75.懐中時計の秘密
結論から言おう。
私の曾祖父はフィリップス侯爵家の人間だった。
それも魔法に長けた一族の中でも天才と言われるほどの人物だったらしい。
曾祖父の名はアーノルド・フィリップス。
今、私の目の前に座るフィリップス侯爵家先代当主、レイノルド・フィリップス様のお兄さんだそうだ。
決め手となったのは、やはり私の持っている懐中時計だった。
私たちがフィリップス侯爵邸に着くと、魔術師長様と侯爵夫人に温かく迎え入れられた。
魔術師長様とヒューバートお義父様は旧知の仲らしく、挨拶もそこそこにレイノルド様のいる部屋へと案内された。
自己紹介をされ、ここにはフィリップスがいっぱいいるからレイノルドと呼んでくれと言われ、促されるまま席に着くと目の前に懐中時計が置かれた。
私の持っている物と同じ、と言えるくらいそっくりだった。
「だいぶ待たせてしまったから早速だが話をしようか」
驚くことに、ここまでの所要時間は僅か15分足らず。
確かに早く知りたいし、無駄の無いこの感じ、嫌いじゃない。
そうして始まったレイノルド様の話によると、曾祖父のアーノルドはフィリップス侯爵家の嫡男として生まれたが、貴族にしては自由過ぎるほどに自由で、ふらっといなくなっては帰ってくるというような掴み所のない変わった人だったそうだ。
それでも魔力の高さと魔法の実力は目を瞠るものがあり、『役立つ魔法・応用編』の著者であるレイノルド様たちのお父様を以てしても天才と言わしめるほどで、いずれアーノルドがこの家を継ぐと誰もがそう思っていたらしい。
「しかし兄アーノルドはある時、好きな女性が出来たから家を出ると言ったのだ」
何でも、出先である女性に惚れこんだが、彼女は貴族のご令嬢で一人娘。
その女性と添い遂げるために家を出るからレイノルド様に家を継いでくれと言ってきたらしい。
もちろん当時の侯爵様は馬鹿を言うなと大反対で話を付けてやるからその女性を連れて来いと言ったらしい。
相手が誰であるか、頑なに言わないアーノルドだったがレイノルド様にだけは少しだけ教えてくれたそうだ。
「他国の貴族のご令嬢だということだった。父は兄に家を継がせたがっていたし、能力から言ってもこの国から出て行くことなど絶対に許さないことは分かっていた」
暫くは揉めに揉め、アーノルドに付いた監視の目も厳しくなり、諦めたかのように見えた。
「だが兄は一度決めたら絶対に引かないということを私は分かっていた」
ある時アーノルドは「これ、お前にやる。迷惑料だと思ってもらってくれ」と言って、この家に生まれた時に一人一つ与えられる希少なトパズを渡してきたそうだ。
いずれ兄はどうにかしてこの国を出て行くだろう。
そう思ったレイノルド様は少しでも繋がりとなる物を残したくて、この懐中時計を作ったらしい。
「私は自由な兄が大好きだった。だから彼には家に縛られず、自由に生きて欲しかった。けれど、大好きだったからこそ心配だったし、繋がりを切りたくなかった」
万が一の時はこのトパズを売れば金になる。
そうでなくても自分と兄弟だった証として持って行ってほしいと懐中時計をアーノルドに渡したらしい。
「父がいる間は無理でも、私が継いだ後は何か困った事があれば力になれるだろうと言ったが、兄にはそんな都合の良いことはしないと言われてしまったがね」
懐中時計を渡して数日後、監視の隙をついてアーノルドは姿を消した。
侯爵様は必死にアーノルドを探したが、結局見つけることが出来ず、レイノルド様が家を継ぐことになったのだそうだ。
「まさかトリッツァに行っていたとはな。何度か目撃情報はあったが、いずれもトリッツァとは反対の方向だった。兄のことだからお得意の魔法で何かやったのだろうが、父を撒くとは、流石兄上だと思ったな」
その後も連絡が来ることは一切無かったそうだ。
「それが今になってこの時計を目にすることになるとは。……人生何があるか分からないものだ」
父様も母様もいない今となっては、アーノルドがこの国を出てからどのように過ごし、どのように人生を終えたのかを知る術は無い。
けれど、レイノルド様はアーノルドがトリッツァに行き、おそらく愛する者と結ばれ子孫を残していたということが知れただけでも十分だと言った。
「あの兄のことだ。きっと最期まで自由に楽しんでいたに違いない」
そう言ったレイノルド様の顔はどこか晴れ晴れとしていた。
「さて、この懐中時計だが、確実に私が兄に贈った物か分かる方法があるのだよ。ちょっと時計を貸してもらっても良いかな」
レイノルド様は私から懐中時計を受け取ると蓋を開け、内側の鏡部分を指すと「見ていなさい」と言って何かを呟いた。
鏡部分を指していたレイノルド様の指が光ると、それを受けた鏡が光を反射してテーブルに当たると、そこには何かの模様が浮かび上がっていた。
「これは……!」
「ああ、やはり私が贈ったものに間違いない。これは我が侯爵家の紋章だ」
レイノルド様は同じように自分の持つ懐中時計にも光を当てた。
鏡面に当たり反射した光は私の持つ物と全く同じ模様を映し出した。
「マルカ嬢のご両親がこのことを知っていたら何か力になれたのかもしれないが、今さらだな。さあ、私が話せることはこれで終わりだが、他に何か聞きたいことはあるかな?」
「いえ、大丈夫です。全てが分かってスッキリしました。ありがとうございます」
私がお礼を言うと、レイノルド様はゆるゆると首を横に振った。
「いや、礼を言うのはこちらの方だ。ずっと気になっていた兄のその後を僅かでも知ることが出来、血縁の者にまで会うことが出来た。感謝する」
そう言ってレイノルド様は柔らかく微笑んだ。
その後はヒューバートお義父様や魔術師長様たちと楽しくお話をした。
特に、魔法談議ではヒューバートお義父様を置き去りにして大いに盛り上がりを見せ、あっという間に時間が過ぎた。
そしてそろそろお暇しようかということになり、私はあることが気になった。
「あの、この懐中時計は私が持っていても良いのでしょうか」
もちろん親の形見だし、誰にも渡したくは無いのが本音だ。
けれど、レイノルド様にとっても大切な物であることにも違いない。
「何を言うか。これはマルカ嬢にとって大切な物だろう。君が持つべき物だ。大事にしなさい」
「そう言っていただけると嬉しいです。――ですが紋章が」
レイノルド様の言葉にほっとした。
しかし特殊な方法とは言え、フィリップス侯爵家の紋章が入っている物を私がこのまま持っていても良いのかどうか気になってしまった。
レイノルド様は顎に手をやり少し考えた素振りを見せると徐に口を開いた。
「これは言おうかどうか迷っていたのだが……。君は今、公爵家に身を寄せているのだったな?」
「はい」
「血縁の者もいない」
「そうです」
「君さえ良ければだが――フィリップス侯爵家に入る気は無いか?」
「……え?」
一瞬何を言われたのか分からず固まってしまう。
よくよく聞けば、紋章入りの物を持っているのが気が引けるのならばいっそうちの子になってしまえば良いということだった。
あまりの急展開についていけない。
「どうだろうか?マルカ嬢が優秀であるということは息子からも聞いているし、魔法を好いているのも話していてよく分かった」
確かに魔法は好きだし、魔力も高い方だ。
侯爵家とは少しだが血の繋がりもあるが、私はもう新しく家族となる人を見つけてしまった。
どう返すのが良いのか困ってヒューバートお義父様に視線を向けるが、それに気づかずレイノルド様は話を続ける。
「心配せんでも君のその目を見れば誰も反対はしないだろう。金混じりの鳶色の瞳はうちの家系に多く出る。ああ、もし養子が嫌なら孫の嫁はどうだ?あれも魔法に傾倒しているから話は合うと――」
「父上、それはちょっと……」
「なりません」
よほど気に入られてしまったのか、とんでもない方向へと向かい始めたレイノルド様の話に魔術師長様とヒューバートお義父様が待ったを掛けた。
「マルカはうちのクライヴァルの婚約者ですので、そう言った話ならお断りさせていただきます」
「あらまあ!」
「もうそこまで?正式に婚約したのか?」
侯爵一家が驚きの声を上げた。
「つい先日。陛下のサインもいただいておりますよ。ですからマルカは大事な嫁ですのでフェリクスの息子にはやれません」
「ヒューバートお義父様……」
「む、もう父と呼ばせているのか。アルカランデ公爵、君は昔から良い意味で手が早いな」
「お褒めに与り光栄です」
ヒューバートお義父様が笑い、レイノルド様は残念そうに溜息を吐いた。
しかし、次の瞬間にやりと笑う。
「だったらなおのことうちの養子に入ると良い。平民としてより侯爵家の娘として嫁いだ方が箔が付くし五月蠅い声も減るだろう。うちとしても公爵家と縁を結べて利点しかない。どうだ?」
レイノルド様がヒューバートお義父様と魔術師長様たちを見る。
すっかり私は蚊帳の外のようだ。
魔術師長様たちは異論は無いどころかむしろ乗り気で、後はこちらがどうするかという雰囲気だった。
「少し考えさせていただいても?」
「もちろんだ。答えは急がない」
流石にその場ですぐに返事をすることは無く、私たちはフィリップス侯爵邸を後にした。
一つ問題が解決したと思ったらまた次の問題。
なかなか落ち着かない人生だと、どこか他人事のように思ったのだった。
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暑い日が続きますが、みなさんも体調にはお気をつけください(・∀・)ノ゛




