74.ちょっとした変化
ちょっと短めです。
あれから数日が経ったが、懐中時計問題はまだ停滞中だ。
全く進展していないというわけではなく、魔術師長様のお父様は領地にいるため、王都にやってくる際に連絡を貰うということになっている。
一応あと数日中にはこちらに来てくれるらしい。
そして先代フィリップス侯爵様の王都への到着を待っている間に変化したことがいくつかある。
一つは公爵様と公爵夫人の呼び方だ。
クライヴァル様の婚約者となり、いずれ家族になるのだから他人行儀な呼び方は止めてくれと言われ、ぜひお義母様と呼んでくれと言われたのでリディアナお義母様、公爵様のことはヒューバートお義父様と呼ぶようになった。
ちなみに、ヒューバートお義父様が私のことをマルカ嬢ではなくマルカと呼ぶようになったのだが、これに不服な顔をしたのがクライヴァル様だ。
「クリスティナだけでなく父上までも……私だってマルカと呼びたい」
「……呼べば良いんじゃないでしょうか」
額に口づけまでしておいて今さらそんなことで拗ねるとか。
クライヴァル様の遠慮する点がよく分からず苦笑してしまう。
名前くらいどうぞご自由にと言うとぱっと明るくなって「良いのか?」と聞いてきた。
「良いも何も、私もその方が嬉しいです」
「――マルカ」
「はい」
「マルカ、良い名だな」
「ふふっ、そうでしょう?」
私が自慢気に笑うと、クライヴァル様も笑みを返してくれた。
ここは私もクライヴ様と呼ぶべきかと考えたが、当の本人からクライヴァルでもクライヴでも好きなように呼んで構わないと言われ、考えた末にこのままクライヴァル様と呼ぶことにした。
「特別な呼び方に憧れが無いわけではなんですけど……何と言うか、クライヴァル様はクライヴァル様って感じなんですよね。一番しっくりくるっていうか」
「私としては君の口から名を呼ばれるだけでも嬉しいから呼ばれ方にはさほど拘らない。それに同じクライヴァルでも以前よりマルカの想いが詰まっているように感じるからそれで十分だ」
「……そんなに違います?」
「どうかな?私が勝手にそう思っているだけかもしれないが」
クライヴァル様は隣に座る私の手を取ると「勘違いだったか?」と聞いてきた。
私は笑顔で首を横に振り、重ねられた手を握り返した。
最近のクライヴァル様はようやく私の許可を取ることをしなくなった。
手を握られるのにいちいち確認されるのは逆に恥ずかしいから止めてほしいと頼んだ時に知ったのだが、以前私の手の甲にした口づけを思い切り拭われたのが相当堪えたらしく、どうにも慎重になってしまうということだった。
「馬鹿ですねぇ。今の私が拒むわけがないじゃないですか」
私が呆れたようにそう言うと、自分のことを馬鹿だなんて言うのは君くらいなものだと嬉しそうに抱きしめられた
そんなやりとりを経て今があるわけだが、私は自分が意外に愛情表現をしっかりするタイプだということを初めて知った。
人前でベタベタするのは好きではないが、二人の時には甘えたくなるし、好きだという気持ちを伝えたくなる。
手を繋ぐのも、抱きしめられるのも、恥ずかしいけれどそれ以上に嬉しいし幸せを感じるから好きだ。
クライヴァル様も幸せそうに笑ってくれるからかもしれない。
ここまでの話だと、私たちはお互い初めての恋にどっぷり浸かってしまっていると思われるかもしれないが、そうならないのがある意味私たちらしくもあった。
王宮で会ってもお互い仕事中なので挨拶を交わす程度で、クライヴァル様は殿下に「お前たち婚約したんだよな?」と聞かれるくらい今まで通り、変わったことはクライヴァル様の私の呼び方くらいだ。
クライヴァル様は相変わらず殿下の側近として忙しくしているし、私も引き続き魔法省に実習に行ったり、時々学園で授業を受けたりと忙しい。
さらに今までの生活に加え、リディアナお義母様から話し方やお茶会での振る舞い、手紙の書き方、近隣の国の言葉、ダンスなども教わっており、目まぐるしく毎日が過ぎている。
リディアナお義母様も忙しい中教えてくれているので何事も無駄には出来ないと気合が入る。
このお屋敷にお世話になり始めた当初はお嬢様扱いで身支度の手伝いなどをされていたが、一旦使用人として扱ってもらってからはそれら全ても自分で行うようになっていたのだが、再び世話係として侍女さんが宛がわれた。
遠慮する私にリディアナお義母様は、貴族の妻になるのならば人を使うこと、人の上に立つことを覚えなければならないと言った。
そう言われてしまっては、これに関しては慣れるしかないと諦めた。
そうこうしている内に魔術師長様のお父様が王都に到着したと知らせが来た。
クライヴァル様たちとの日程を合わせることが難しく、フィリップス侯爵邸には私とヒューバートお義父様でお邪魔することに決まった。
「私が一緒に行きたかったのだが、残念だ」
夕食時にクライヴァル様が心底残念そうに言う。
ここまで私の両親のことを調べてくれたのは間違いなくクライヴァル様だ。
しかし日程が合わないのではどうしようもない。
今回会うことになったフィリップス侯爵家の先代当主は齢80を超えるご老体だ。
遠路はるばる私の持つ懐中時計の為に王都まで来てくれる相手の都合に合わせるのは当然のことであるし、クライヴァル様が自分の都合だけで仕事を休むことなど出来ないというのも勤める者として仕方がないことである。
「もう少し早く日が分かっていれば休みを申請することも出来たんだが」
「まあまあ。私がしっかり話を聞いてくるからお前はしっかり仕事に励め」
「それにしてもどんなお話になるのかしらね。やっぱりマルカの曾祖父君がフィリップス侯爵家の血筋の方なのかしら?」
「お止めなさい、クリスティナ。まだマルカさんの懐中時計がフィリップス侯爵家の物と似ているというだけで、本当に関わりがあるかどうかも定かではないのだから」
「そうよね。マルカ、ごめんなさいね」
リディアナお義母様に窘められてクリスティナ様から謝罪を受ける。
「いずれにしても、直に全て分かる」
曾祖父が何者であれ、私たちの関係は変わらないのだから不安に思うことは無いとヒューバートお義父様は穏やかに言った。
与えられた自室に戻り、懐中時計を眺める。
リディアナお義母様はああ言ったが、曾祖父がフィリップス侯爵家に関わりのある人物であることは十中八九間違いないと誰もが思っているはずだ。
そうでなければ先代当主がわざわざ王都まで確認しにやって来るはずがない。
この懐中時計に関して何かしら思い当たるのだろう。
それに、親近感が湧くと言われたこの金色交じりの鳶色の瞳のこともある。
「話を聞かない事には考えても仕方ないわね」
とりあえずは、この解決しきらなくてモヤモヤした感じが取り除ければそれで良い。
フィリップス侯爵家に伺うのは2日後。
不安よりも待ち遠しく感じている自分は精神的に強いのかもしれないと思ったが、それと同時に私が何者であれ、マルカとして求めてくれる人がいるということが強くしてくれているのかもしれないと、そんな風に思った。
いつも読んでいただきありがとうございます。
次回はやっとこさ懐中時計の秘密(?)というか、ひいじいちゃんが何者だったのかが判明する予定です。
暫しお待ちを。
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