76.私の紡ぐ物語
遅くなってすみません!
その日の夜、クライヴァル様も戻ってから侯爵邸でのことが伝えられた。
曾祖父の出自や、懐中時計の仕掛けも然ることながら、降って湧いたような養子の話にみんなが驚いた。
そして私とヒューバートお義父様とで話し合いが持たれた。
「マルカ、君はどうしたい?」
あの場では私は蚊帳の外だったが、ヒューバートお義父様はしっかりと私の意見を聞いてくれた。
「私は公爵家に迷惑が掛からなければ、クライヴァル様との関係が壊されなければそれで」
一番気になるのはそこだけだ。
この話を受けようが受けまいが懐中時計は持っていても良いようだし、魔術師長様の人柄も知っている。
アルカランデ公爵家を離れることになったら寂しいけれど、この話が公爵家にとって良いように働くならフィリップス侯爵家に養子に入ることも吝かではない。
そう、ほんの少し寂しいだけだ。
「それならば、私はこの話を受けたほうが良いと考えている」
ヒューバートお義父様は少し思案した後、そう言った。
「フィリップス侯爵家はうちと同じくらい歴史のある名家だ。現当主も先代も魔術師長の地位まで上り他の家にも顔が利く。魔法に長けた一族ではあるが、そこにマルカが加わったとしても何ら問題は無いだろう。何より血縁者だ」
侯爵家の娘ともなれば、クライヴァル様との婚姻に口を出してくる者も少なくなるだろう。
まあ誰が文句を言ったところで他所様の婚姻がどうこうなるわけでもないのだが。
それでも表立って平民と侮られたりすることはないだろう。
「後ろ盾は無くても構わないが、あるに越したことは無い。己の身分を笠に着て何かを言ってくる輩には侯爵家という身分は役に立つ」
まあそんなもの無くても君は自分でどうにかしてしまいそうだけど、とヒューバートお義父様は笑った。
家の利益ではなく、私のことを考えて言ってくれているのなら私はそれに従いたい。
「……それでしたら、私はレイノルド様のお話をお受けしたいと思います」
もう婚約は済んでいる。
会える時間は少なくなってしまうかもしれないが、会えないわけではない。
未来のことを考えたら最善の選択だ。
「ではそのように話を進めよう。間にはもちろん私が入る」
「よろしくお願いします」
「ああ、ただ条件を付けようと思う」
「条件?」
「ああ。マルカは引き続き公爵家で預かる」
「え?」
通常、養子になったらその家に住む。
それなのに、ヒューバートお義父様は私をこのまま公爵家で預かると言った。
「今さら離れたくはないだろう?」
「え、でも」
「なに、花嫁修業のためとでも言っておくさ。あちらには週に一度くらい顔を出せば問題無いだろう。君はもっと我儘になるべきだ」
ヒューバートお義父様は私がここを離れるのを寂しく思っていることを見透かしていたのだろう。
その上で、私が行きたくないと言わないことも、公爵家の意思に従うことも分かっていたのだ。
「……ここに居ても良いんですか?」
「居てくれた方がありがたいよ。なにせうちのは揃って君が大好きだからな。侯爵家が何か言ってくるようなら……そうだな、クライヴァルと離れたくないと涙を見せてみるか。侯爵夫人は未だにロマンス小説が好きだと公言しておられるからいちころだろう」
ヒューバートお義父様がにやりと悪い顔をした。
それを見て思わず笑って「今のうちに泣く練習をしておきます」と返した。
それから何回か話し合いの場が持たれた。
最初はこちらが出した条件に侯爵家側は渋い顔をした。
せっかく親子になるのだからうちで過ごせば良いと言われ、特に息子しかいない侯爵夫人は娘とやりたいことがたくさんあるのにと言われた。
そこで私は計画通り泣き落とし作戦を実行した。
何回目かの話し合いの場にクライヴァル様も同席してもらい、やっと彼と思いが通じ合ったばかりなのに離れたくないと涙を流した。
我ながら完璧だったと思う。
こういう時ばかりは私の儚げと言われる容姿が役に立つ。
何も伝えていなかったクライヴァル様を動揺させ、侯爵夫人は感極まって涙を流し、想い合う二人を引き離すことなど出来ないと男性陣を抑え込んだ。
少し悪い気もしたが涙は嘘でも気持ちに嘘は無かったので許してほしい。
こうして私はフィリップス侯爵家の娘となった。
引き続き公爵家でお世話になってはいるが、週に1回は魔術師長様――改め、フェリクスお父様と共に侯爵邸へ帰り、魔法談議に花を咲かせている。
そのうち、今はどこかの魔法省支部に行っているというお兄様にも会うことになるだろう。
侯爵夫人のローザお母様は「花嫁修業は公爵夫人にお任せするけれど、嫁入り準備は私の仕事よ!」と今から張り切っている。
まだ学生なのだから早すぎではという私の言葉には、時間はあっという間に過ぎるもので、一生に一度のことなのだから早すぎるくらいがちょうど良いのだと怒られた。
それを見てフェリクスお父様は苦笑を浮かべていたが、付き合ってやってくれと言われた。
勢いで決まったような養子縁組だったけれど、歓迎されているようで嬉しく思った。
私が父母と呼ぶ人たちはみんな素晴らしい人たちだ。
今まで色々な事があったけれど、私は本当に周りに恵まれていると言ったら、公爵一家も、侯爵一家もみんな揃って「マルカがきちんと自分を持って、道を間違えずに努力してきたからだ」と言われて、ふと幼い頃に母様に言われた言葉が頭を過った。
『自分がやられて嫌なことを人にしては駄目。いーい、マルカ?笑顔の周りには笑顔が、優しさの周りには優しさが集まるの』
(本当に、母様の言う通りだったわ)
今の私はマルカ・フィリップス。
ただのマルカから偽物の伯爵令嬢になって、一度平民に戻って今度は本物の侯爵令嬢になった。
そしていずれ公爵夫人になる。
我ながら非凡な人生だと思う。
「昔の自分が聞いたら驚くでしょうね」
「ん?今こうしていることか?」
クライヴァル様と手を繋いで庭園の花々を眺めながら零した言葉はしっかりと彼の耳にも届いていたようだ。
「そうですよ。とんだサクセスストーリーだと思いませんか?」
私だってこんなこと起こるわけがないと笑ってしまうだろう。
でも実際自分の身に起きているのだから人生とは分からないものだ。
「そうだな。だが作者はマルカじゃないか。君自身がこの物語を作り上げてきた」
「クライヴァル様もその一端を担ってますからね」
「光栄だよ。ずっと登場し続けたいものだな。ヒロインの隣にはヒーローの存在が欠かせないだろう?」
「……ふふっ!」
そんな事をクライヴァル様がおどけて言うものだから、私は一瞬きょとんとした後クライヴァル様と笑い合ったのだった。
私の名はマルカ。
ここはまだゴールじゃない。
私の物語はまだ始まったばかりだ。
とりあえずここで一段落(・∀・)
まだ書くつもりなので敢えて完結にはしていません。
ただ更新は遅くなる予定です。
マルカの両親の話書き始めました!
興味のある方は読んでいただけると嬉しいです。
「悲しみを乗り越えて 〜マルカの親の物語〜」
マルカシリーズからも飛べます。
ブクマ&評価&感想、誤字報告等ありがとうございます!
また近い内にお会いしましょう(≧▽≦)




