番外編 バージェスの恋
お久しぶりです。
ただいま鋭意書籍化作業中でございます。
それもあって主役二人の話を更新するのが難しい(ノД`)
と、いう訳で今回はバージェス殿下の話です。
「仲良くするんだよ」
そんな言葉と共にクリスティナと引き合わせられたのは私が7歳、彼女が5歳の時だった。
その当時の私はイスに座って勉強するよりも外を走り回っている方が楽しかったし、遊び相手が男だろうが女だろうが全く気にしたりしていなかった。
ただ楽しければ良かったし、自分が王族だという意識もまだ薄かったように思う。
一番の遊び相手はアルカランデ公爵令息のクライヴァルで、私よりも年上だったこともあり何でも知っていて頼りになった。
何より、他の子供たちとは違って変におべっかを使ったりしないし、私が行き過ぎた悪戯をすればしっかり諫めてくれる頼もしい存在で、もしも兄がいたらこんな感じだろうかと思っていた。
その日も私の遊び相手としてアルカランデ公爵がクライヴァルを連れてきてくれることになっていた。
今日は何をして遊ぼうか、何に挑戦しようかと私は朝からうきうきとしていた。
まずは作法の復習を兼ねたお茶会からだと言われていた私は、用意された部屋で一人イスに座り、足をブラブラとさせてクライヴァルの到着を今か今かと待ちわびていた。
そして私の待つ部屋へと案内されてクライヴァルがやってきた。
イスから飛び降り扉へと駆け寄った私が目にしたのは待ちわびていたクライヴァルと、彼とよく似た色を持つ女の子だった。
「……誰?」
私がそう口にすると、クライヴァルと女の子のさらに後ろから深い溜息とごほんという咳払いが聞こえた。
「バージェス。今日は作法の復習も兼ねた茶会だと言われなかったか?」
「はい、言われました! もしかして父上や母上もご一緒できるのですか?」
クライヴァルたちの後ろに居たのは国王である私の父上と、王妃である母上、そしてクライヴァルの父君のアルカランデ公爵だった。
私の問いに父上は首を横に振った。
「残念だが私たちは公爵と大事な話があるのだ。お前はクライヴァルとクリスティナと一緒だ。彼らを見習ってしっかりな。仲良くするんだよ」
「クリスティナ?」
「はい。クライヴァルの妹のクリスティナ・アルカランデと申します。どうぞクリスティナとお呼びください」
きっとこの女の子の名前だろうと彼女を見れば、にっこりと笑って5歳児とは思えないほど綺麗なカーテシーと自己紹介をしてみせた。
その姿に私は一瞬で恋に落ちたのだ。
自分やクライヴァルと似たダークブロンドの髪はサラサラと艶やかで、一見すると冷たくも見える複雑な灰色をした瞳を持つその顔は、笑うととても可愛かった。
恋に落ちたと言っても、その当時の私はそれが恋だということには全く気付いておらず、なぜだか心臓がドクドクとうるさく、クリスティナの顔を見るのが恥ずかしいと思っただけだったのだが。
その後のお茶会はいつにもまして失敗続きだった。
クリスティナと目が合うとドキドキして思わず顔を逸らしてしまう。
けれどやっぱり見たくてまたクリスティナを見るという行動を繰り返し、そんな事をしているせいか茶器の音を立ててしまったり、クッキーを食べこぼしてしまったり……情けない姿ばかりを晒してしまった。
クライヴァルとクリスティナは完璧なのに自分ばかりがと落ち込んでいると、クライヴァルがなんとかフォローしようと声を掛けてくれた。
「クリスティナ。バージェス殿下はクリスティナの緊張を和らげようとしてくれているんだよ。本当はもっと出来る方なんだ。どうだ? 緊張は解れたか?」
それなのに私は馬鹿正直にそれは違うと言ってしまった。
「ありがとう、クライヴァル。でも良いのだ。確かにいつもはここまでではないが、君たち二人には遠く及ばない。もっと努力しなくてはいけないのだ。私よりも小さいクリスティナ嬢ができているのに情けないが……その、君を見ると緊張してしまって」
「私をですか?」
私はこくんと頷いた。
「まあ……どうしましょう。お兄様、殿下を不快にさせてしまう私はここに居ないほうが良いのではないでしょうか……」
私の言葉でクリスティナがしょんぼりと俯いてしまった。
クリスティナは全く悪くないのに。
「違う! ……そうではなくて、あの、クリスティナ嬢が可愛らしくて、だからっ……」
私が慌ててそう言うと、その言葉にクリスティナは驚いたように顔を上げ、そしてじわじわと頬を赤く染めた。
(うわぁ、さっきよりももっと可愛い……)
頬を染めたクリスティナと、それを見てぽかんと口を開け間抜け面を晒した私を見て、クライヴァルはやれやれと言った表情を浮かべたのだった。
そしてその日の夜、私は父上からクリスティナと私の婚約について聞かされた。
「少し早いとは思うが、クリスティナ嬢はとても優秀な娘だ。将来お前の伴侶となり王妃となるにふさわしい娘だと父も母も思っている。バージェス、お前はどうだ?今日会ってみてどうだった?」
「クリスティナ嬢が婚約者に? 父上と母上のように私たちがなるのですか?」
あの可愛い女の子が私の妻に!
妻になるということはずっと一緒にいられるということだ。
「嬉しいです、父上! クリスティナ嬢はとても可愛らしくて、まだ小さいのに私よりもしっかりしているかと思っていたら、可愛いと言っただけで頬を染めたり……けれどクライヴァルみたいに賢くて。私はクリスティナ嬢ともっと仲良くなりたいです!」
「分かった、分かった。ははは! ずいぶんと気に入ったようだな」
「はい! 父上たちと同じくらいクリスティナ嬢のことも好きになりました!」
「そうか、そうか。ではアルカランデ公爵にもそう伝えよう」
こうして私とクリスティナは婚約を結ぶことになった。
はじめは大好きな父上や、母上、クライヴァルたちと同じ好きだと思っていたが、成長するにつれて、それが男女間の好きだということに気付いた。
それに気づいた時は気恥ずかしさよりも、王族でありながら愛する人を妻に出来るなんて、自分はなんて幸運な男なのだろうと思った。
「バージェス殿下、最近はお外遊びや剣術以外のお勉強にも身が入っているようでようございますな」
いつも厳しい爺さま教師にこんなことを言われても気にしている場合ではなかった。
「クリスティナ嬢との婚約に私の幸運をかなり消費したのだ。色々な事を頑張って、善い行いをして、もっと今の内に徳を積んでおかなくては。知識や教養も身に付き、クリスティナ嬢に好いてもらえるようになる一石二鳥の計画だ! どうだ爺、良い考えだろう?」
「……はっはっは。実に素晴らしい計画ですぞ、殿下」
……あの頃の私はまだ馬鹿だった。
ただ馬鹿なりに頑張ってもいたのだ。
何でも出来るすごい奴だと思っていたクライヴァルですら、見えない所での努力を惜しまないのだとアルカランデ公爵は言っていた。
だったら私はそれ以上に努力をするしかない。
私はいつかクライヴァルを軽く超える男になってみせるのだから。
クリスティナと婚約を結んでから、クライヴァルと共にクリスティナとも行動を共にすることが多くなった。
最近だと剣術の授業を一緒に受けた。
クライヴァルの剣捌きを見て、クリスティナがすごいと手を叩いた。
面白くなかった。
私よりも歳も体も大きなクライヴァルが自分の上を行っていることは不思議ではなかったし、講師も私の歳でここまで出来れば十分だと褒めてはくれたが悔しかったのだ。
私はクリスティナにとっての誰よりも一番になりたかった。
誰よりも一番可愛いく賢いクリスティナには誰よりも格好良い優秀な男が似合うだろう。
私はそれになりたかった。
「私はクライヴァルのような男になるぞ!」
「……何ですか、いきなり」
「負けないぞ、クライヴァル。私はこの国で一番の男になるんだ! それで、クリスティナ嬢を一番幸せにするんだ!」
「それは兄としては大変嬉しいことですが、殿下はこの国の王となられるお方です。民のことを一番に考えてください。妹はその次で構いません。あれもまだ子供ですが理解しています」
正論をものすごく真面目な顔で返された。
「う、うるさいぞ!そんなことは分かっている。女の子として一番に幸せにするということだ」
「……婚約者にこのように想われている妹は既にこの国一番の幸せ者でしょう」
そう言ってクライヴァルは珍しくその顔に柔らかい笑顔を浮かべた。
(そうか、クリスティナはもう幸せ者なのか)
クライヴァルがこう言うのならきっとそうなのだろう。
そんなふわふわとした思考に水を差すように、私の頭に疑問が浮かんだ。
私はクリスティナと一緒に居られれば嬉しいし幸せだ。
けれどクリスティナは本当に幸せなのだろうか。
私はクリスティナのことが好きだけれど、クリスティナは?
元々は双方の親同士が決めた婚約だ。
そこに彼女の意思は無かったに違いない。
私は今こんなに浮かれた気持ちでいるけれど、もしクリスティナが私と同じ気持ちでなかったら。
王族や貴族の婚姻が本人の意志だけではままならないことももう十分に理解しているが、それでも私はクリスティナに好かれたい。
「クライヴァル……」
「何でしょう?」
「クリスティナ嬢は、私のことをどう思っているのだろう。お前はさっき幸せ者だと言ってくれたが、そこにクリスティナ嬢の気持ちはあるのか?」
私の問いにクライヴァルは先ほどとは違い、困ったように笑って私の頭をくしゃっと撫でた。
「バージェス様。それは私の口から言うべきことでも、聞くべきことでもありません。妹に直接お聞きください」
「うん、そうだな。ごめん、クライヴァル。今のは忘れてくれ」
こういったことを人から聞き出そうとするのは卑怯者のすることだ。
聞くなら正々堂々と、クリスティナに自分の気持ちを伝えてからだと、そう思った。
しかし、あの時クリスティナの口から自分への想いを聞くのだと決めてから、実際に私が自らクリスティナに想いを告げ返事をもらったのはだいぶ後になってからだった。
意気地のない私は「今はまだ時期尚早だ」とか「もっとクリスティナに良い所を見せてから」とずいぶんと先延ばしにした。
本当は「私はそこまで好きじゃない」とか「国王陛下からの打診だったから」などと言われるのを恐れて踏み込めなかっただけなのだけれど。
そうこうしている間に、王立学園に入学する歳になってしまった。
その頃はクライヴァルの婚約が破談になったりしたこともあり、婚約者だからと言って油断していたらどうなるか分からないと焦った私はクリスティナが好きだと言っていた青色ばかりを集めた花束を持って彼女に告白した。
「……今日は特別な何かがありましたかしら?」
「クリスティナの返答次第では特別な日になる」
「私の? 返答ということは何か質問されるのでしょうか?」
首を傾げるクリスティナの前に、持って来た花束を差し出して私は思いのたけをぶつけた。
「君が好きだ、クリスティナ。初めて君の笑顔を見たその時から、私はずっとクリスティナに恋焦がれている。親の決めた婚約者だからではなく、公爵家の令嬢だからでもなく、クリスティナのことが好きだから君の隣に立っていたい。そして叶うならばクリスティナも私と同じ想いを返してくれたらと願っている」
絶対に嫌われてはいない。
それは今まで過ごしてきた年月で分かっているが、クリスティナの気持ちが男女間のそれとは限らない。
祈るような気持ちで差し出した花束をクリスティナはじっと見つめ、そして受け取ってくれた。
「殿下、私がなぜこの色のお花が好きだかお分かりにならないの? 貴方の……バージェス様の瞳の色だからです」
クリスティナは花束をそっと抱きしめて私の目を見つめた。
「とても嬉しいです。王命だからではなく、クリスティナという私個人を望んでくださったこと、私は一生忘れませんわ。私もバージェス様を心からお慕いしております」
「クリスティナ……!」
瞳に涙を浮かべて微笑むクリスティナは、それまで見た彼女の中で一番輝いていた。
◆◇◆◇
「――懐かしいな」
「私といるのに気もそぞろだと思ったら、一体何を考えていらっしゃるの?」
「ごめん、ごめん。クリスティナを見ていたら婚約したての頃を思い出してしまってね」
「それはまたずいぶんと昔のことですわね」
「あの頃のクリスティナも可愛らしかったが、今の君はさらに魅力的だよ」
愛しいクリスティナの頬に軽く触れるだけの口付けを落とすと、彼女ははにかむように笑った。
淑女教育によりあまり表情を出さなくなったクリスティナだったが、私の前ではいつもこうして隠さずその顔を見せてくれる。
毎日毎日クリスティナのことが好きだと思う。
私のクリスティナへの想いは天井知らずのようだなと思いつい笑みが零れた。
「あら、また何か思い出しましたの?」
「いや、何年経っても君への想いは変わらないどころかますます好きになっていくなと思ってね」
「まあ! ふふふっ! 愛する人に愛されて、しかもその方が婚約者だなんて私は幸せ者ですわね」
そう言ってクリスティナは飛び切りの笑顔を見せた。
彼女がこんな顔をして笑うのだということを一体どれだけの人間が知っているのだろう。
公爵令嬢として、王族の婚約者として、普段のクリスティナの笑顔はもっと控え目であり感情を読み取らせないための鎧でもある。
上に立つ者としての重責をこの小さな肩に背負っているのだ。
私が将来父上からその座を受け継ぎ国王となった時は、父上のようにしっかりとこの国を治めてみせる。
争いも無く民が安心して暮らせるならばそれは平和な世の中だろう。
皆が笑って暮らせる世なら、彼女の肩も少しは軽くなるだろう。
それが私のすべき仕事だ。
民が笑ってくれるなら、それがひいては彼女の笑顔に繋がる。
私だけが知っているクリスティナのこの愛らしい笑顔が陰らぬように、私は生涯クリスティナを愛し、何事も頑張ろうと思えるのだ。
いかがでしたでしょうか?
こうしてラブラブカッポー(笑)は誕生しました( *´艸`)
何かバージェス意外とイイ男になったなというのが作者の感想です。
皆さんはどう思われるのか……。
本編では若干腹立たしいやつだったので見直してもらえたら嬉しいです。




