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エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない  作者: 秋月真鳥
九章 クリスタちゃんの婚約と学園入学
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49.国王陛下の生誕の式典の晩餐会

 お茶会から休憩を挟んで晩餐会になるのだが、わたくしとクリスタちゃんは一度部屋に戻って身だしなみを整えてから、両親の部屋に行ってソファで寛いだ。

 両親も身だしなみを整えている。


 母の美しい金髪が豊かに解かれて、もう一度結い直されて行くのをぼんやりと見ていると、クリスタちゃんが呟くのが聞こえた。


「わたくしとお母様は同じ髪の色と目の色。わたくしの本当のお母様のマリアお母様はどんな方でしたか?」

「クリスタそっくりの優しい顔立ちの女性でしたよ。わたくしの大事な妹で、とても美しいと有名でした」

「お母様も美しいですが、マリアお母様も美しかったのですか?」

「わたくしは少し吊り目できつい印象を与えるところがありますが、マリアは垂れ目で甘く優しい印象を与える女性でした」

「わたくしも垂れ目ですわ。お姉様はお母様と似ていて吊り目気味ですね。そういうところも凛々しくて素敵なのですが」


 マリア叔母様の話をしていると、母は懐かしそうに目を細めていた。若くして亡くなったマリア叔母様は母にとっては可愛い大事な妹だったのだろう。

 わたくしにもクリスタちゃんとまーちゃんという妹がいるので気持ちはよく分かる。クリスタちゃんやまーちゃんが早くに亡くなってしまったら、わたくしは耐えられないだろう。


「王太子妃となるのは苦労があると思います。けれど、クリスタは幸せにならねばなりません。マリアの分まで幸せになることをわたくしは祈っておりますわ」

「お母様、ありがとうございます」


 マリア叔母様のことを思い出している母の目は潤んでいるようだった。クリスタちゃんも水色の目を潤ませている。


「エリザベートもクリスタも申し分ない家に嫁げるのだから、私は娘たちの幸せを見られる、幸福な父親だな」

「わたくしも、エリザベートが婚約したときには早すぎたかもしれないと思いましたが、エクムント殿の誠実な様子を見ていると、エリザベートはきっと幸せになるだろうと確信しております」

「クリスタもハインリヒ殿下に望まれての婚約だからね。ありがたいことだよ」


 八歳でわたくしが辺境伯家の養子となるエクムント様との婚約を決めたときには、両親にも複雑な思いがあったようだ。結果的にエクムント様とわたくしの仲は良好で、将来の話をするくらいにまでなっている。

 クリスタちゃんも学園入学と同時にハインリヒ殿下と婚約したが、身分のつり合いも取れて王族の一員となることが認められている。


 両親からしてみればわたくしが中央と辺境を結ぶ誉を背負って嫁いでいくことも、クリスタちゃんが王族の一員となることもとても名誉なことなのだろう。

 ディッペル家と王家、辺境伯家との繋がりも深くなってディッペル家はますますこの国で力を持って行く。


「フランツとレーニ嬢のことはどうお考えですか?」

「フランツはまだ五歳だ。幼すぎる。だが、リリエンタール家が公爵家となったのだから、縁を持ちたいのはあるかな」

「フランツはレーニ嬢を慕っているようですし、もう少し大きくなったら婚約も考えたいところですね」

「そうだな」


 両親はふーちゃんとレーニちゃんの婚約についても賛成のようだった。七歳くらいの年の差ならばそれほど大きくはないと考えているのだろう。


 部屋で寛いでいたわたくしとクリスタちゃんを迎えに、エクムント様とハインリヒ殿下がやってきた。ドアをノックされて、わたくしとクリスタちゃんがドアを開けると、手が差し伸べされる。


「そろそろ時間です。お迎えに参りました、クリスタ嬢」

「わざわざありがとうございます、ハインリヒ殿下」

「参りましょう、エリザベート嬢」

「はい、エクムント様」


 わたくしはエクムント様に手を引かれて、クリスタちゃんはハインリヒ殿下に手を引かれて晩餐会の会場である食堂に移動した。

 父と母は腕を組んで寄り添って歩いてくる。

 手を繋いでいるだけでも胸がドキドキしてわたくしは落ち着かなくなる。クリスタちゃんも頬を薔薇色に染めているから、同じ気持ちなのかもしれない。


 晩餐会の席はわたくしは両親の右隣で、左隣にはエクムント様がいるという、ディッペル家と辺境伯家に挟まれた状態になっていた。


「本日陞爵したリリエンタール公爵に乾杯の音頭を取ってもらいたいと思う」


 打ち合わせがされていたわけではないが、急に振られてもわたくしたちの正面に座っていたリリエンタール公爵は落ち着いて席から立ち上がった。


「この度はリリエンタール家の功績をお認め下さり、本当にありがとうございました。国王陛下のために、乾杯の音頭を取らせていただきます」


 リリエンタール公爵は一人でも豪奢なドレスにコスチュームジュエリーを纏って、凛々しく立っている。


「国王陛下の三十四回目の生誕の式典を心よりお喜び申し上げます。国王陛下が今後ともこの国の指針を示し続け、明るく輝く未来に導いてくださることを祈って、乾杯の言葉とさせていただきます。乾杯!」


 さすが、急に乾杯の音頭をお願いされても堂々とやり遂げたリリエンタール公爵に尊敬の念を抱きながら、わたくしはグラスを持ち上げた。


「リリエンタール公爵は夫妻での参加ではないのですね」

「子どもが小さいので、夫には残ってもらいました。子どもたちがもう少し大きくなったら、共に出席すると思います」


 乾杯が終わって椅子に座ったリリエンタール公爵に問いかければ、レーニちゃんのお父様は小さなデニスくんやゲオルグくんのために留守番をしてくれているのだという返事があった。

 レーニちゃんのお父様がデニスくんとゲオルグくんをとても大事にしているし、レーニちゃんのことも我が子のように可愛がってくれているからこそ、リリエンタール公爵はレーニちゃんのお父様に任せることができるのだろう。

 これもまた夫婦の形なのだとわたくしは理解した。


 両親が国王陛下と王妃殿下にご挨拶に行っている。ハインリヒ殿下とノルベルト殿下とクリスタちゃんとノエル殿下も話を聞いていて、料理には全く手を付けられていない。

 わたくしは次が辺境伯家の番だと分かっていたので、グラスの中の葡萄ジュースだけ飲んでいた。葡萄ジュースは甘酸っぱくて美味しい。

 両親が戻ってくるのと入れ違いにわたくしはエクムント様に導かれて国王陛下と王妃殿下の前に出る。


「エクムント、辺境域から私の生誕の式典のために来てくれて本当にありがとう。昼食会での乾杯の音頭も簡潔でよかった」

「辺境伯領もオルヒデー帝国の一部です。私が参加するのは当然です」

「ディッペル家のエリザベート嬢とも仲睦まじいようで安心しましたわ。エリザベート嬢、辺境伯領と中央をしっかりと結んでくださいませ」

「はい、わたくしの使命だと思っております」


 わたくしがエクムント様の婚約者に選ばれたのも、全ては辺境伯領と中央を結ぶためだったのだ。それを改めて言葉にされると、使命感に燃えて来る。

 何よりも、わたくしが小さい頃から大好きだったエクムント様と結婚できる立場であるということが嬉しかった。


「エリザベートはクリスタとの演奏もご苦労だった。何度でも言うが、とても素晴らしかった」

「ありがたいお言葉です」

「クリスタも王家に嫁ぐものとして存在感を示せたのではないだろうか。クリスタ、緊張しているか?」


 国王陛下に声をかけられてクリスタちゃんが可憐に頷く。


「緊張しましたし、今も緊張しています。ですが、ハインリヒ殿下が隣りにいてくださるので心強いです」

「クリスタはハインリヒと本当に仲がよくて見ていて安心する」

「私はクリスタ嬢を小さな頃から可愛いと思っていて、好きでしたからね。婚約者となれて隣りに並べてとても嬉しいのです」

「ハインリヒにもいい相手が見付かって本当によかった。ノルベルトにはノエル殿下という素晴らしい婚約者がいる」


 原作の『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』ではノエル殿下は出てこなかったし、クリスタちゃんは子爵家の娘のままで周囲の反対を押し切ってハインリヒ殿下と婚約をする。ハインリヒ殿下はノルベルト殿下こそ皇太子の座に相応しいと思っていて、廃嫡になろうとするくらいに荒れていて、ハインリヒ殿下とノルベルト殿下の拗れた仲を取り持ったのがクリスタちゃんという描かれ方をしていた。


 前世の記憶が朧気にあるわたくしが介入したことで、クリスタちゃんは周囲に認められて王家の一員として受け入れられているし、ハインリヒ殿下はノルベルト殿下との仲が拗れているわけではない。ノルベルト殿下は長子相続を推し進めようとする派閥になど近寄らず、ノエル殿下と婚約をして、将来は大公の地位を得てハインリヒ殿下を支えようとしている。


 そして、わたくしは公爵位を継ぐ地位を弟のふーちゃんに譲り、辺境伯家に嫁ぐ未来が見えているのだ。


 未来は明るい。

 わたくしは確信していた。

読んでいただきありがとうございました。

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