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にゃんだふるLove・3

「にゃぁん(スタン様)」


ルイーズはスタニスラスの元まで駆け寄ると、心配そうな鳴き声を上げた。


「何れ目が覚めるから大丈夫だよ」



そう言って、ルイーズに手を伸ばすデジレだったが、ルイーズは頭を撫でられるのを拒否して避けた。


「にゃん、にゃにゃにゃあっ(酷いですわ、スタン様にあんなことをするなんて!)」

「この子、デジレに怒ってるんじゃないか?飼い主をこんな目にしたから」

「他人事のように言うなよ。仕方ないだろ、他にスタンを止める方法があったって言うのかよ」

「あの場での一番の適任はデジレだったのも事実だが、あれはなぁ.......」

「俺だって野郎とキスなんかしたくねぇよ!キスするなら美女がいいに決まってるだろ」

「お二人共言い争いをしている場合ではないでしょう。早く、スタニスラス殿下を此方へ。ソファまで運びます」


言い争う二人にピシャリとピエールが注意をして、デジレからスタニスラスを預かり介抱する。


「んっ──」


一時間後。

漸く、スタニスラスは頭を抱えながら上半身を起こした。


「スタン起きたか」

「ルゥは.......」


起きて早々に、ルイーズの姿を探す。


「にゃあん(ここにいますわ)」


ルイーズは、スタニスラスが目覚めた事に安堵して近くのテーブルの上で居場所を知らせた。


「ああ、良かった。そこに居たんだね」

「こいつ、お前のこと心配して一時も目を離さずこの場から動こうともしなかったんだぞ。それにしても、仔猫にもルイーズ嬢の愛称を付けるって重すぎないか?なぁ、仔猫ちゃん」


デジレは冗談交じり言って、仔猫の頭を撫でようと手を伸ばした。

だが、指先から徐々に表皮を覆う透明の物体に目を丸くするも、あっという間に物体は二の腕辺りまで覆い尽くした。


「触るな」

「わかった、わかったから凍らせるのはやめて!」

「おはよう、デジレ。私は今最高に気分が悪いんだ。何故だか分かるよね?」

「ちょ、待てって!ロラン!ヘルプヘルプ!!」


テーブルの上にいたルイーズをさっと抱き抱えると、無表情で冷たい視線をデジレへと送る。

徐々に身体を覆い始める氷はスタニスラスのストレンジであり、本気で全身を凍らせる気であることがわかるほどにスタニスラスは怒りをあらわにしていた。

デジレの救援要請に、ロランが炎で氷を溶かす。


「スタン、君の所業をよく思い出してみろ。一国の王子としてあるまじき行いを先にしたのは君だろう」


ロランの言葉にスタニスラスは動きを止めた。

控え室に戻って来てからの言動を思い返し、ロランの言う通り王族として取り返しのつかない失態に深く反省した。


「すまない、ロラン。それと、セレスタンとピエールもいきなり攻撃して本当にすまなかった」

「あれっ、俺には!?」


深く頭を下げて謝罪するスタニスラス。

しかし、一番の功労者であるはずのデジレにだけは謝罪がなく、問いかける。

デジレに対するスタニスラスの視線は底冷えするほどに冷たく鋭い。


「まあ、私も同じことをされたらデジレだけは絶対に許さないな」

「私も、いくら主とはいえあんなことをされたら手が滑ることがあるかもしれませんね」

「お……俺も遠慮したいっス」


同性からするとやはり、いくら暴走を止めるためとはいえ、男に唇を奪われるのは嫌だとデジレの味方をする者は誰一人いなかった。

デジレほどの能力の持ち主ならば、頬への接吻だけでも充分にスタニスラスを止められたはずだからだ。それも、保身の為に失神させてしまったとなっては自業自得といえなくもなかった。

誰一人味方がいない現状に、デジレは肩を落としたのだった。


「にゃぁん」

「どうしたんだい?ルゥ」

「さっきもそう呼んでたが、その仔猫はどうしたんだ?」


スタニスラスが暴走する原因となった仔猫に目を向けてロランが尋ねる。

スタニスラスが感情を表に出すのも、我を忘れるのも、良くも悪くもルイーズに関することだけだ。

この仔猫に何かあるのかと疑いの目を向けるロランに、スタニスラスは事のあらましを説明することにした。


「この仔猫がルイーズ嬢!?」


スタニスラスの説明にどよめきが上がる。


「ああ、だから戻って来るなりあんな状態のルイーズを見て思わず我を忘れてしまったんだ。セレスタンとピエールには、本当に悪いことをした。先に説明しておくべきだった」

「いえ、それなら納得です。知らなかったとはいえ、私の方こそ女性に対して申し訳ないことを致しました」

「俺も、知らなかったとはいえ本当に申し訳ございませんでしたっ!」

「ストレンジの研究が、人間を仔猫に変えてしまうところまで進んでいるとはな」

「だよな。だけど、この仔猫がルイーズ嬢と言われても、にわかには信じがたい」


そう言って、ルイーズの頬を人差し指でうりうりとつつくデジレの手を、スタニスラスが容赦無く(はた)く。


「本来は失敗作だ。それを、アイロス団長がルイーズに栄養剤と誤って渡したものが、失敗作のものだったんだ」

「失敗作ってことは、戻る方法はないのか?」

「あることにはあるんだが……」

「じゃあ、とっととルイーズ嬢を元の姿に戻してやればいいんじゃないか?」


ロランとデジレの言葉に、スタニスラスは小さな嘆息を漏らした。


「そうもいかない。本当に元に戻る保証も実証もないヘドロをルゥに飲ませるわけにはいかない。あれを飲んでルゥが生きていられるとは思えないからな」

「そうは言っても、どうするつもりなんだ?」

「早くルイーズ嬢を元の姿に戻してやらないと。いつまでも、レディにこんな姿をさせるなんて可哀想だろ」

「今、アイロス団長に至急解毒薬を作らせている。私も、このあと解術師がいないか調べる予定だ」

「私たちの方でも、元に戻る方法がないか調べておこう」

「ありがとう、ロラン。助かるよ」


ロランの申し出に感謝して、ルイーズを抱き上げスタニスラスは立ち上がる。


「早く元に戻す方法を探したいから、私たちは先に失礼するよ」


断りを入れて、スタニスラスは部屋を出た。


「にゃ、にゃー?(スタン様、どちらに行かれるのですか?)」

「取り敢えず、ルゥはこんな姿になって疲れただろう?私の部屋で休息を取ろう」

「にゃっ、にゃんにゃあ!?(ス、スタン様の私室でですか!?)」

「他に休めるところが無いからね。散らかってて悪いんだけどいいかな?」


少しだけ恥ずかしそうに尋ねるスタニスラスに、ルイーズはこくこくと頷き返すことしか出来なかった。

初めて入るスタニスラスの部屋は、綺麗に整えられており全然散らかってなどいなかった。


「私は調べ事をするから、ルゥは先に休んでてくれるかな?」

「にゃあん(わたくしも手伝いますわ)」

「いいから。ルゥはゆっくり休んで」


ベッドの上に降ろされたルイーズは、不安気にスタニスラスを見上げると、頭部を撫でられた。


「にゃぁー(スタン様だけに負担はかけられませんわ)」

「分かったよ。じゃあ、こうしよう。私も一緒に休むから、ルゥもしっかり休息を取ること。いいね?」

「にゃっ(えっ!?)」


スタニスラスは、ルイーズの返答を聞く前にベッドに潜り込み、ルイーズを傍に寝かせて頭部から背部にかけて優しく撫でる。


「仔猫の君も可愛いけど、私は早くこの両腕で君の体を抱き締めて、君の透き通る声を聞きたいよ」

「みゃあぁ(わたくしもですわ)」


初めて聞くスタニスラスの不安気な声音に、ルイーズは身体を起こすとスタニスラスの頭部まで近寄る。


「ルゥ?」

「にゃーん(わたくしは絶対元に戻ってみせますわ)」


ルイーズは、励ますようにスタニスラスの唇をペロリと小さな舌で舐めた。


「ルゥは凄いな……」

「にゃぅ?(どうされたのですか?)」


唐突に柔和な笑みを浮かべるスタニスラスに首を傾ぐ。


「今まで、不安なんて何も無いと思っていた。だが、君がこんな姿になってしまって、元に戻らなかったらどうしようという不安、ルイーズがいなくなってしまうのではないかという不安が私の心を支配していた」

「にゃー…(スタン様)」

「こんな姿になってしまって、不安になっているだろうはずの君を安心させるために余裕を見せていても、私の方が休息を必要としていたようだ。そして、君に励まされたよ」


スタニスラスは慈しむ目をルイーズに向ける。


「私は必ず君を元に戻してみせるよ。そして、今回のことで自覚したことがあるんだ」

「にゃ?(自覚したことですか?)」

「ああ、私にはやはりルゥが必要だってことだよ。ルゥと過ごす日々は楽しくて愛おしくて幸せに満ちている。私は今、君が愛おしくてたまらない」


普段スタニスラスが浮かべる、外面の笑顔でも黒い笑顔でない、心からの柔らかい笑みにルイーズの胸はキュッと締め付けられる。

すぐにでも彼を抱き締めたい。自分も同じだと伝えたい。

それでも、仔猫である体ではスタニスラスを抱きしめることも、想いを伝えることも出来ない。

もどかしくて、もどかしくて堪らなかった。

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