1.魔法省でのお仕事
皆さまお久しぶりです!
マルカが帰って参りました。
今の私の名前はマルカ・フィリップス。
リスハール王国の魔術師長であるフェリクス・フィリップス侯爵の娘だ。
娘といっても正確には養女なのだけれど、きちんと血の繋がりもある。
私の曾祖父は侯爵家を出奔し行方知れずとなっていたフィリップス侯爵家の人間で、祖父が魔術師長と従兄弟だということが判明したのだ。
私が好きだった父様と同じ金の混じった鳶色の瞳もフィリップス侯爵家によく現れる色らしい。
もっと詳細に話すこともできるけれど、それを語るには少し辛いこともあるし面倒なのでこの辺で。
私の人生いろいろなことがありすぎるような気もするが、今が幸せなので問題なし。
今の私はフィリップス侯爵家の一員で、アルカランデ公爵令息クライヴァル様の婚約者で、魔法省に勤めるマルカだ。
今日も一仕事終え、魔法省の建物の廊下を歩いていた。
「いや~、あの時の顔は面白かったね」
「一番弱そうだと思ってマルカのほうに行ったんでしょうけど、馬鹿よねぇ」
そう言って笑うのは魔法省の先輩のオルフェルド・グリー伯爵令息と、フェリスティア・マクガード伯爵令嬢だ。
魔法省では皆、家名関係なく名前で呼び合っているので、私はオルフェルドさん、フェリスさんと呼ばせてもらっている。
「緊迫した雰囲気だったから我慢したけど、吊るされた姿は傑作だったわ」
「騎士たちも驚いてたよね」
「やりすぎましたかね? でも自分に向かって来たからには徹底的にやらないと」
今私たちが話しているのは先ほどあった街での大捕り物についてだ。
少し前から王都では窃盗事件が多発していた。目撃情報は出るものの、その度に犯人の風貌が異なり犯人の特定にまで至っていなかった。
窃盗犯は買い物直後の客を狙ったり、時には大胆に宝石店に出向き商品を偽物とすり替え盗むということまでやってのけていた。
初めは平民向けの露店や待ち行く人々の財布を掏るといったものだったのに、最近は貴族まで狙うようになり、その手口もどんどん大胆なものに変わってきていた。
このままではもっと大きな被害が出るのではと捜査に当たっていた騎士団から要請を受け、ここ最近は囮となるべく街に繰り出していたのだ。
ちなみになぜ私たちかと言うとある程度自衛ができる貴族令嬢、令息だから。
というのも、犯人が狙うのは子供や女性に老人、そして弱そうな男性だからだ。この話を聞いたオルフェルドさんは「それで僕に話が回ってくるのが不愉快すぎるんだけど」と憤っていた。
ちなみにオルフェルドさんたちと同期のリードさんは体格が良いため今回の作戦には不参加だったのも悔しかったらしい。
囮作戦に選出された私たちはいかにもお金を持っていそう、且つ頭が悪そうで貧弱そうな貴族になりすまし、日々お買い物に勤しんだ。
元が貧乏性の私は散財するのが恐ろしかったが、事件が解決したら宝石などはきちんと店に返す手筈になっていると聞いて胸を撫で下ろしたことは記憶に新しい。
そうして高級宝石店で何度目かの散財をした今日、ついに窃盗犯は私たちに狙いを定めた。
お店から出て少し歩いたところで、後ろから帽子を被った人物がついて来ているとすれ違った騎士から密かに合図を受けた。
騎士団の面々はいつも通り制服で巡回している者と、私服に身を包み街の人々に溶け込みながら捜査に当たっている者とに分かれていて、合図を送ってきたのは制服を着た騎士だった。
狙われてはいるけれど、怪しい動きをしたからといってそれだけで捕まえることはできないし、捕まえたところで何も盗んでいない状況では罪にも問えない。
つまり盗みを働いてもらうのが一番確実ではあったのだけれど、騎士のいるところで犯行に及ぶことは有り得ない。
それにあまり人の往来が多いところで犯行に及ばれて周りへの被害が出ても困る。
そんなわけで私たちは制服の騎士がいない、なるべく人の少ない道へと歩みを進めたところでこちらの思惑通り犯人は動いた。
フェリスさんの持っていた宝石入りの紙袋を後ろから素早く奪い取り、そのまま走って逃げようとした。
フェリスさんはわざとらしく「きゃあー! 盗人よー!」と悲鳴を上げ、離れた場所にいる騎士を呼び寄せる。
私とオルフェルドさんは窃盗犯を逃さないよう進行方向にシールドを張る。
シールドは身を守るために使うことが当たり前とされているけれど、使い方によっては行く手を阻む壁にもなる。
「ぐあっ、なんだ!? クソッ!」
窃盗犯は私たちが張ったシールドに火や水の攻撃魔法を放っているけれど、私たちのシールドはただの壁じゃない。
当たった魔法はすべて吸収する特別製だ。
「どうなってんだよ!」
放った魔法の大きさからして窃盗犯は多少魔法の腕に自信があったようだが、こちらは魔法を以て国に仕える魔法省所属の魔術師だ。
生半可な魔法で私たちに適うはずなどない。
自分の魔法ではシールドを壊せないと悟った窃盗犯は振り返って私たちを見た後、迷いなく私に向かって突進してきた。
(私が一番弱いって思ったわけね)
今までも弱い人ばかりを狙ってきた窃盗犯らしい行動だが、今回ばかりはそれを後悔したはずだ。
「馬鹿な男ね~。マルカ、シールドは私たちに任せて」
「わかりました」
「殺しちゃ駄目だよ?」
「しませんよ、そんなこと」
窃盗犯が向かってくる僅かな間にそんなことを話していると、すぐ目の前まで男はやってきていた。
「何ゴチャゴチャ言ってやがる! 怪我をしたくなかったら道を開けろぉ!」
「そう言われて道を開けるような人間はここにはいませんよ」
いつのまにか取り出したナイフを振りかざして突進してきた窃盗犯は、私が新たに作り出したシールドにぶち当たった。
「がぼっ……が、あぼ、あ」
先ほどとは違う粘稠性を持たせた魔力で作ったシールドはナイフを持った窃盗犯の勢いを殺し、そのまままるで飲み込むように立ちはだかった。
このままではオルフェルドさんが言ったように命を奪ってしまうので、ある程度抵抗しなくなったところで魔法を解く。
シールドが消えると窃盗犯は喉を押さえてゴホゴホと咽て蹲った。
足元に転がってきたナイフは危ないので後ろに蹴り飛ばしておいた。
「盗みの現行犯ですね」
蹲る窃盗犯に上から声を掛けると、何を思ったか顔に下卑た笑みを浮かべ「ち、違うんだ!」と言った。
「ほんの出来心だったんだよ!」
「初犯じゃないのはもうわかっていますが」
「生活が苦しくて……」
「その割にはなかなか良い指輪をお持ちのようで」
私の言葉に窃盗犯は自分の手をバッと後ろに隠したけれど、今さら隠しても意味がない。
(見ちゃったから指摘してるのよ、こっちは)
窃盗犯の指には大ぶりな宝石のついた指輪が一、二、三個。
本当に生活が苦しいなら、そんな物を買わずにまず食べ物を買えと言いたい。
まあ、仮にそれが本当なのだとしても人から盗んで良いということにはならない。
今さら指を隠したところで結果は何も変わらないのだ。
「こ、これは! そうだ、拾ったんだよ!」
「へえ、拾ったものを届けもせず我が物顔で自分の指にはめるんですか」
「拾ったもんをどうしようが俺の勝手だ!」
「百歩、いえ一万歩譲ってそれが拾ったものだったらまだギリギリ弁明の余地はありますけど。本当に拾ったものだったら……ねえ?」
どう考えても盗んだものだろう。
騎士団に来ていた被害届の中にそれっぽい指輪を盗まれたというものもあったようだし。
余罪もたくさんありそうだし調べてもらうのが楽しみだ。
そんなことを考えて笑みを深くすると、窃盗犯はそれが癇に障ったようだった。
「何笑ってんだ! 何なんだよお前ら! そこをどけぇっ!」
逆上して私に飛び掛かってくる窃盗犯を躱し、指をパチンと鳴らすと地面から伸びた植物が窃盗犯の足首を絡め取り、そのまま一気に宙吊りにした。
窃盗犯は何が起きたのかわからず逆さ吊りのまま呆然としている。
「こんな愚かなことをした罪はしっかり償ってもらいますよ」
「マルカ、さすがね!」
吊るされた状態の窃盗犯を見てシールドを消したフェリスさんたちが笑いながらやってきた。
「君って大人しそうな顔をして結構やることえげつないよね」
オルフェルドさんが窃盗犯を指差しながら言うと、フェリスさんは「弱い者ばかり狙う卑怯者にはこれでも足りないくらいよ」と鼻で笑う。
「ところで、これどうやったの?」
「ああ、これ足元に生えていた雑草です。窃盗犯なんかよりよっぽど世のため人のために役立ちますよね」
「たしかに!」
そんなことを話していると頭上から「頼む~、下ろしてくれ~」と情けない声が聞こえてきたけれど、到着した騎士たちが事を収めるまでそのままにしておいた。
その間遠巻きに見ていた野次馬の子供たちがやってきて、面白がって植物の茎をゆさゆさと揺する度に頭上から情けない声が幾度となく聞こえたが、自業自得なので放置。
そしてすべてを終えて魔法省に戻ってきたのが今だ。
「魔術師長、ただいま戻りました」
「おお、みんなご苦労。たいそうな活躍だったらしいな」
「そうなんですよ。マルカったらこーんな高さまで窃盗犯を逆さ吊りにしたんですから」
「相変わらずえげつないな」
魔術師長と一緒にいたリードさんにえげつないと言われた。
「それオルフェルドさんにも言われました」
リードさんはスピアナスタスティンクル子爵令息でフェリスさんたちと同期の先輩だ。あまりにも長い家名のため、一族揃って家名で呼ばれることはほとんど無いのだとか。
「そうだ、マルカ。もうすぐアルカランデが迎えに来るんじゃない?」
「え? もうそんな時間ですか?」
「もうそんな時間だよ。失礼、マルカを迎えに来ました」
「クライヴァル様!」
入室してきたクライヴァル様の声に私よりも先に反応したのはフェリスさんだ。
フェリスさんは学生時代からクライヴァル様のことが好きだったらしく、まあ好きといっても憧れ的なものらしいのだけれど、私とクライヴァル様が婚約したことで彼を目にする機会が増えたと言って喜んでいる。
恋愛的な意味で好きではないのかと正面切って聞いてみたこともあるのだけれど、「恋愛? 無理無理! あの方が傍にいたら興奮して気絶しちゃうわ。性格も良いとは言うけれど何より顔よ! 顔が良すぎるの! マルカはどうして平気なのかしら。目はちゃんと機能している? 機能しているのに平気なの? 強靭な精神すぎじゃない? すごいわね。でもマルカのおかげで今まで見たことない種類の笑顔も見ることができたし、あなたが魔法省に来てくれて私は幸運だわ。目が潤うわね!」と言われた。
フェリスさん面白過ぎである。
「クライヴァル様、もう少し待ってもらっていいですか? 今戻ってきたばかりで」
「構わないよ。ずいぶん活躍したみたいだね。先ほど騎士団から犯人捕縛の報告が上がってきたよ。騎士が到着した時には窃盗犯は十数メートルの高さで宙づりになって涙目になっていたってね」
「ナイフを振りかざして突進してくる人に情けなんていらなくないですか?」
荷物をまとめながらそう言うと、クライヴァル様はそんな話は聞いていないというような顔をした。
「え? ナイフ? 大丈夫だったのかい? 怪我は?」
「大丈夫ですよ。問題ありません」
私そう返すとクライヴァル様は安堵の溜息を吐いた。
「仕方のないこともあるとは思うけれど、なるべく荒事は騎士に任せたほうがいい」
「……わかりました」
「本当に?」
「準備出来ました。さあ、帰りましょう」
クライヴァル様が心配してくれるのもわかるけれど、いざって時はどうしようもない。
そんな事を思いながら話をそらそうとする私の心理をクライヴァル様はよくわかっているようで「……マクガード伯爵令嬢、マルカのことよろしく頼む」とフェリスさんに言った。
「お、お任せください! しっかりきっちり見ておきます。マルカ、無茶はいけないわ」
「フェリスさんの裏切り者!」
ああいう時一番楽しんでいるのはフェリスさんなのに。
魔法省の先輩たちは58話に出てきた人たちです。
今回はちょびっとしか出てこなかったクライヴァルですが、次話はがっつりクライヴァル&マルカの予定です。
お待たせいたしました!
続き書くと言ってからだいぶ空いてしまい申し訳ありません。
またしばらくお付き合いくださいませ~。
よろしくお願いしまっす!




