第14話 王太子の婚約者
「なにか誤解しているぞ、シャーリー!」
「エミール様は黙っていて下さい! ヴィクトル様が女性をお抱きになってここに運んだと、城中大騒ぎなのです!!」
「だからそれは誤解だって」
「わたくしという婚約者がいると知っていて、ヴィクトル様に近付くなんて、なんて不埒な女なの!!」
エミールが必死で誤解を解こうとしてくれているが、シャーリーはまったく聞く耳持たないという風に、一人で喚き散らしている。
(この人が王太子の婚約者……?)
緑の瞳がこぼれ落ちそうなほど大きな目をしていてとても可愛らしい女性だが、ヒステリックな高い声はかなり耳障りで、未来の王妃らしい思慮深さは感じられなかった。
「シャーリー、落ち着いてくれ。この人は具合が悪かっただけだ。兄上の目の前で倒れたから運んだだけで」
「目の前で倒れるなんてわざとに決まってますわ!!」
これはたぶん何を言っても聞いてもらえないだろうと、ルネはとにかく黙って成り行きを見つめた。
「わざとって、そんな訳ないだろ?」
「ちょっとあなた! 黙ってないで何か言いなさい!」
「えーと……」
「あなたは一体誰なの!?」
「あ、私はルネ・エフラーと申します。ラウル・エフラー伯爵の妻です」
「ま、まあ! 人妻でありながら、ヴィクトル様を誘惑したの!?」
(あ、これはもう何を言ってもだめなやつだわ……)
「信じられない……。なんて破廉恥な!!」
そう言ってシャーリーがまた手を振り上げるので、ルネは思わずその手を掴んでしまった。
「は、放して!!」
シャーリーが戸惑った声を上げるので、慌てて手を離すと、その反動でシャーリーは後ろへよろけ尻もちをついた。
「あ、ご、ごめんなさい」
ルネがその様子に謝ると、シャーリーは真っ赤な顔でルネを睨み付けた。
「わ、わたくしを突き飛ばすなんて……」
「は!?」
「シャーリー! 今のは君が勝手に転んだだけだろ!?」
「……絶対許さない」
エミールの言葉を無視してシャーリーは震える声で呟くと、ゆっくりと立ち上がった。
「絶対にこのままでは済まさないから!!」
シャーリーはルネを睨み付け叫ぶと、部屋を出て行った。
気まずい空気が流れる沈黙の中で、エミールが大きな溜め息を吐く。
「ごめん、シャーリーが……」
「いいえ……。あの、あの方は王太子殿下の?」
「ああ。婚約者なんだけど、ちょっと気が強くてね……」
エミールは答えると、ふと手を伸ばしてルネの頬に触れた。
「痛くないか?」
「だ……、大丈夫です……」
「何か冷やすものを持ってくるよ。シャーリーのことはどうにかするから、心配しなくていい」
「はい……」
にこりと笑ってそう言ったエミールは部屋を出て行く。
ルネは小さく返事をすると、その背中をぼんやりと見つめる。ドアが静かに閉まると、両手で顔を覆って俯いた。
(なんでこんなにドキドキしてるの……)
シャーリーに打たれたから頬が熱いんじゃないことくらい分かっている。エミールがほんの少し頬に触れたところが熱くて仕方ない。
エミールはただ心配しているだけなのに、自分だけが変に意識してしまっているのが恥ずかしかった。
(そんなことより、精霊の言葉が聞こえたことをエミール様に伝えなくちゃ……)
色々あって言いそびれてしまっていたが、今一番重要なことはそれだ。このままでは解雇されてしまう。それだけは絶対に回避しなくてはならない。1千万リールの報酬を貰える仕事なんて、どれほど探したってそうそうないだろう。
この仕事は何があろうとやり遂げなくてはならないのだ。
(エミール様が戻ってきたら、どうにか仕事を続けられるようにしてもらおう)
ルネはそう思いまた横になって寝ていると、バタンと激しい音を立ててドアが開いた。
エミールが戻ってきたのかと目を開けてドアの方を見ると、なぜか兵士がドカドカと部屋に入り込んでくる。
「ルネ・エフラー! 起きろ!」
「え!?」
一人が近付きルネの腕を掴むと無理矢理起き上がらせる。何がなにやら分からず戸惑った声を上げるルネを無視してベッドから引きずり出すと、腕を捻り上げた。
「痛いっ!」
あまりの痛さに声を上げるが、兵士はまったく力を緩めてくれない。
「なに!? ちょっと!!」
「大人しくしろ!」
兵士は荒い声を出してルネを部屋から出すと、そのまま廊下を歩きだす。
(なんで!? 私どうなっちゃうの!?)
首を巡らせても、廊下には自分たち以外誰もいない。
ルネは動揺を隠すこともできず、不安な表情を浮かべたまま、成す術もなく兵士に連れて行かれた。




