58.実習一日目
少し短めです。
魔術師長様とお喋りをしながら、開発棟や魔道具管理棟などを案内してもらう。
どこもかしこも思っていたよりも人数が少ないのが印象的だった。
さらに言うなら女性の姿は本当に少ない。
魔術師長様曰く、元々魔法省に入ることが出来るのは魔力の高い者たちのみなのだが、そのほとんどが貴族だ。
貴族は王宮や魔法省で働く者もいるが、それ以外にも自身の領地経営に集中する者も多いのだそうだ。
魔術師長様だけでなく、アルカランデ公爵様も王宮で働いているので、貴族はみんな王宮で働くものだと勝手に思っていた。
よくよく考えれば、子が一人しかいない地方貴族にそれは難しいこともあるだろうし、学園で王宮の文官や騎士を目指していたのも嫡子以外の人が多かった。
第一全員がここで働いていたら王宮も魔法省も無駄に人が多くなってしまうだろう。
「貴族の娘として生まれたならば、働かずに結婚するということも多いしね。それに、文官と魔術師では圧倒的に文官を目指す者が多いんだよ」
「それは何故でしょう?」
「簡単なことだ。皆戦場には行きたくないからさ」
「戦場……なるほど、よく分かりました」
流石に魔術師が矢面に立つことは無いが、それでも戦いの場では危険なことも多いだろう。
そんな場所に、自らを鍛え上げた騎士ならまだしも貴族の人たちが行きたがるとは思えない。
今は平和なこのリスハール王国だが、この先も絶対に戦が無いという保証は無い。
こちらが仕掛けることは無くても、他国から攻撃されたら応戦しないわけにはいかないのだから、そうなった場合はもちろん魔術師は後方支援とは言え戦に参加することになるだろう。
「ありていに言えば、魔法省は不人気職ということですね」
「……はっきり言ったな。毎年一人でも新人が入れば良い方だな。役立つ魔道具を作ったり、新たな魔法を考えたり。この国の発展に関われるかもしれない立派な仕事なんだがね。おまけに給金も良い」
魔術師長様はそう言うけれど、貴族の人たちって自分の生活にどれだけお金がかかっているかなんてあまり考えてなさそうだと思うのは偏見だろうか。
もちろんみんながみんなそうだとは思わないが、少なくともお金に困る生活と言うのは縁遠そうだ。
そんな私の考えを見透かすように魔術師長様は顔に苦笑を浮かべた。
「まあ高位貴族の子供たちに給金がどうのと言ってもあまり効果は無いがね」
「ではどのような方が魔法省で働くことを希望されるのでしょうか」
「そうだねえ。純粋に魔法や魔道具が好きな者、騎士にはなれない代わりに魔法で強くなりたい者、文官として書類仕事に追われるよりは魔法省の仕事の方が楽そうだと思っている者……うーん、そんなところかな。――ああ、ほら。ここが訓練場だ」
渡り廊下を抜けて魔術師長様が指で指示した場所は低い壁で囲われた大きな円形の広場のようになっていて、そこに三人の男女がいるようだった。
びしょ濡れになり髪や服から水を滴らせた女性が男性の胸ぐらを掴んで何かを叫んでいるようだったが、声は聞こえてこなかった。
「何かあったんでしょうか?それに、声が――」
「ああー、まあいつものことだろう。声に関してはこの訓練場は使用中は防音魔法を作動することになっているから聞こえないだけだよ」
なるほど。
どうりですごい剣幕で怒っているようなのに全く声が聞こえてこないわけだ。
それに音が全く聞こえなかったから、歩いていてもここに訓練場があることも近づくまで分からなかったし。
それを証明するように魔術師長様に続いて訓練場の中に足を踏み入れた途端、怒鳴り声が聞こえてきた。
「信じられないっ!レディをこんなずぶ濡れにさせるなんて男の風上にも置けないわね!何とか言いなさいよ、オルフェルド!」
「はっ、どこにレディがいるってのさ?早く手を離してよ。僕まで濡れるだろ」
「あんたが濡らしたんでしょぉぉ~っ!」
「避け切れなかったフェリスが間抜けなんでしょ」
「何ですって!」
「おーい、お前らいい加減にしろよ。勝負だったんだから仕方ないだろ。フェリスも早く着替えたほうが……」
「何よ!リードはオルフェルドの肩を持つって言うのね!」
胸ぐらを掴んでいた手で相手を押しながらフンッと顔を背けたびしょ濡れの女性は、その視界に私たちの存在を捉えた。
他の二人もほぼ同時に私たちに気が付いたようだった。
「今日はどっちが勝ったんだ?」
魔術師長様が近づきながら彼らに尋ねると「もちろん僕ですよ」と先ほど胸ぐらを掴まれていた青年が答える。
「フェリスが作り出した大量の炎球を、投げられる前に僕が彼女ごと水に沈めて勝負ありです」
それに対し「はんっ!なーにがもちろんよ。毎回あんたが勝っているような言い方は止めてくれない?」と女性が返せば、「うるさいな。今日勝ったのは僕だろ。負け犬は黙っててよ」と青年は言い返す。
そしてもう一人の青年は自分は関係無いと言いたげに二人から距離を取った。
「負け犬ですって?!レディに対して何て言い草なの!」
「キャンキャン煩いからお似合いだよ。レディって言うのはアルカランデ公爵令嬢みたいな人を指す言葉なんだよ」
「何ですって?!」
「何だよ」
白熱する二人の言葉を聞きながら、私は魔術師長の後ろで、この人たちも魔術師ってことは恐らく貴族なのだろうなとか、貴族の男女がこんなに激しく言い争うのは珍しいなとか、確かにクリスティナ様は完璧な淑女だな、などと考えていた。
魔術師長様は呆れながら「あー、お前たち」と彼らに声を掛けた。
「いい加減にしないか。後輩の前で恥ずかしいと思わんのか?」
「「「……後輩?」」」
(……魔術師長様、このタイミングで私を紹介するのはどうなんですか)
どう考えても、私を利用してこの二人の言い争いを止めようとしていることが丸分かりだ。
丸分かりなのだが、実際に言い争いは止まったし、話を振られてしまったからにはしょうがない。
私は仕方なく、魔術師長様の背後からひょこっと顔を出して「どうも」とだけ言ってお辞儀をした。
ブクマ&評価&誤字報告ありがとうございます。
会話で使用している疑問符感嘆符は『?!』と『?!』のどちらが正しいのかどなたか知っている方いらっしゃいますか?
自分で調べても分からなかったので(;´Д`)
今までずっと『?!』を使っていたのですが急に気になりました。
分かる方がいましたら教えていただけると嬉しいです。




