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時空を越えて君に逢いにゆく ~家具付き日記付きの寮~  作者: 清水文武
第三章 君もお前も絶対……死なせない
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お泊まり会 その弐 『真実の判明』編

「かんぱーい!」


 前回のお泊まり会では赤ワインで乾杯をした。その後、京香は甘口のシャンパンにハマり、ボトルごと抱え込んでしまったのだ。どうやら今日はシャンパンを二本買ってきたようで、いきなりシャンパンで乾杯をする運びとなった。


「おいちぃ」


 離乳食を卒業した早熟な幼児のように京香がほっぺをとんとんと叩いた。


「しかし楽しみだよなー。もしも本当にヒロの夢の中に入れたら凄い事だよな」


 諒太はまるで、わくわくが止まらない修学旅行前夜の六年生といったところである。


「そうよね。私も楽しみ……ん? 諒太、あんた何か変な事企んでない? 顔、ニヤけてるけど……」


「だって夢の中だろ? 京香にあんな事やこんな事しても……」


 ――バシッ!


「イテッ!」


 諒太の言葉を途中で遮り、京香はおもいっきり諒太の頭を叩いた。修学旅行前夜の六年生は訂正しよう。正に風俗に入る前のエロ親父である。


「あんたねー! いくら夢の中でも変な事したら絶交だからね!」


「あ、はい……あぅ」


「それよりヒロ、最近は何か進展はあったの?」


 京香は手酌で二杯目のシャンパンをグラスに注ぐ。


「あ、そうそう。『日にちがずれてる説』どうやらあれは間違いだったみたいなんだよね。不思議な事だらけなんだよ」


「どういう事なの?」


「昨日、七月五日の夜なんだけど、広島対阪神の試合は広島のエースの野村が好投して勝ったのね」


 スポーツ好きの諒太が、


「俺も夜のニュースで見たけど阪神の鳥谷監督かなりショック受けてたね」


 と、言うと、


「諒太は黙ってて!」


「あ、はい……あぅ」


 あっさりあしらわれてしまった。


「それで?」


 京香は興味津々な様子で身を乗り出した。


「それで、寝る前に紗綾に訊いてみたんだよ。『今日は七月五日だよね?』って。そしたら、『七月五日だよ。今日は野村が好投して中日に勝った。最後はストッパーの中崎さんがしめて勝った』って返事が返ってきてさ」


 京香は頭を傾げた。


「ちょっと待って。寝る前に紗綾ちゃんに訊いてみたって、どうやって?」


「昨日話したろ? 紗綾と交換日記的な……」


「あ、あれね。見せてよ。その日記」


 僕は本棚へ向かい日記を取り出した。一ページ目を見られないように手で押さえ、テーブルに日記を開く。


「これ見て。左のページは僕が鉛筆で書いた文字で、右のページは紗綾が書いたものなんだ」


 二人は目を丸くしている。


「何これ? 本当だったんだ。ちょっと見せて」


 そう言うと、京香は日記を自分の方へと引き寄せた。けれど一ページ目をめくられないように僕の左手はしっかり日記を押さえている。


 京香は前のページを数ページめくり日記を読んでいる。


「こりゃ、驚いたわ。最初のページも見せてよ。ちょっと、手どけて」


「あ、いや。そのページは何も書いてない……駄目」


「怪しい。まさか『好きだよ』『私もよ』なんて書いてあるんじゃないでしょうね! 見せて」


「駄目」


「見せなさい!」


「駄目、絶対駄目。見たら……絶交する」


「もう! 絶対怪しい」


 フグのようにほっぺを膨らませながら京香は日記から手を離した。


「まあ、京香。ヒロがこんなに嫌がってんだから……」


「うるさい!」


「あ、はい……あぅ」


 フグさんのほっぺは更に膨らみ、大きな体のゴリラはしゅんと小さくなっていった。


「昨日の日付は合っているんだけど広島カープの相手が違うんだよ。さっぱり意味がわかんなくてさ」


 諒太も京香も腕を組み考え込んでいる。すると諒太が左の手のひらを右手で作った拳でぽんと叩いた。


「それって……さあ。一年ずれてるって事じゃない?」


「諒太!」


 京香が諒太の目を見て大きな声をだした。ゴリラは更に小さくなり亀のように首を引っ込めた。


「なんでもないです。ごめんなさい」


「諒太! それよ! いいところに気づいたわね!」


「はい。ごめんなさい! え?」


「そうとしか考えられないもの。きっとそうよ」


 僕たち三人は一斉にデスクの上のノートパソコンに目をやった。


「調べてみましょ。一年前の七月五日のカープの試合結果」


 京香の号令で僕たちはググってみる事にした。


 ――二〇一八年、七月五日。


 その日は木曜日だった。カープ対ジャイアンツ。中日戦ではなかったのだ。これで一年ずれの説も間違っている事が判明してしまった。


「うそー。諒太の説も違ってたのかあ」


 京香が肩を落とすと、すかさず諒太が口を開いた。


「未来の一年後なのかもよ。だとしたらググっても結果なんてわかんねえしな」


 逃げ場のない重い空気が僕たちの前で停滞している。そんな湿気を帯びた空気を切り裂くように京香の顔が、何かを思い付いた一休さんのようにぱっと明るくなった。


「一年……て決めつけるのもおかしいわよね。二年前とか、三年前とか、十年前って可能性もあるよね? まあ、五年後とか十年後みたいな未来の事かもしれないけど……」


 未来の事は調べる事ができないけれど、十年前や二十年前の事なら調べる事ができる。僕たちは再びパソコンを囲んだ。


 一年ごとさかのぼり調べる事にしたのだ。


 ――二〇一七年、七月五日。


 この日は水曜日である。広島対中日。マツダスタジアムの文字が。


 僕たちはお互いに目を合わせごくりと唾をのんだ。


 しかしその日の先発投手はリリーフから先発に転向したばかりの大瀬良(おおせら)投手だった。結果は中日の勝利。この年でもなかったのだ。


 諦めずにその前の年を調べる。


 ――二〇一六年、七月五日。


 この日は火曜日。またもや広島対中日である。再び緊張が走った。


 僕は振るえる指で結果をクリックする。


『四対一で広島が勝利。勝ち投手……野村。救援投手(セーブ)は中崎投手』


「ビ……ビンゴ」


 諒太がぼそりと呟いた。


 紗綾のいる世界――僕が毎日通った世界――は三年前の二〇一六年だったのだ。


 そう考えると納得のいく事も数々ある。


 紗綾が言う黒田投手とは、黒田啓一投手ではなく三年前に引退した黒田博樹投手の事だったのだ。あれだけのカープファンにも関わらず、黒田博樹投手の背番号が永久欠番になった事を知らないはずがない。


 二〇一六年のシーズンが終わってから永久欠番になる事が発表されたため、紗綾はまだ知らなかったのだ。


 そして紗綾が「今年()()優勝」という言葉を使ったのも頷ける。二〇一六年のカープの優勝は二十五年ぶりだったのだ。


 今まで夢で見た数々の「違和感」が走馬灯のように脳裏を過る。


 妹の結菜も同じだけれど、ベテラン選手には「黒田さん」「阿部さん」と『さん付け』で呼ぶ。けれど若手の選手に対しては「鈴木誠也」「坂本」と呼び捨てにしていた。


 黒田さんと言われて僕は「黒田啓一投手」を勝手に想像していたけれど、若手の黒田啓一投手に対し「黒田さん」と呼ぶのもおかしい。「黒田さん」とは「黒田博樹投手」の事だったのだ。


 更に僕は思い出す。初めて夢の中で空音荘の僕の部屋の下に来た時の事だ。僕が見上げた「僕の部屋のカーテン」は柄が違う気がした。あのカーテンは僕の遮光カーテンではなく、三年前の住人のカーテンだったのだろう。


「三年前って、俺たち高校三年生だよな。その紗綾ちゃんて何歳なんだ?」


 僕は諒太の質問にはっとした。


「高校生。高校……三年生。て、事は……」


「て……事は。私たちと……同級生?」


 僕が言うはずだった台詞(せりふ)である。京香はグラスにつぎ掛けたシャンパンのボトルをピタリと止めた。

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