れたところなどがないか、とにかく細かく確認して回る。
ラウルとアストリットはまったくこちらに気を遣うこともなく、ソファに陣取り朝からシャンパンを飲んでいる。それを横目に、ルネは執事と最終の打ち合わせをしていた。
「ねぇ、王族を呼ぶのはどうなったの?」
少し遠くからアストリットが声を掛けてきて、ルネはちらりとそちらに視線を送るが、構っていられないと執事と話を続ける。
「ちょっと! 無視するんじゃないわよ! 王族は呼べたの?」
「ルネ、どうなんだ?」
ラウルまで聞いてきて、ルネは小さく溜め息を吐くと仕方なく顔を向けた。
「最初から無理と言ったじゃありませんか。その代わりお義母様には楽しんで頂くために、色々と考えてありますので大丈夫です」
「嘘! 呼べなかったの!?」
「母上があれほど期待していたのに……」
アストリットはわざとらしく驚きの声を上げる。ラウルは眉間に皺を寄せて首を振った。
「信じられない! ラウルがあれだけ頼んだのに!」
(あれだけ頼んだ? いつの話よ……)
ルネは呆れてそう思うと、執事に顔を向けた。
「もうそろそろ気の早い方はいらっしゃると思うから、メイドたちを着替えさせてしまって。玄関ホールには必ず出迎えの者を立たせて、無人にしないようにお願いね」
「分かりました、奥様」
執事は返事をすると、居間を出て行く。
ルネはまだこちらを睨んでいる二人に目をやると、肩を竦めた。
「そろそろお二人も着替えたらどうです? 朝からお酒ばかり飲んで、パーティーの頃に酔っ払って動けなくなってもしりませんよ」
「なんだと!?」
ラウルは声を荒げるが、ルネは無視して歩きだした。
まもなく、続々と招待客が馬車で到着し始めた。ルネとラウルはにこやかに客を迎え入れ、会場はあっという間に人で溢れた。
(すごい数……。さすが伯爵家という感じね……)
親しい人はもちろん、貴族として付き合いのある人物には、大部分招待状を出した。そのすべての人がカミラにプレゼントを持参しており、ホールにはあっという間にプレゼントの山ができた。
少し人が途切れて、広間の様子を見に行くと、招待客はそれぞれ手にワインやシャンパンを持って談笑している。
(問題なさそうね……)
使用人たちも落ち着いて動いているのを確認し、一度廊下に戻る。そこにコレットが近付いてきた。
「お嬢様」
「コレット」
「少しこちらへ」
コレットに呼ばれて廊下の陰に隠れると、髪型を直してくれる。短すぎる髪はさすがに目立つと、どうにか纏めてくれたのだが、動き回っている内に少しほつれてしまったらしい。
「はい、これで大丈夫です」
「ありがとう、コレット」
ルネはコレットににこりと笑顔を向けると、一度気合を入れ直してラウルの元へ戻った。
広間がいっぱいになり招待客が揃うと、満を持してカミラが広間に入ってきた。全員から「お誕生日おめでとうございます」と言われ、嬉しそうに返事をしている。
今のところまったく問題なく進んでいることに、ルネは安堵しながら和やかな光景を見つめる。
「わたくしのために、皆様本当にありがとう。こんなにたくさんのプレゼントまで、もう胸がいっぱいです」
カミラは本当に嬉しそうにそう言うと、広間の上座に用意されたイスに腰を下ろした。
それからそれぞれがカミラと歓談し、ダンスや催し物が続いた。そうして陽も暮れかかり、そろそろお開きかという頃、カミラがルネに話し掛けた。
「ルネ、わたくしがお願いしたことを覚えている?」
穏やかな声だったが、ルネはギクッとした。まさかここまで来てそれを言うのかと内心焦ったが、それを隠して笑顔を向ける。
「もちろんです、お義母様。ですが、やはり身分の高い方を屋敷に呼びつけるのは失礼にもなりますので……」
「じゃあ、誰も来て下さらないの? 楽しみにしていたのに……」
意地悪ではなくまさか本気で言っているとは思わず、ルネはそれ以上何と言っていいか分からず口を噤んだ。
けれどそこに、アストリットが笑顔で進み出てきた。
「おば様! そんなに落ち込まないで!」
「アストリット?」
「そんなことだろうと思って、私がお呼びしておいたの!」
「まぁ、本当なの?」
アストリットの言葉に、カミラ以上にルネが驚いた。
アストリットは誇らしげに微笑むと、広間の入口の方へ視線を向ける。
「シャーリー・オードリー様!」
執事の読み上げた名前に、広間の全員が驚きの声を上げ入口を見た。
扉が開き、誰よりも華やかなドレスを着たシャーリーが姿を現すと、盛大な歓声が上がる。
「ごきげんよう、皆さん」
シャーリーは顎をツンと上げて歩くと、真っ直ぐカミラの元へ向かう。カミラは子供のように嬉しそうな顔で、イスから慌てて立ち上がった。
「カミラ夫人、お久しぶりね。お誕生日おめでとう」
「シャーリー様! なんということでしょう……。わたくしの誕生日のために……」
「いいのよ。お友達のアストリットに頼まれたら断れないわ。プレゼントを受け取ってちょうだい。これはヴィクトル様と選んだものなのよ」
そう言ってシャーリーはリボンの掛かった箱を差し出す。それを受け取ったカミラは箱を開けて目を輝かせた。
箱の中には美しい宝石のブローチが入っている。
「まぁ! なんて素敵なブローチ……」
「ホントに素敵! さすがシャーリー様だわ!」
「シャーリー様、母のために、ありがとうございます。王太子殿下にも感謝をお伝え頂けると嬉しいです」
「ええ、分かったわ。この家の新しい女主人は、随分気の利かない人みたいだから、あなたも大変ね」
シャーリーがチラッとルネを見て言うと、アストリットがクスクスと笑いを漏らす。
ルネは衆目の中で蔑まれて、居たたまれない気持ちでいっぱいだった。
「あの……、妻が何か城でご迷惑をお掛けしたのでしょうか?」
「伯爵、もうクビになった人のことです。あまり悪く言うのも良くないわ。それよりせっかくのお誕生日パーティーですもの。楽しみましょう」
「は、はい! おい、音楽を!」
ラウルはシャーリーに言われて、慌てて指示を出す。美しい音楽が流れ始め数名が踊り始めると、ルネに集まっていた視線が外れた。少しだけホッとしたが、その場から逃げる訳にもいかないので、仕方なく手持ち無沙汰で立ち尽くした。
アストリットは勝ち誇った顔でシャーリーと話している。
(まさかアストリットとシャーリーが知り合いだなんて思わなかった……)
アストリットが王族を呼べるなら、最初からルネに頼む必要はなかったはずだ。それをやらずに今まで黙っていたのは、この場で自分の方が優れていると見せつけたかったからだろう。
ルネはうんざりとしながら談笑する二人を見つめる。
(なかなかやるわね……)
二人のいじめなんてそれほど痛手に感じることなどなかったが、これだけの人の前で恥をかかされるようなことをされれば、さすがのルネも多少は傷付く。
そうしてもはや笑顔も作れず、意気消沈したまま長い時間が過ぎ、ダンスの時間も終わりが近付いた頃、突然扉が開いた。
「エミール殿下のお越しです!」
執事の少し焦ったような声に、ルネは顔を跳ね上げた。
ダンスをしていた人たちは足を止め、アストリットもシャーリーも驚いた顔を扉に向ける。
そこにエミールが現れると、人々から驚きと歓喜の声が沸き上がった。




