67.名前の由来
辛い話を聞かせてしまってすまないとブルームさんに謝られたが、父様たちのことを知りたがったのはこちらの方だし、この話を聞いたことで母様の内面の強さの理由が分かった気がした。
「それで、リスハールに来てからはどうだったんだ?子供二人では生きていくのは厳しいだろう」
殿下がブルームさんに話の続きを促した。
「それが、森の中で力尽き行き倒れていたところを、カタタナ村の住人に助けられたそうです。そしてその後も、村人の家に世話になり、そして15になってここに来たのだと」
「……待て。今の話のどこに魔法を使えない理由があった?」
「それはこれから説明します。ここまではマルカさんのご両親がこのリスハール王国に来た理由です。そして、問題のマシュハット君が魔法を使えない理由は、やはり25年前の事件の時に起きたことが原因なのです」
「……これ以上まだ何かあるのか?」
殿下がげんなりとした表情で尋ねた。
ブルームさんが父様に聞いた話によると、襲撃事件の際に多くの者は殺されたが、幼い子供は奴隷にするために生かしたまま残されたらしい。
この時父様は、王宮魔術師だった父親――私のおじい様に付いて一緒に王宮に来ていたらしいのだ。
そして目の前で父親を殺され、思わず敵の前に出てしまったところを捕らえられた。
魔術師の息子であると分かると、高い魔力を持っていたらこの先厄介だと言う理由で魔道具を埋め込まれたのだという。
「胸に、魔道具?」
「ええ、その当時ジェント王国が生産を得意としていた小型の攻撃型魔道具です。マシュハット君の、この辺り、ここにその時の傷跡が残っていました」
そう言ってブルームさんは自分の心臓の横辺りに指を当てた。
魔道具はある一定の量を超えた魔力を流すと風の刃が飛び出す仕組みの物だったらしく、それ故に父様は魔法を使うことは出来ない、魔法を使えば自分は死ぬだろうと言ったそうだ。
「子供に、何と惨いことを……」
当時ブルームさんも同じことを思ったようだが、父様はあの場で殺されていても不思議ではなかったのだから命があるだけ運が良かったのだと言ったそうだ。
この事は魔法省本部にも伝えられたらしい。
「初耳だな」
魔術師長様がそう言えば、ブルームさんは「この事は極一部の者しか知らないことですから」と答えた。
「支部でマシュハット君の魔力測定に関わった者には箝口令が敷かれ、当時の魔術師長、魔術師長補佐、国王陛下のみが知っている話です」
いくら魔力が高く伯爵家の出だったとしても、この国では平民であった父様が心無い者に利用されることを防ぐためにこの措置が取られたのだと言う。
「本人が魔法を使えないと言ったとしても、それを信じない者もいるでしょう。信じたとしてもその魔力を家に取り込むために利用する者もいるかもしれない。マシュハット君自身がそれを望んでいるのだったら我々も隠しはしませんでしたが、彼はそれを望んでいなかった。モニカさんと慎ましく穏やかに生きていくことを望んでいました。だから当時の魔術師長たちは他の貴族に漏れないように箝口令を敷いたのです。……まあこれも彼が亡くなったのと同時に解かれましたが」
基本的に貴族に比べると平民の魔力量は低いと言うのが常識であり、魔力測定を行った年に貴族の目から隠すことが出来れば、その後目に留まる機会はほぼ無いと言っても大げさではなかった。
念のため数ヶ月に一度は父様と連絡を取り合い、その後問題は無いかということを確認してくれていたそうだ。
因みに、魔力が高いのに使えないのだから制御を覚える必要も無いだろうと父様は考えていたようだが、命の危険があるなら尚更暴走しないよう、どこまでの魔力なら問題無く使用できるのかを知っておくべきだとブルームさんたちに言われて、少しの間制御を教わっていたらしい。
「結果的に平民が生活で使用する程度の魔法なら問題無く使用することは出来ました。しかも覚えるのも早かった。この魔道具さえなければと、何度も思いましたね」
あっと言う間に魔法の制御を覚えた父様は村へと帰って行ったそうだ。
そして2年後、今度は母様がやって来た。もちろん父様が付き添って。
「本当にマルカさんとよく似ていましたよ。ずっとにこにこしていてね。やはりどことなく品があったから、マシュハット君と二人並ぶとお忍びで遊びに来た貴族の子って感じでしたねえ」
懐かしむようにブルームさんは笑った。
魔力測定で示した色は薄青色だったが、母様はその結果をとても喜んだらしい。
普通なら黄色以上を示すことを望む者が多い中、母様の反応は珍しかった。
残念には思わないのかと聞けば、黄色以上だったら父様と離れなくてはならないからこの結果で良かったのだと微笑んだと言う。
「あー……二人はその時すでに?」
「ええ、恋人同士でしたよ。まあ言われなくても互いに大切に想っているのは見れば明らかでした」
父様が魔力制御で少しの間、魔法支部に留まることになった時も、早く制御を身に着けて村に戻りたい、大事な人を村に残してきているのだと父様は言っていたらしい。
だから父様も、母様の魔力がさほど高くなかったことに安堵したそうだ。
二人は村の暮らしがよほど性に合っていたのか、滅多に来ることのない街だと言うのに魔力測定が終わると、翌日には村へと戻って行った。
暫くすると定期的に交わす連絡とは別に、父様からブルームさんの元へ手紙が届けられた。
その中で父様は、母様と結婚し、幸せに毎日を送っていると報告があったらしい。
ブルームさんはその手紙を読んで心の底から祝福したそうだ。
「私は結婚もしていないし、子供もいない身だったけれど、何と言うか子供の巣立ちを見守るような、そんな気分になったのだよ」
そしてその翌年には子供を授かったと連絡があったそうだ。
子供が移動に耐えられるくらい大きくなったら家族三人で会いに行くと書かれていたらしい。
「そうだ。マルカさんは自分の名の由来を知っているかい?」
「由来ですか?いえ、聞いたことは無いです」
トリッツァにはリスハール王国には無い独特な名前の付け方があったらしい。
「父親の名の一文字目と、母親の名の最後の文字を子供に与えるんだ。父と母が子を守るという意味を持つらしい」
「子を守る」
「そうだよ。マシュハット君の“マ”と、モニカさんの“カ”が付く名を君は生まれて初めての贈り物として貰った。そして君はマルカになったんだ。他にもマリューシカや、マニファリカ、マーレティカなんて候補もあったそうだが、最終的にはマシュハット君が愛する妻と同じ響きを選んだと手紙には書いてあったんだよ」
ブルームさんはそう言って私を見て微笑んだ。
幼い頃に亡くなってしまったけれど優しかった記憶のある父様、それからもずっと私を愛してくれた母様。
私はこの世に生まれ落ちたその瞬間から、いやきっと母様のお腹に宿ったその時から二人に愛されていた。
「マルカ」と名前を呼ばれるだけで幸せで温かい気持ちになったのは、そんな二人の想いのこもった名前だったからに違いない。
私が、私であるということを。
私を確かに愛してくれた人がいたということを。
この「マルカ」と言う名前が教えてくれているのだ。
私の名はマルカ。
なんて素晴らしい名前だろう。
今まで以上にこの名前が誇らしい。
この名前さえあれば、これから先どんなに辛いことがあっても乗り越えていける。
本気でそう思った。
名前の付け方設定は大分前に考えていたので、ようやく書けてほっとしています。
ブクマ&評価&誤字報告ありがとうございます。
頑張るぞー( `▽´)ノ




