69.予想外な繋がり?
ブルームさんが執務室を出て行って、部屋にはクライヴァル様と殿下、魔術師長様、そして私の4人だけとなった。
「マルカ嬢の父君は貴族は貴族でも他国の者であったな。しかもすでに無くなっている国ともなれば、マルカ嬢の立ち位置的には特に変わることもないか。良いような、悪いような」
殿下が溜息交じりに言った。
私としてはこの国の面倒な――例えばアルカランデ公爵家を良く思っていない家とかではなかったので特に問題無いと思っている。
「私にとっては悪い結果ではなかったですよ。貴族であってもなくてもやるべきことに変わりはありませんから」
「やるべきこと?何だ、それは」
何気なく言った言葉にクライヴァル様が反応する。
「……やるべきことと言うか、今後の目標と言うか」
クライヴァル様は、顔に笑みを貼り付けて曖昧に質問に答えた私をじっと見た。
「……マルカ嬢、何か隠していないか?」
「いいえ、何も」
お願いだからそれ以上詮索しないでほしい。
目標とは何かと聞かれて、クライヴァル様の隣に立っても恥ずかしくない、みんなから認められる人になりたいなどとこの場で言えと言うのか。
いや、言えない。
クライヴァル様からの告白に対してまだきちんと返事をしていないのに、それをすっ飛ばして言えるわけがない。
物事には順序というものがある。
それ以前に私の心の準備が出来ていない。
父様たちの話を聞いたばかりで表面上は取り繕えても、心の中はまだ落ち着いていないのだ。
もっと落ち着いた状態で返事をさせてほしい。
「とにかく!両親のこともきちんと知ることが出来ましたし、後はまた帰ってからお話ししましょう」
「まあ、そうだな。一気に色々なことが分かって君も動揺しているだろうし。殿下」
「ああ、もう解散といこう――と、言いたいところだが、魔術師長はもう良いのか?」
殿下が魔術師長様に目をやってそう聞いた。
「どういうことですか?」
魔術師長様がどうかしたのだろうか。
そもそもなぜ魔術師長様がここに同席していたのかも私はよく分かっていなかったが、殿下たちは何か知っているのだろうか。
「魔術師長はマルカ嬢のその懐中時計で気になることがあると言っていてな。おそらくマルカ嬢の父君の話の中で時計のことも語られるだろうからと同席させたのだが。どうだ?解決したのか?」
殿下からの問い掛けに魔術師長様は「恐らく、ですが」と答えた。
そしてそのまま私を見ると、難しそうな顔をして口を開いた。
「その懐中時計の元の持ち主、マルカ嬢から見ての曾祖父君はダルトイ家に婿入りした者だと先程ブルームが言っていたでしょう?」
確かに先程ブルームさんは父様のおじい様が婿入りの際に持って来た物がその後ダルトイ家で受け継がれていると言っていた。
それがどうかしたのだろうか。
「恐らくですが、その方は当家――フィリップス侯爵家と関わりのある者の可能性が高いかと思われます」
「は?」
「え?」
「それはどういうことでしょう?」
私と殿下が揃って間抜けな声を出し、クライヴァル様が冷静に聞き返した。
魔術師長様の家と関わりがあるとはどういうことなのか。
何故、可能性が高いと言えるのだろう。
色々な疑問が頭の中を巡る。
(最初にこの懐中時計を見た時から魔術師長様は何か考えているようだった。名前よりもこの時計自体が魔術師長様の家との繋がりを示す物ということ?)
私のこの考えを肯定するように、魔術師長様は私の懐中時計と同じ外装の物がフィリップス侯爵家にもあるのだと言った。
「同じようなデザインの物があっても不思議ではないのではないか?」
「確かに似たような物は多く存在しますが、こちらは何から何までうちの先代の持っている物と似通っています」
だからこそ一度確認させてもらいたいと魔術師長様は言った。
父様が伯爵家の出身だったということや亡くなった経緯を聞いて既にいっぱいいっぱいなのに、曾祖父はこの国の侯爵家と関わりのある者の可能性まであると聞かされて、私の頭の中はもう整理が追い付きそうもない。
(どういうことなの?父様と母様は元々今は無きトリッツァの民で、ひいおじい様はこのリスハールの民だったということ?でも父様たちがこの国に逃げてきた時に助けてくれたのはカタタナ村の人なのよね?私もまだ幼かったとはいえ、母様からそんな話聞いたこともないし……もしかして母様もそこまでは知らなかった?……もしかしたら父様も?知っていたらその血縁の者に保護を求めていたんじゃない?)
殿下と魔術師長様が何か話しているようだったが、混乱しながらあれこれ考えている私の耳には入って来なかった。
しかし、クライヴァル様の「よろしいですか?」と言う声が聞こえ、意識をそちらに戻した。
「魔術師長のお話も分かりましたが、今日は一旦ここまでにしませんか?マルカ嬢も色々と事実を知って少なからず動揺していると思いますし、その懐中時計に関してもフィリップス侯爵家にあるとは言え持ち主は先代ご当主なのですよね?フィリップス侯爵家にある懐中時計を実際にご覧になったことのある魔術師長が似通っていると仰るのなら間違いないでしょうが、一応先代ご当主にもマルカ嬢の父君の話を伝えて反応を見たほうが良いのでは?現段階では確定的なことは言えなさそうですし、無駄にマルカ嬢の期待や不安を煽るようなことは避けたほうが良いと思うのですが、いかがでしょうか?」
「む、それもそうだな」
「マルカ嬢はどうだ?」
「そう、ですね……正直今はもう何が何だか、少し混乱しているのでそうしていただけるとありがたいです」
「魔術師長はいかがでしょうか?」
「私もそれで構わない。マルカ君さえ良ければ父にその懐中時計の話と君の父君の話をしても構わないだろうか?」
「はい」
「ではまた後日ということで。もう日も傾く時間帯ですし、ここまでとしましょう」
クライヴァル様の言葉に時間を確認し、もうこんなに時間が経っていたのかと驚いた。
どうやら、私たちは意外に長く話し込んでしまっていたようだ。
「もうそんな時間か。クライヴ、お前も今日はもう帰って良いぞ。マルカ嬢を送ってやれ」
「殿下、お心遣いは有難いですが私なら一人で大丈夫です」
「目元を濡らした令嬢を一人で帰らせるわけないだろうが。それにクライヴも視察帰りだ。早く帰して休ませる」
私一人のことを気遣ってと言うだけならもう少し食い下がっただろうが、クライヴァル様のことまで言われては私はもう何も言えない。
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます。殿下もお疲れでしょう。しっかり身体を休めてくださいね」
「そうさせてもらう。ああ、クリスティナにもよろしく伝えておいてくれ」
殿下とクライヴァル様が挨拶を交わす中、私は魔術師長様に呼ばれた。
「マルカ君。近い内にまたその懐中時計のことで話をすることになるだろうが、父に話を通してからとなると今日、明日中ということにはならないと思う」
「はい、私の方はいつでも」
「ご両親の話で辛いこともあっただろうにすまないね」
「そんなこと!元はと言えばその両親の話からこういうことになっているわけですし、むしろ申し訳ないと言うか」
「はは。そんなことは気にしなくても大丈夫だ――ああ、ほら呼ばれているよ」
魔術師長様の視線を追って後ろを向けば、クライヴァル様が「帰ろうか」とやって来た。
殿下はこの後魔術師長様と少し話をするので先に退出して良いとのことだった。
挨拶をして先に執務室を後にする。
廊下に出て窓の外に目をやれば、空は夕焼けに染まっていた。
ブクマ&評価&誤字報告ありがとうございます。
雨が続き、じめじめと蒸し暑い日が多くなりました。
3日に1回位はカラッと晴れてほしい。
皆様も体調にお気を付けくださいね。
少しでも雨の日を過ごす楽しみとなる物語にしていけたらなーと思います(´▽`*)




