番外編(書籍化記念SS) 人生の転機 ※クライヴァル視点
皆さまお久しぶりです!
やっとこさ改稿作業を終え、もうじき『私の名はマルカ』の発売が始まります。
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どうぞよろしくお願いします!
「バージェス殿下には王室の方で監視を付けるそうだ。お前はマルカ嬢について調べるように」
「……わかりました」
「何だ? 気が乗らないか?」
気が乗るも何も、これは王家から与えられた正式な仕事だ。
私は忠実にその任務をこなすだけのこと。
ただ――。
「あとでクリスティナがうるさそうだなと思っただけです」
「バレなければ良い話だ。いくら変装するからといってクリスティナには近づき過ぎるんじゃないぞ」
「わかっていますよ。その辺は上手くやりますので任せてください」
そんな会話をしたのが数日前のこと。
現在私はかつて通っていた王立学園に潜入している。
潜入とは言っても学園の教師たちには私の存在は知らされているのでそこまで大変な仕事でもないのだが。
それもこれも学園内での殿下の噂のせいだ。
『バージェス殿下が平民から伯爵令嬢になった娘にご執心だ』
『平民上がりの伯爵令嬢が愚かなことに殿下に取り入ろうとしている』
この様な噂が以前からちらほらと出てきており、私たちアルカランデ公爵家の者は妹のクリスティナからすでにその話は聞き及んでおり、もう少し様子を見て見極めると言ったクリスティナに任せるつもりでいた。
しかし、この噂が教師陣の耳にも入るようになったことから王室にも報告が入り、念のため状況の把握と相手の少女のことを調べるようにとの命が下ったというわけだ。
自分の目立つ容姿を隠すため、鬘を被って変装をすれば、冴えない男の出来上がりだ。
問題の少女――マルカ嬢はすぐに見つけることが出来た。
(たしかに噂通り整った見た目をしている……が、バージェス殿下の好みとは正反対じゃないか)
どちらかと言えば大人しそうな庇護欲をそそる見た目。
ああいう雰囲気の女性を好む者も多いだろうが、バージェス殿下の好みには当てはまらない。
バージェス殿下の好みは婚約者であるクリスティナだ。
まあ、好みがどうこうというよりはクリスティナのことを愛してやまないだけなのだが。
(そんな殿下がマルカ嬢を傍に置こうとしているとは……絶対に何かあるな)
ただ、バージェス殿下に関しては王室が直々に動くということだし、私はマルカ嬢の動向に集中することにした。
そうしてマルカ嬢を観察して分かったことは、彼女は見た目通りの人間ではないということだった。
兄であるヘイガン・レイナードに連れられてバージェス殿下の傍に行く時も、殿下から声を掛けられた時も、まったく嬉しそうなそぶりを見せない。
バージェス殿下は非常に見目が良く、同じ年頃のご令嬢ならば目が合っただけでも頬を染めるほどなのだが、マルカ嬢は困ったように微笑むだけだ。
自分から近づくことも声を掛けることもしない。
なんなら殿下が一歩近づけば、さりげなくその分の距離を取ろうとする。
(近づくどころか、むしろ避けていないか?)
バージェス殿下といることで、他の生徒から心無いことを言われたり、くだらない嫌がらせをされてもマルカ嬢は平然としている。
泣きもせず、怒りもせず、何事もなかったかのように微笑むだけだ。
そんな彼女は毎日のように学園内の図書室に通っていた。
私も彼女に近づくために図書室に足を運び、様子を窺う日々が続くと自然と顔見知りになった。
言葉を交わすつもりなどなかったが、高い所にある本を踏み台を使って一生懸命に手を伸ばす姿を見て思わず手を出してしまった。
なぜこれだけ男がいるのに手伝ってもらうという選択肢がないのだろうか。
おかしな子だ。
マルカ嬢がそこまでして読みたがっていたのは『役立つ魔法・応用編』だったのにもまた驚いた。
学園の成績は実技共に良いことは調べて分かっていたが、こんな難解な本に手を出すまで励んでいるとは。
しかもその本をとても楽しそうに読んでいるのだから面白い。
時折、小さな声で「おおっ!」「なるほど、そういうことね」「これは役立ちそう」などと呟いては瞳を輝かせていた。
その時の彼女の笑顔は普段見せるような微笑みではなく、心の底から楽しんでいるような笑顔だった。
(もしや、こちらが本来の表情なのか?そうすると普段は……よく出来た仮面だ)
普段は猫を被っているようだが、被り方が私たちの想像とは逆方向に向いている。
これだけ自分の表情を思い通りにコントロール出来るのなら、もっと殿下や周囲の男に近づくことも出来るだろに。
そうはせず、できるだけ事を荒立てないように流しているようだった。
悪質な嫌がらせや、上から物を落とされるといった大怪我に繋がりそうなことをされても彼女は笑っている。
(ここまで来ると、むしろ怖いな。それにどんな魔法を使っているんだ?あれもシールドの一種なのか?)
シールドの魔法を使用しているようには見えないのに、頭上から降って来た植木鉢も、掛けられた水も、何一つ彼女に当たることなく地に落ちていく。
仕掛けた方は自分たちが見つからないようにすぐさまその場を去るから気づいていないようだが、一部始終を観察している私は驚きを隠せなかった。
しかもその後、汚された周囲を掃除しながら「もう!いい加減やめてほしいわね。私じゃなかったら怪我してるわよ。片付ける方の身にもなってほしいわ。面倒くさいったら」とブツブツ文句を言っていた。
思わず笑いそうになってしまい、慌てて口を塞いだ。
(なるほど、性格も本当はこれが素か)
なかなかに気の強そうな子のようだ。
今まで出会ったことのないタイプのご令嬢だった。
その後もいろいろあったが、一度としてバージェス殿下の名を出すことも、殿下や兄のヘイガンに助けを求めることもなく、全て自分で対処していた。
もうこれは完全に彼女は白だろうと思っていたのだが、極めつけは殿下と二人きりになった後のこと。
「なに、何なのあの甘い言葉の雨は……殿下の頭の中って実は蜂蜜か何か入ってるんじゃないかしら……。本当にもう勘弁してほしい。クリスティナ様がいるっていうのに一体何を考えているのかしら。殿下といい伯爵子息といい、ろくな人間じゃないわね。もううんざり」
この言葉を聞いて私は声を殺して笑うことになった。
本当に面白い子だ。
女性に対して面白いだなんて失礼かもしれないが、私の中ではかなり好印象だった。
そしてこの発言で、少なくともマルカ嬢自身には特に思惑はなく、むしろ殿下のことを迷惑がっているのではないかということを報告として上げ、調査は終了となった。
一応勘違いが無いように言っておくが、報告書には淡々と事実を記載しただけで、私のマルカ嬢へ対する印象などは一切加味していない。
そこからわずか数日の内に、マルカ嬢からレイナード伯爵家の企みについて書かれた手紙がクリスティナに渡されたことにより、問題は一気に解決に向かうことになる。
そしてその後、私はマルカ嬢に対しての気持ちが面白い子というものから恋情に変わっていたことに気付くことになるのだが、この時の私はそんな事は考えてもいなかった。
ましてや彼女がこんなにも手強い相手だなんて、知る由もないのである。
余計な事だけしかしなかったレイナード家の者たちには、マルカ嬢を貴族社会に引っ張り上げてくれたことだけはよくやったと言えると一時は思ったこともあった。
けれど、あんな輩に感謝しなくとも、マルカ嬢ならば自力で私たちの所まで上って来ただろうと今は思う。
見た目に反して気が強くて、案外お転婆で、人に甘えることが苦手なマルカ嬢。
現実的で、努力家で、情に厚いマルカ嬢。
そんな彼女だから私は好きになった。
マルカ嬢と出会えたことは、私の人生の中で大きな転機になったということだけは間違いない。
今日も明日も、一年後も十年後も、そのまた先もきっと私は君に恋しているのだろう。
そんな未来を想像するだけで、私の人生はとても素晴らしいものだと思えるのだ。
今回は最初の頃~現在のクライヴァルのお話でした。
書籍化を勝手に記念して書きました(笑)
私も昨日見本誌をいただきまして、ニヤニヤしながら読んでいる最中です。
自分で書いた本を自分で読む……貴重な体験をしております(≧▽≦)
書籍に関しての詳しい情報は私の活動報告をご覧いただければと思います。
よろしくお願いしまっす!




