第15話 投獄
兵士に連れて行かれたのは城の地下牢だった。薄暗い空間にはじめじめした空気が淀んでいる。狭い牢屋が数個あるが中には誰もおらず、一番奥までルネは連れて行かれた。
「ここに入れ」
小さな入口から押し入れられると、ルネは床に倒れ込んだ。兵士はその間に扉に鍵を掛けてしまう。
ルネは慌てて鉄格子を両手で掴んだ。
「なんで私が牢屋に入らなくちゃいけないの!?」
「黙れ! 静かにしていろ!」
兵士は冷徹な顔で怒鳴ると、背中を向けて歩き去ってしまう。
「待って!!」
兵士の背中に向かって叫ぶが、その声は空しく空間に響くだけで、それきりしんと静まり返った。
「待ってよ……」
ルネは肩を落として呟くと、鉄格子から手を離し牢屋の中に視線を移す。とぼとぼと壁まで歩くと冷たい石の床に腰を下ろした。
さっきまでふかふかのベッドで寝ていたのが夢のようだ。
(もしかしてこれってシャーリー様の命令かな……)
たかがあんなことで牢屋に入れるなんてどうかしている。それとも他に何か問題を起こしてしまったのだろうか。
色々と頭の中を巡るが、考えは纏まらない。
「エミール様……」
ルネは膝を抱え頭を項垂れると、ギュッと目を閉じた。
それからどれほど時間が経ったのか、うつらうつらして起きてを何度か繰り返していると、ついに遠くから足音が聞こえてきた。
ルネは慌てて立ち上がると、鉄格子に顔を寄せて音のする方を見る。そこにエミールが姿を現した。
「ルネ!」
「エミール様!!」
心細い気持ちのままでいたせいか、思わず涙ぐんで名前を呼んでしまうと、エミールは走り寄って手を握ってくれる。
「大丈夫か!?」
「エミール様……」
言葉にならずに頷くと、エミールは申し訳なさそうに眉を下げ首を振った。
「ごめん、俺のせいで……」
「エミール様のせいではありません! 私が」
「そうよ! エミール様のせいじゃないわ!」
ルネの言葉に被せるように高い声がすると、シャーリーがヴィクトルと共に近付いてきた。
「王太子殿下、シャーリー様……」
ヴィクトルとシャーリーは目の前まで来て足を止める。ルネが不安な目を向けると、シャーリーは勝ち誇ったような表情をして口の端を上げた。
「エフラー夫人、シャーリーに危害を加えたらしいな」
「ち、違います!」
「兄上! 何回も説明したじゃないですか! ルネはそんなことしていません!」
「シャーリーはまもなく王太子妃になる者だ。その者に手を出すなど、あってはならないことだ」
ヴィクトルに静かに言われ、ルネはこのままでは謂れのない罪を被らされてしまうと焦った。
「ヴィクトル様! 重い罰を与えて下さいませ!」
「兄上! ルネがいなければ精霊の声を聞く者がいなくなってしまいます!」
「この者では無理だっただろう。元々できるとは思っていなかったが、結局魔法使いでなくてはどうにもならん」
「魔法使いにもできなかったから、ルネに頼んだんでしょう!?」
エミールが必死に食い下がってくれている。けれどヴィクトルの表情は変わらず、ルネに厳しい視線を向けたままだ。
(このまま何もしないで冤罪になるなんてごめんよ!)
ルネは弱気な気持ちを振り払って両手を握り締めると、ヴィクトルと目を合わせた。
「王太子殿下! 私は精霊の言葉が聞こえました!」
「なに?」
「ルネ! 本当か!?」
「はい!」
(ここから出るにはこれしかない……)
ルネは覚悟を決めて頷く。エミールは自分を信じてくれている。この信頼を裏切りたくない。
「嘘よ! こんな女がそんな大それたことできる訳ないわ!」
「シャーリー、黙っていろ。伯爵夫人、虚偽ではないのか?」
「いいえ、違います」
「ルネ、精霊は何て言っていた?」
「昨日一言だけ、聞き取れたんです。でもまだ確証がありません。ですからもう少しだけ待ってほしいんです」
「そんなこと言って、罪を免れたいだけでしょ!?」
「違います!」
いちいちシャーリーが口を出すが、そちらには目もくれずヴィクトルを見つめ続ける。
「王太子殿下! 3日、いえ1日だけでも猶予を下さい! 絶対に何か成果を出します! お願いします!」
「兄上! 俺からもお願いします!」
ルネの目をじっと見つめたヴィクトルは、少しだけ無言で考えると、しばらくして「よし」と小さく頷いた。
「いいだろう。1日だけ、猶予をやろう」
「ヴィクトル様!?」
「罰を与えるのはいつでもできる。だが精霊王に関することで少しでもできることがあるなら、試してみるべきだ」
「兄上! ありがとうございます!」
ヴィクトルの言葉に、ルネは安堵の息を吐いた。エミールと視線を合わせ、頷き合う。
「エミール、鍵を開けろ」
「はい」
ヴィクトルに言われエミールが扉の鍵を開けると、こちらに手を差し出してくれる。その手を掴んでルネは牢から外に出た。
ちらりとシャーリーを見ると、憎々しげにこちらを睨み付けている。その目から視線を逸らせると、エミールに微笑み掛けた。
「ありがとうございます、エミール様」
「いや……、俺の方こそごめん……」
「では、精霊の間に行くぞ」
「は、はい」
ルネはエミールのせいでは決してないと言おうとしたが、ヴィクトルが歩きだしてしまい慌ててその後を追った。
前後を兵士に挟まれていて、決して釈放された訳ではないことを感じながら地下へ行くと、もう一度ヴィクトルが厳しい声で告げた。
「1日だ。1日経って何も変化がなければ、そなたにはシャーリーを傷つけた罪を償ってもらう。分かったな?」
「……はい」
「兄上、俺もここに」
「だめだ。お前も外に出ろ」
エミールの言葉をぴしゃりと否定したヴィクトルは、シャーリーを連れて地下を出て行く。
「ルネ……」
「行って下さい。私は大丈夫ですから」
にこりと笑ってルネが言うと、エミールは申し訳ないという表情で頷いた。エミールが石の扉を閉じ鍵が掛けられると、地下に静寂が満ちる。
「絶対にやってやる……」
ルネは精霊の光を見据えて、低く呟いた。




