第百十二話 闇に潜むもの
『……仕留め損ねたか、まあいい……どうせ終わりだ』
闇の中から姿を現したのは――――人ではない人型のナニカであった。明らかな怒気を纏い踏み出すたびに地面にクレーターが出現する。
「くっ……何だアイツは……」
光に吹き飛ばされたことで直撃を避けられた克生は、その存在が尋常ではないものだとすぐに悟った。攻撃された瞬間まで何が起こったのかわからなったのだから。
『キサマ……よくも私の船を破壊してくれたな? その罪万死に値する』
「……船? 世界喰いのことを言っているのか? それよりも皆はどうした?」
相手の正体よりも皆のことが気になって仕方がない。先ほどから気配を探っても反応が一つも見つからないのだ。前向きに考えたいが、自身がまったく察知できなかった攻撃を躱して避難できたとは到底思えない。こうしている間も頭は冷静に状況を把握しようとフル稼働しているが、一方で理解したくないという受け入れがたい感情が今にも爆発しそうになっている。
『お前の仲間のことか? それなら先ほどの一撃で消滅したのだろう。無理もない、矮小な存在が神たる我の攻撃に耐えられるはずもないのだからな』
謎の存在の言葉に克生は全身の熱が引いてゆくのを感じる。心が怒りと憎しみに染まってゆく。ありったけの力で拳を握り締めても到底足りない。
自分という全存在をかけて目の前の敵を――――仇を殺す。
魂のリミッターが外れる音がする。これ以上は危険だと警鐘が鳴りやまない。
知ったことか――――コイツを滅ぼせなければ意味はない。
もっとだ――――もっと力を――――
命をかけよう――――それでも足りなければ――――
(駄目!!! 克生くん!!!)
鋭く届いた言葉に克生は一瞬我に返る。
(落ち着いて克生くん、皆は無事よ、一時的に私のところで保護しているわ)
(ラクシュ? そうですか……良かった。それより奴は何者なんですか?)
(確認中だけど、追放された元神といったところかしら。世界喰いの中で眠りについていたから気付けなかった……とにかく少しでも時間を稼いで!!)
(わかりました)
「神……だと? 罪を犯して追放された存在の間違いじゃないのか?」
『ふん……まあ……そんなところだ。力を取り戻すために『世界喰い』を使っていたのだが――――貴様らのせいで計画が台無しだ。絶対に許さん!!』
神を名乗る存在が視線を向けただけで大気が震え大地が割れる。まともにやり合えば勝負にならない。ただでさえ融合の影響で万全からは程遠いのだ。しかし――――ラクシュは時間を稼げと言っていた。であれば今出来ることは勝利することではない。
「許さない? 言っておきますけど戦うのはおススメ出来ませんね、死にますよ? 俺が」
『ハハハハハ!!!! 何を言うかと思えば面白い奴だ。だからといって見逃すつもりはないが――――』
神を名乗る存在がブレて視界から消える。
「くっ!!」
不可視の攻撃を剣で受けて吹き飛ばされる克生。
『ほう……私の攻撃を不完全ながら受けただと? やはりこの場所では制限があるな、貴様のような亜神風情を消し去ることが出来んとは』
ラクシュがそうであるように、たとえ神であっても世界の理からは逃れられない。ここは他の神が管理する世界、世界を守るため一定の出力以上の力は制限されるのだ。
『ふむ、それならそれでやりようはいくらでもある』
神を名乗る存在の身体から四本の腕が生えてくる。そして――――その手には『世界喰い』を思わせる漆黒の刀身を持つ剣が握られていた。
『出力が出せないならば手数を増やせばいい――――死ね』
常識的に考えればもはや次の攻撃を防ぐ術はない。しかも先ほどの攻撃は武器によらない素手だったのだ、手数やリーチがまったく違ってくる。
だが――――克生はギリギリのタイミングでゲートを使い攻撃を躱す。
『空間移動系スキルか……ふん、無駄なことを……言っておくがキサマがこの場から逃げても我はこの世界を貪りそして破壊するだけだ。守りたいのだろう、愚かにも世界喰いを倒してまでもしがみついたのだからな』
ゲートで日本まで逃げれば追ってはこないだろう。だが――――ブラフではない。コイツは間違いなく実行するだろう、神なる存在にとってみればこの世界はいわば枷に過ぎないのだから。
身を隠して時間を稼ぐことは出来ない――――ならば
「良いでしょう、そろそろ身体が温まってきたところです」
克生は神剣アストラルブレードを構えて対峙する。
『ほざけ!!』
ギャイィィィィン
神を名乗る存在は、六本の腕を使って同時に斬りつけるが、克生はまたもや剣で受け止める。
『馬鹿な……なぜ受け止められる?』
「さっきのでアンタの動きのクセは覚えたから」
克生は一度見たものを完璧にトレースできる。そして――――この世界で出せる出力ギリギリまで成長した彼の力は、格上の存在を相手にしても通用する。むろん力の差は歴然だがその類まれなる才能とセンスがその溝をギリギリのラインで埋めているのだ。
『ふざけるな!! 剣は六本あるんだぞ?』
「六本同時ならともかく時間差があるんだから一本と変わらない」
そう言って涼し気に微笑む克生だが――――実際のところ時間差と言ってもほぼ同時、強いて言えば腕の位置や角度の違いによって生じるわずかな――――誤差とも言えないほどの刹那の中、六連撃を受けて見せたのだ。まさに神業。
さらに――――克生はわずかな隙を見逃さない。攻撃を受け止められたことで動きを止めた元神の背後へ転移し、死角から神速の一撃を撃ちこむ。威力よりも速度を優先した攻撃に――――元神は反射的にそれを剣で受け止める。
『チッ、我の攻撃を受けただけでなくまさか攻撃を仕掛けて来るとは!!』
ゲートを使ったとはいえ、剣を受けてしまったことに元神は怒りと屈辱で震える。
格下の存在相手にあろうことか防御してしまったという事実が許せないのだ。
「どうした? 元神といってもこの程度か? 正直期待外れだな」
『き、キサマ……この我を侮辱するか……許さん……もう遊びは終わりだ……ゴミがっ!!!』
これまでとは明らかに違う本気の力、たしかにこれまでは遊びだったのだろう。
一方の克生はもう限界を超えてボロボロだった。余裕を見せてはいたが、ギリギリの綱渡り、もう一度攻撃を受け止める余力は残っていなかった。
だが――――それでも彼は挑発した。
(お待たせ克生くん、反撃開始よ)
愛する女神のラブコールが届いたから。




