第22話 また解雇
魔物の後始末を他の騎士たちに任せ、エミールとルネは急いで城に戻った。
「ルネ、俺は魔法が使えるようになったことを父上や兄上に報告する」
「分かりました。私はまた仕事に戻ります」
「ああ」
エミールは明るい声でそう言うと、廊下を去って行った。
それを見送ったルネは、まだ少しだけ胸をドキドキさせながら地下へ戻った。精霊たちが飛び回る花畑を歩きながら、さきほどのことを思い出す。
(私……、エミール様を意識し過ぎよね……)
あまりにもエミールが距離を詰めてくるから、つい余計なことを考えてしまう。
自分は形だけと言ってもラウルの妻なのだ。エミールとは仕事上の付き合いで、それ以上どうにかなることなど絶対にない。
(だいたい相手は王子様じゃない……)
未婚の貴族の女性なら、皆エミールを狙っているに違いない。その中にきっとエミールの好みの女性はいるだろう。
それに婚約者だっているかもしれない。
(私だけこんなにいちいち動揺したりして、恥ずかしいわ……)
ルネは大きく息を吐くと、苦笑してその場にしゃがみこんだ。
「22歳にもなって、なにやってるんだか……」
同い年の子たちは大抵は結婚して、もう子供を産んでいる子たちもいる。自分だけがまるで成長がないような気がして落ち込んでしまう。
ルネは足元にいる青い髪の精霊が、こちらを見上げて首を傾げる。その可愛らしい仕草に微笑むと、「よし」と小さく呟き立ち上がった。
「仕事しよ……」
あれこれ考えないようにするにはそれが一番いいと、ルネは仕事に戻った。
◇◇◇
それから3日間、エミールは姿を現すことなく、ルネは一人で地下に籠っていた。これまでもエミールが来ないことはあったが、こんなにずっと会えない日はなかったので、少しだけ気になっていた。
また魔物の討伐に行っているのだろうかと心配しているところに、やっとエミールが現れた。
「ルネ」
「エミール様」
名前を呼ばれパッと顔を上げると、エミールがゆっくり近付いてくる。ルネは読んでいた魔法書を閉じて立ち上がった。
「魔法書を読んでいたのか?」
「はい。やっぱり少しは精霊語が分かった方がいいと思って」
「そうか……」
エミールの様子がなんだかいつもよりも元気がないような気がして、ルネはその顔を見上げる。
「なにか……、ありましたか?」
「あー、うん……。それより、ルネの教えてくれた炎の魔法、もう魔法騎士たち全員が使えるようになったぞ」
「そうなんですか?」
「うん。あの後色々あって、ルネに伝えようと思っていたんだ」
「色々?」
ルネは少しだけ嫌な予感がして、胸に抱えた本をギュッと抱き締める。
「魔法学院が復活するんだ」
「魔法学院!?」
「うん。これまでは神殿で一握りの者しか魔法を学んでいなかったけど、魔法が復活した今、魔力のある者を広く募って学院で勉強させることになるんだ」
「すごい!」
「それから今まで魔法騎士は普通の剣士として軍に所属していたが、これを機に魔法騎士の部隊を再編成することが決まった」
「え!? じゃあ、エミール様は……」
「うん。俺が隊長に任命された」
自分がしたことがきっかけとなって、本当に色々なことが決まったんだと驚いてしまう。
「ルネには本当に感謝している。この前の魔物を倒せたのも、ルネが危険を顧みずに外に出てきてくれたからだ。あの魔法がなかったら、もしかしたら全滅していたかもしれない」
「そんな……、私はただ夢中で……」
改めて言われてルネは照れてしまう。あの時は無我夢中で、あまり深く考えてはいなかった。
ただエミールのところに行かなければと、それだけが頭に占めていた。
「ルネは本当に毎日頑張ってくれている……」
「仕事なんだもの、当たり前です。もうすぐ水色の子の言葉が分かりそうなんです。もう少々お待ち下さい」
「それは必要ないわ」
突然、背後で女性の声がしてルネは驚いた。慌てて振り返ると、騎士服を着た綺麗な女性が石の扉の前に立っている。
「クロエ……」
「殿下、教授たちをお連れ致しました」
「え?」
エミールにクロエと呼ばれた女性がそう言うと、老齢の男性たちが数人入ってくる。
「これはこれは……、なんという魔力に溢れた場所だ……」
長いローブを着た男性は興味深そうに周囲を見渡す。他の人たちも同様な様子で、花畑を歩いた。
「あなたがルネ・エフラー伯爵夫人ね」
「は、はい……」
長い銀髪が美しいクロエは、凛とした佇まいで少し威圧感がある女性だった。ルネの目の前に来ると、腰に手を当て真っ直ぐに見つめてくる。
「私はクロエ・ランダース。殿下の部下です」
「エミール様の……」
「今日からあなたの仕事は私が引き継ぎます」
「え……?」
クロエの言葉に驚いたルネは、思わずエミールを見た。エミールは眉間に深い皺を寄せてクロエを見つめている。
「今回、あなたが解読した呪文は、それほど難しい言葉ではありませんでした。これならば言葉を聞き取れない私たちでも、知っている言葉を組み合わせて試していけば、新しい魔法がどんな呪文なのか分かるはずです」
「で、でも……」
「今までこの地に入れる者は特定の者だけでしたが、あなたが入ったことで前例ができた。感謝しますよ。やっと我らもここに入れる」
「エ、エミール様……」
どういうことなのかまったく分からずエミールの顔を見上げると、エミールは辛そうな顔をして目を合わせた。
「ごめん、ルネ……」
「エミール様?」
「会議で……、そう決まってしまったんだ……」
「じゃ、じゃあ……」
「あなたの仕事はこれで終わりよ」
背後でクロエが冷たく言い放つ。クロエは表情を変えることなくルネを見た後、エミールに視線を移した。
「殿下、会議のお時間ですので、もう行って下さい。こちらは私にお任せ下さい」
「……分かった」
エミールは低い声で答えると、背中を向けて行ってしまう。
「エミール様!」
ルネは慌てて呼び止めたが、エミールはそのまま石の扉を出て行った。
「そんな……」
「エフラー夫人」
クロエに呼ばれて視線だけを向けると、クロエは少しだけ目を細めルネを見つめる。
「お帰り下さい、エフラー夫人」
「で、でも!」
「殿下のことを思うなら、家にお帰り下さい」
「え?」
「あなたは殿下に近過ぎる。殿下はこの国にとって大切な御方です。醜聞などあってはならない」
「醜聞って……」
クロエはルネに歩み寄ると、すっと手を伸ばしてルネの短い髪に触れた。
「あなたは伯爵夫人でしょう? 結婚されている方が、こんな風にするものではない」
「なに……」
「家に帰りなさい。ここはあなたのような人がいる場所ではない」
クロエの言葉にルネは何も言えなかった。唇を噛み締め本を抱き締めると、とぼとぼと石の扉を出る。
シャーリーやアストリットに何を言われても平気だったルネだったが、今はなぜか酷く心が傷付いている。
泣きそうな顔で自分の部屋に戻ったルネは、コレットの顔を見るなり気持ちが緩んでしまった。
「お嬢様?」
持っていた本をその場に落としたルネは、コレットに走り寄りそのまま抱きつく。
「コレット……っ……」
どうしてこんなに悲しいのかよく分からなかったが、ただただ涙がこぼれて止まらなかった。




