84.蛾の火に赴くが如し
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パーティー会場に私たちが入ると、それに気づいた人たちが一斉にこちらを向いた。
今日のフェリクスお父様の格好は宮廷魔術師を表すローブではなく、明らかにフィリップス侯爵としてここに来ていることがわかる格好で、隣には侯爵夫人であるローザお母様もいる。
そしてその後ろに続くのは私だ。
きっとみんなはアルカランデ公爵邸に居候しているはずの私が、なぜこの二人と一緒に会場にやって来たのか不思議に思っているはずだ。
ただ試験結果発表の日に学園に来ていた者は、あの時貼り出されていた私の名前はやはりそういうことなのかと様子を窺っているようだ。
パーティー会場には卒業生とその婚約者、家族が次々に到着しているが、クライヴァル様たちはまだのようだった。
そこに居るだけで注目を集める人たちだから開始時間間際にやって来るのだろう。
クライヴァル様に会えるのはもう少し後になりそうだと周りを見渡しながら考えていると、フェリクスお父様の漏れた笑い声が聞こえた。
「うんうん、いい感じに注目を集めているな」
「……なんだか楽しそうですね、フェリクスお父様。私は注目を浴びないほうがいいのですけど」
「それは無理な話だろう」
「……わかっています。願望を言ってみただけです」
「そうよ~。むしろ時の人よね。まるでロマンス小説の主人公みたいな人生ですもの」
本当に小説になったらどうする? とローザお母様が面白がって聞いてきたので「とりあえず、金銭の要求をしましょうか。私たちが題材となっている物語なら、それくらい許されるでしょう?」と返した。
「……ちゃっかりしているわねぇ」
「冗談ですよ?」
「マルカさんが言うとなぜか冗談に聞こえないのよ」
「おかしいですねぇ」
顔に微笑み浮かべたままふざけた話をしていると、よく知った声に名前を呼ばれた。
「ごきげんよう、マルカさん」
「ハルフィリア様! お久しぶりです」
「ええ、お久しぶり。お話には伺っていましたけれど、こうしてご一緒のところを拝見すると、本当にフィリップス侯爵家に入られたのだなと実感しますわね」
そう言ってフェリクスお父様たちにも挨拶をしてくれたのはシモンズ辺境伯令嬢ハルフィリア様だ。
彼女がシンシア様の所へ行くというのでフェリクスお父様を見ると「私たちのことは気にせず行っておいで」と言ってくれたので一緒に移動すると、そこには鮮やかなオレンジ色のドレスを見事に着こなしたシンシア様の姿があった。
「シンシア。マルカさんを連れてきたわよ」
「シンシア様。お久しぶりです。ドレス、とてもお似合いです」
「まあ! ありがとう、嬉しいわ。ふふっ、婚約者の色なのよ」
そう言ってシンシア様は視線を遠くへ移す。
視線の先にはオレンジ色の髪が目立つ長身の男性がいた。
(あら? どこかで見たことが……もしかして)
「あの、もしかしてシンシア様のお相手の方は騎士様でいらっしゃいますか?」
「ええ、そうよ。よくわかったわね」
「以前王城でお見かけしたことがあったので」
バージェス殿下、クライヴァル様と一緒にいるところを見たことがあるのだ。
クリスティナ様が王宮に上がったら騎士団の中から彼女専属の護衛をつけるという話を聞いたので、もしかしたらあの彼がそのうちの一人なのかもしれない。
それにしても。
「シンシア様は大切にされているんですね」
私がそう言うと、シンシア様は嬉しそうに笑った。
「まあね。でもマルカさんも人のこと言えないんじゃない?」
シンシア様は私の格好を上から下まで見てそう言った。
「はい、嬉しいことに。でもそんなにわかりますか?」
「わかるわよ。あなたたちのことを知っている人間が見れば、だけれど。ねえ、ハルフィリア?」
「ええ、そうね。そういえば今日はいらっしゃっていないの?」
「この後、クリスティナ様たちと一緒にいらっしゃる予定です。まずは私がフィリップス侯爵家の者であるということを周知させるという目的があったので」
「ああ、それで」
「けれど、誰も確認しに来てくださらないんですよ。予想だとあの方たちが来てくださるかと思っていたんですけど」
「あの方達? ……ああ、もしかしてアレかしら?」
ハルフィリア様の視線の先にはこちらに向かってくる複数のご令嬢がいた。
私は思わずにやっと笑ってしまいそうな気持をおさえ、微笑みをたたえて静かに頷いた。
「マルカさん、少しよろしいかしら?」
声をかけてきたのはメイジャー伯爵令嬢、ダカリー伯爵令嬢、ハング伯爵令嬢、ミネルザード子爵令嬢、そしてミレッツァ子爵令嬢。
つまり私にずっと文句や厭味を言ってきていたご令嬢が揃い踏みだ。
心なしかみんな顔が引き攣っているように見えるのは気のせいではないだろう。
私はにっこりと笑顔のまま彼女たちの前に立った。
「はい。どうかされました?」
「っ……いつもいつも、ヘラヘラと……!」
「メルヴィーナ、落ち着いて」
「そうね……ふう」
いつも通り微笑んでいる私に苛立つダカリー伯爵令嬢をメイジャー伯爵令嬢が抑える。
自分の感情をコントロールできないなんて、卒業して本当の社交界に出たら苦労しそうだ。
それにしてもヘラヘラとは。
いつもそんな風に思われていたのかと初めて知る。
「ヘラヘラだなんて……そんな風に思われていたんですね。申し訳ありません」
私はあえて困ったように、そして悲しそうに微笑んだ。
べつにこの人たちにそう思われても悲しくもなんともない。
けれどリディアナお義母様から使える武器は全て使えと教えられたので、私は自分のこの庇護欲をそそると言われる見た目を最大限利用することを覚えた。
「っだから、そういうところが! ……まあいいわ。今はそのお話ではないの。マルカさん、貴女にお聞きしたいことがあるのだけれど」
「なんでしょう? 私にお答えできることでしたらお答えしますが」
まあおそらく聞きたいことはひとつだろうが。
「あなた、フィリップス侯爵様とはどういうご関係なの?」
「フェリクスお父様と、ですか?」
私はわざと、なぜ今さらそんなことをと言うような表情で聞き返す。
「お、お父様?」
「ええ、そうです。あら? もしかしてご存じありませんでしたか? もう一度自己紹介がよろしいでしょうか?」
私がそう聞くと、シンシア様たちがそれに答える。
「そうね。どうやらまだ知らない方も多いようだし、良い機会だから皆さんに知っていただいたほうがいいかもしれないわ」
「そうですね。では改めまして、私の名はマルカ・フィリップス。フィリップス侯爵は私の父です」
私の言葉に周囲がざわつく。
もちろんダカリー伯爵令嬢たちは言わずもがな。
(あらまあ。伯爵令嬢ともあろう方たちが口をあんぐり開けているなんて、リディアナお義母様に見られたら叱られるわね)
「な、なんで……あなたはただの平民だったはずじゃない。いつ、いつからよ!」
「なぜ、と申されましても……時期はちょうど一年ほど前でしょうか」
「そんなに前……どうして、どうして黙っていたのよ……わかったわ! こうして私たちを嵌める気だったのね。卑怯だわ」
「あら、卑怯だなんて心外です。黙っていたのはわざわざ言う必要性を感じなかったからです。学園内は皆平等となっていますし、わざわざ侯爵家の者になりました、なんて宣言する必要はありませんでしょう?」
あなたたちのように家格を笠に着て、自分たちより弱い立場の人間をけなして楽しむような趣味は私にはない。
自分がそうだからと言って他人も同じだと思わないでほしい。
「それに嵌めるも何も、あなたたちを罠にかけたところでなんの得があるというのですか?」
そう言えば彼女たちは顔を真っ赤にさせて私を睨みつけた。
(あらま、ひどい顔)
周りの注目を浴びているということに早く気付いてほしい。
淑女教育どこ行った。
「それともあなた方は罠にかけられるような、仕返しをされるような仕打ちを私にしたと?」
私は小首を傾げながら彼女たちに問いかけた。
いや、もうね。
この場は学園の生徒ばかりだから、普段から彼女たちが私や家格が下の者を馬鹿にしたり威圧しているということは周知の事実であるし、それ以外の生徒の親や賓客も今の彼女たちの態度や言動からそれは見て取れるのだけれど。
しかし、だ。
たとえそうだとしても、今ここでそれを認めるわけにはいかないだろうということは百も承知。
ここで大事なのは、私が彼女たちよりも家格が上の貴族家の人間であるということ。
彼女たちが今まで散々下に見て威張って馬鹿にしていた私に文句も言えず言い負かされ、退散せざるを得なかったという事実を作ること。
そして、これ以上の恥を彼女たちに与えないこと、この三つだ。
自業自得なのだからギッタギタにやってしまえば良いと思わなくもないが、それはたぶん得策ではない。
私たちはまだ若くて、ともに貴族家の一員で、婚姻の相手によってはこれから長く付き合っていかなければならないかもしれないのだ。
そんな相手との間に修復不可能なほどの溝を作りたくない。
恨まれでもしたら面倒くさいし、あの時これくらいで済ませてあげたよねと立場を強くしておくほうが断然楽。
公衆の面前でちょっと痛い目を見て、改心とまではいかなくても自分の置かれた状況や立場を考えてくれたらそれでいいのだ。
あのロナウドさんだってできたのだから、曲がりなりにも貴族令嬢としての教育を受けてきたこの人たちならできるはずだ。
それすら無理だというのなら、それは各々の家長がどうにかするべきことで、これ以上は私が関わることではない。
修道院に入れられようが、もっと大きくやらかして貴族社会から排除されようが、どうぞご勝手にと思うだけだ。
私が微笑みの下でそこまで考えているなんて思っていないのだろうが、それなりに自分たちの状況のまずさには気付いたようだった。
彼女たちは無理やり笑顔を作り、引きつる口元を扇で隠すと「とんでもない」と口にした。
「そんなことあるはずもありませんわ。学友であるマルカさんに隠しごとをされていたのかと思って気が動転してしまったようですわ。ごめんなさいね」
「いいえ、大丈夫ですよ。誰にでもちょっとした間違いはありますもの。お気になさらないでください」
まったく悪いと思ってないのがありありと伝わってくるけれど、まあ今はそれでも良い。
どうせ彼女たちはこの後もっと大きい衝撃を受けるのだから。
そう思いながら微笑みで返していると、そこにフェリクスお父様たちがやって来た。
飛び込んだら焼かれるだけだというのにねぇ……( = =)
暑くなってきましたねー!
みなさん体調に気をつけてくださいね。
それではまた次回お会いしましょう!




