第23話 落胆の日々
それから一時間ほど泣き続けていたルネのところに、正式に解任書が届けられた。与えられていた部屋から今日中に出るようにも書かれており、ルネとコレットは肩を落として城を出た。
「お嬢様……、大丈夫ですか?」
「うん……。ごめんね、心配かけて……」
目尻を赤くしたままのルネに、コレットが心配して声を掛ける。
ルネは城に背を向けて、とぼとぼと歩き続ける。
「せっかくここまで来たのに……、これじゃあ1千万リールが……」
「報酬のことは諦めましょう。もうどうにもならないわ……」
「ですが……」
「またギルドに戻って対策を考えるわ……」
1千万リールのことよりも、今はエミールと離れることの方が辛くて悲しかった。
それきり二人とも押し黙ったまま屋敷に戻ると、仕方なくラウルに報告するため居間に向かった。
「解雇された!?」
「はい……」
「やだ……、それってクビってこと!? その髪も……、あなた何したの!?」
アストリットはプッと吹き出すと、クスクスと笑う。ラウルは顔を顰めてルネを睨み付けた。
「解雇って、何をやらかしたんだ!?」
「こちらに迷惑が掛かるようなことはしていません。とにかくそういうことになったので」
「そんなことで本当に1千万リールを返せるのかしらね?」
楽しげに言ったアストリットは、ラウルの肩に凭れかかって笑い続ける。
「まだ時間は十分にあります」
「強がっているのはいいけど、やっぱりできませんでした、なんて言わないでね?」
アストリットの言葉にルネは返答せずに、ただ睨み返した。
いつもはすらすらと出てくる強気な言葉が、今は一言も出てこない。
「ルネ、本当に問題を起こしたんじゃあるまいな?」
「違います」
「……分かった。まぁ、帰ってきたのならちょうど良いタイミングだったな」
「ちょうど良い?」
ラウルは立ち上がり机に近付くと、その上に置かれた書類を持って戻ってきた。
「来月、母上の誕生日パーティーをする。たくさんの客を招いて盛大に行う予定だが、それをお前が取り仕切れ」
「え!?」
「母上は王族の誰かを呼んでほしいと言っている」
「そんなの無理です!」
貴族とはいえ王族をパーティーに呼ぶなど、相当の仲ではないと無理だ。それを簡単に言われ、ルネは声を上げた。
だがラウルは表情を変えることなく、書類をテーブルに放り投げる。
「どうにかしろ」
「そんな……」
冷酷に言われ、さすがのルネも弱い声を出した。
アストリットは意地悪く笑い続ける。その顔を見つめ、ルネは重い溜め息を吐いた。
◇◇◇
「新しい仕事を探さないといけないのに、誕生日パーティーなんて頭が痛いわ……」
「予算や招待客はどうにかなるとして、王族を招待するというのはどうしますか?」
自室に戻ってコレットに相談したルネは、ベッドに座り溜め息を吐く。
「無理に決まってるわ」
「エミール殿下にご相談してみては?」
「……無理よ」
ルネは小さな声でそう言うと俯いた。その様子にコレットが心配そうな顔になって、ルネは慌てて笑顔を見せた。
「私用で王族を呼ぶことなんてできないわ。それにエミール様は今とても忙しいと思うしね」
「……そうでございますね」
「王族がいなくても喜んでもらえるようなお誕生日パーティーにしましょう」
「分かりました。私もできる限りお手伝い致します」
ルネの言葉にコレットは笑顔で頷く。
エミールのことで落ち込んでいたけれど、そんな暇はなさそうだとルネは苦笑した。
次の日から、ルネはまた商人ギルドに戻り、書記官として働かせてもらえることになった。
昼間は仕事をし、家に戻ったら誕生日パーティーの準備をする忙しい日々。伯爵家のパーティーともなれば、招待客は相当な人数になる。その人数分の招待状と、当日の料理、家の飾り付けなど、細々としたところまで決めなければならないことは山のようにある。
城にいた時は精神的に追い込まれているような感覚があったが、今は物理的に時間が足りず、寝る時間を削って準備を進めた。
「ルネが神殿に戻ってきてくれて良かったよ」
「皆さん、またよろしくお願い致します」
「こちらこそよろしく。まだまだルネが教えてくれた速記術を、上手く使いこなしていないんだ。ルネがいてくれれば百人力だ」
神殿での仕事もまたやらせてもらえることになり神殿に出向くと、書記官たちは笑顔でルネを迎えてくれた。
それから一週間後、魔物に関する会議が開かれた。そこでエミールの姿を見つけ、ルネは一瞬笑顔になったが、すぐに顔を下に向けた。
(馴れ馴れしくしてはだめよね……)
ルネは自分にそう言い聞かせると、頭を切り替えて仕事だけに集中した。
1時間ほどで会議は終了し、出席者が会議室を出て行く。ルネもノートやペンを片付け部屋を出ると、廊下の先にエミールがいて足を止めた。
「殿下、会議お疲れ様でした」
「ああ、クロエ」
廊下の角からクロエが現れて、ルネは思わずサッとドアの陰に身を隠してしまう。
「そちらの方はどうだ?」
「順調です。教授たちがお時間がある時に、一度お話したいと言っておりました」
「そうか。ではすぐ向かおう」
「はい」
二人の会話が嫌でも耳に入り、ルネは顔を顰めた。
(順調なんだ……)
精霊の声は自分だけが聞こえるのだと、少しだけ誇りに思っていた。けれどそれは単なるおごりだった。
何の知識もない自分が、魔法の勉強をした人たちよりも優秀な訳がないのだ。たまたまエミール様の目に留まり今までやってきただけだ。
(あのクロエって人……、エミール様と並ぶとお似合いだったな……)
真っ直ぐな銀髪に凜とした眼差し。騎士服も麗しく、女性なのに憧れるような姿だった。
背の高い二人が背をピンと伸ばし並び立つ姿は、美しくもどこか近寄りがたい雰囲気のように感じた。
「はぁ……」
自分の見た目に関して久々に少し落ち込んだルネは、大きな溜め息を吐く。
ちらりと廊下を盗み見て、もう誰もいないことを確認すると、情けない気持ちを引きずったまま会議室を後にした。
それからあっという間に1ヶ月が過ぎ、義母の誕生日パーティー当日になった。




