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第17話 王命

 その日、急遽ルネに正式に王命が下されるということで、夫であるラウルが城に呼ばれた。

 どうして呼び出されたのか分からないラウルは、ルネの顔を見るなり顔を顰めた。


「お前、何かしたのか?」


 姿を現したラウルは、開口一番不審な表情でルネに言い放つ。

 ルネは溜め息を吐くと、首を振った。


「何も聞かされていないのですか?」

「どういう意味だ?」

「……悪いことで呼び出された訳じゃありませんので、ご安心下さい」


 説明するのも面倒でそれだけ言うと、さらにラウルの表情が歪んだ。


「お前!」

「失礼致します」


 ラウルが声を荒げようとした瞬間、ドアからノックの音がしてメイドが顔を出した。

 言葉を止めたラウルはメイドを睨み付ける。


「なんだ」

「ご用意ができましたので、国王陛下の執務室へご案内致します」

「陛下の!?」


 驚くラウルをよそに、ルネはすっと立ち上がると廊下に向かう。その姿を見てラウルも慌てて廊下に出た。

 メイドに案内されて城の奥へと進む中、ラウルは動揺を隠しきれず辺りをキョロキョロと見回した。煌びやかな廊下を進み、二人の騎士が守る大きな扉でメイドが足を止めると、ドアをノックした。


「エフラー伯爵夫妻をお連れ致しました」

「ああ、入れ」


 低い返事が聞こえ、メイドが扉を開ける。さすがにルネも緊張したが、それを顔には出さず静かに部屋に入った。

 中にはエミールとヴィクトルが立っており、国王は大きな執務机で何か書き物をしている。


「二人とも奥まで進みなさい」

「はい、殿下」


 ヴィクトルに言われて部屋の中央まで進むと、二人同時に挨拶をした。


「お、お目に掛かれて恐悦至極にございます、陛下」


 ラウルが声を震わせて挨拶をする。伯爵とはいえ、国王と直接話すことなど滅多にない。挨拶程度ならば何度もあるだろうが、執務室で会話となると、大臣ほどの地位にならないとできないことだろう。


「エフラー伯爵夫人。今回のこと、本当によくやった」

「ありがとうございます、陛下」


 国王からの直接の誉め言葉に笑顔でルネが答えると、心底驚いた顔をしてラウルがこちらを向く。


「エミールの推薦でそなたに2週間のみの王命を出したが、まさか本当に成果を上げるとはな」


 国王は感心したようにそう言うと、ルネに笑い掛ける。


「すでに精霊たちの変化は、魔法使いたちにも伝わっておる。ついに魔法が復活するかもしれないと浮き足立っておるぞ」

「お役に立てたようで安堵しております」

「これからそなたには正式に王命を下す。できる限りの魔法を精霊から聞き出し、最終的には精霊王を目覚めさせてほしい」

「分かりました」


 ルネは笑顔で頷くが、ラウルは何の話がまったく理解できていないのだろう、戸惑った顔で国王とルネの顔を交互に見ている。


「あの……、王命とは?」

「エフラー伯爵は知らないようだな」

「あ、はい……。詳しい話はしておりません。国の重大な秘密だろうと、夫に話すのも控えておりました」

「賢明な判断だ。エフラー伯爵、そなたの妻は国のために、重大な仕事をしておる」

「く、国のため?」

「そうだ。詳細は後でエミールから聞くといい。もともとエミールが夫人と知り合いだったから、こういう話になったのだからな」

「で、殿下と!?」


 いちいちすべてに驚くラウルがなんだか面白くて、ルネはつい笑ってしまいそうになってしまう。

 それを我慢して前を向くと、国王は机の上に置いてあった用紙を手に取った。


「ルネ・エフラー、そなたに王命を下す。精霊王を目覚めさせ、魔法を復活させよ」

「謹んで、お受け致します」


 ルネは立ち上がると、押印された用紙を恭しく受け取る。


「エフラー伯爵、夫人は仕事に専念するため、城に留め置く。女性でありながら家を離れさせるのは忍びないが、国のためと思ってしばらく我慢してくれ」

「は、はぁ……」


 ラウルは間抜けな声で返事をするだけだ。借りてきた猫のように大人しいラウルに苦笑しつつ、ルネは後ろに下がると、それで話は終わりだった。

 二人で廊下に出ると、すぐにヴィクトルとエミールが出てきた。


「エフラー夫人、父上の言った通り、城に部屋を与える。エミールが案内するゆえ、そちらで休息を取るように」

「分かりました、殿下」

「ル……、エフラー夫人、こちらへ」

「は、はい……」


 エミールは名前を呼ぼうとして止めると、少し暗い顔をして言い直した。その表情に戸惑いながらもルネは返事をする。


(ラウル様と二人でいるところ、見られたくなかったな……)


 自分がラウルの妻であることは事実で、エミールだってもちろん知っていることだ。それでもここで二人で会っている時は、それを忘れていたかった。

 ルネはただの『ルネ』として、エミールと接していたかったのだ。


(そんなこと無意味なのに……)


 自分の気持ちに苦笑を漏らしながらエミールの背中を見つめる。

 せっかく王命を貰ったのに、嬉しい気持ちはあっという間にしぼんでしまった。


「この部屋が夫人の部屋だ」


 エミールがドアを開けて中へ促す。ルネは部屋に入ると、目を輝かせて室内を見回した。

 広い部屋には、綺麗な調度類と大きなベッドが置かれている。食事をするためのテーブルセットも、座り心地の良さそうなソファもある。

 ここ数ヶ月ずっと使用人部屋にいたルネにとっては、この上ない贅沢だ。


「殿下、ご説明をお願いできますか? 私には何がなんだか……」

「分かった。なかなか長い話になるから、二人とも座ってくれ」


 ラウルは部屋に入るなりエミールに訴えた。エミールは静かに頷き、二人が座るのを待ってからこれまでの事の顛末を話した。

 すべてを話し終わると、ラウルは眉間に皺を寄せたまま口を開いた。


「殿下……。私はまだちょっと信じられないのですが……」

「すぐに信じろというのは難しいだろうが、これはすべて真実だ。精霊や魔法のことは、今ではおとぎ話のように感じている者も多いだろうが、実際地下には精霊王がいる」

「そうですか……」

「伯爵、夫人の安全は俺が請け負います。決して傷つけるようなことはないと誓いますので、どうか安心して下さい」

「それは、まぁ……、はい……」


 ラウルの曖昧な返事に、エミールは怪訝な表情にはなったが、それで納得したのか顔をルネに向けた。


「仕事は明日から開始する。少し話したいこともあるから、朝食を食べたら待っていてくれ」

「分かりました、エミール様」


 笑顔でルネが頷くと、エミールは少しだけいつものような柔らかい笑みを見せて部屋を出て行った。

 しんと静まり返った室内で、ラウルがふうと大きく息を吐く。気まずい雰囲気の中でラウルをちらりと見ると、眉間に深い皺を寄せていた。


「ルネ……、お前、いつの間に王族に取り入ったんだ?」

「取り入っただなんて……、さきほど話を聞いたでしょ? 仕事で呼ばれたのよ」

「……ふん、まぁいい。それより、王太子と第三王子両方に顔が利くとはな。丁度いい。お前、どちらでもいいから俺を紹介しろ」

「え!?」


 突然何を言い出すんだと驚くルネに、ラウルが顔を寄せて言ってくる。


「お前は俺の妻だろう!? そのくらいして当然だ!」

「形だけの夫婦なのに、こんな時だけ妻扱いしないで!!」


 腕を掴まれてぞっとしたルネは、手を振り払うと立ち上がり、慌てて距離を取った。


「わ、私は仕事で来ているんです。あ、あなたを紹介するとか、そんなことできる訳ないわ!」


 あまりにも動揺してしまい、言葉が上手く出てこない。いつもはこのくらい適当にあしらえるのに、なぜか今日はだめだった。

 ラウルはこちらの様子に怒りを露わにしたが、すぐに表情を戻して立ち上がった。


「まぁ、いいだろう。お前が仕事をしている間は、いくらでもチャンスはある。私が城に来る時は、必ずお前はそばに来い。いいな?」

「……分かりました」


 ここで拒否してもどうせまた言い争いになるだけだと、ルネが諦め半分で頷くと、ラウルは目を細めて笑いそのまま部屋を出て行った。

 一人になった部屋に佇んで、ルネは両腕で自分の身体を抱き締める。


(最悪……)


 二度とラウルの顔など見たくないと眉を顰める。そんなことはできないことくらい分かっていたが、それでもそうできたらどんなにいいかと思わずにはいられなかった。

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