55.カルガス領主
クライヴァル視点です。
カルガス領主夫妻との会食を終えた後、私は領主であるディーン・デニス伯爵に個人的に話がしたいと頼み、応接間へと通されていた。
そして、そこに何故か殿下が付いてきた。
「何故殿下までいるんですか?」
「何故ってことは無いだろう?マルカ嬢はクライヴの伴侶になるかもしれない女性ではあるが、それ以前に私とクリスティナの友人でもあるんだ」
「お願いですから静かにしていてくださいよ」
「……いつも思うがお前は私を何だと思っているんだ」
こんなやりとりをしていると、少し焦った様子でデニス伯爵が部屋に入ってきた。
「お待たせして申し訳ありません」
頭を下げながら向かいのソファに座ったデニス伯爵は、私の隣に座る殿下を見て一瞬目を瞠った。
そして私に視線を向け確認するように聞いてきた。
「アルカランデ様の個人的なお話と伺っていたのですが……王太子殿下もご一緒でよろしいのですか?」
その質問に何故か殿下が答える。
「ああ、私にも関わりのある人物のことなのでね。まあ私は傍で聞いているだけだから気にしないでくれ」
「人物?アルカランデ様のお話というのはその方に関することなのですか?」
「ええ、そうです」
私が頷くと、デニス伯爵は「では念のため人払いをした方が良いですかな」と言って部屋にいた使用人を下がらせた。
「お心遣い感謝いたします」
「いえいえ。誰のことについては分かりませんが、万が一人の耳に入ってはいけない内容だった場合に困りますから。して、その人物とはどういった方なのでしょう?お名前をお伺いしても?」
「その前にこの手紙に目を通していただきたいのですが」
私は懐から孤児院の院長にしたためてもらった手紙を取り出しデニス伯爵の前に差し出した。
デニス伯爵は手紙を手に取り、差出人の名を確認した。
「ファラディア?孤児院の院長の……何故、とお聞きしたいところですが、読んだ方が早そうですね。まずは失礼してこちらに目を通させていただきます」
院長からは昨年まで孤児院にいたマルカ嬢の現在の状況と、彼女が母親のモニカについて知りたがっているといったことを大まかに書いたと聞いている。
私とマルカ嬢の微妙な関係性は敢えて書かずにおいてくれたらしい。
待つこと数分。
手紙を読み終えたデニス伯爵は一つ溜息を吐いた。
「なるほど。マルカが、いや失礼。マルカ嬢が王都の貴族に引き取られたという話は聞いていましたが……あのレイナード家でしたか」
「ご存じで?」
「この国に住まう貴族で知らない者はいないでしょう」
そう言うデニス伯爵は苦笑いを顔に浮かべている。
「とは言っても王家相手に良からぬことを企んで処罰された、ということくらいですが。マルカ嬢が罰されずに済んでいるということは、彼女は関わっていなかったということなのでしょう」
その言葉に私と殿下は思わず顔を見合わせた。
関わっていないどころか彼女は当事者だ。
「どうかされましたか?」
「いえ、何と言いますか」
「あー、伯爵。マルカ嬢は無関係どころかその件の当事者でもあってだな」
「当事者?彼女が?」
「ああ、彼女の協力があってこそ解決したと言っても過言ではない。そのことで今回報奨金が与えられ、マルカ嬢は自分の育った孤児院に寄付を申し出た」
殿下が金額はざっとこれくらいと示すと驚いたようだった。
「そんなに?平民となったマルカ嬢には大金でしょう?全額寄付などせず自分のために取っておきなさいと伝えては貰えませんか?」
「心配しなくとも、これは与えられた報奨金の半分にも満たない額だ。マルカ嬢は自分が世話になった孤児院に是非にと言っている」
殿下がそう言うと、デニス伯爵は先ほどよりもさらに驚きの表情を見せた。
しかし、貰えるものは貰っておけと言う貴族もいる中、このデニス伯爵は自分のために取っておくべきだと言う。
流石あの孤児院を作っただけのことはあると感じた。
「デニス伯爵?」
「は、いえ、そういうことでしたら私の方からは何も言うことはございません。マルカ嬢に感謝の気持ちだけ伝えていただければ」
「伝えておこう」
「ありがとございます。しかし、そうですか、あのマルカが。ほんの少し見ない間にずいぶんと立派になって」
デニス伯爵がしみじみと呟いた。
その姿はさながら親類の様だった。
「デニス伯爵はマルカ嬢のことをよくご存じなのですか?」
私の問いにデニス伯爵は朗らかな笑みを浮かべて頷いた。
「ええ。あの子は私の顔も覚えていないでしょうが、私の方はマルカ嬢の母親も、まだ幼かった彼女も知っているせいか、どこか親戚の子を見ているようなそんな感覚でしたね。マルカ嬢と最初に会ったのは、彼女がまだ2~3歳の時だったでしょうか。私や妻を前にしても泣きもせず、べったりと母親のモニカにしがみついておりました。モニカが亡くなった後はあの孤児院で生活しておりましたが、彼女は孤児院の中でも特に秀でていて目を引く存在でしてね。院長のファラディアからも聞いているかもしれませんが、時折子供らしくやんちゃが過ぎることもあったようですが、基本的には皆の模範となる優秀な子でした。他の子供たちと比べるのは良くないとは分かっていますが、記憶に残る子だったことは確かです。それで、今回はそのマルカ嬢が母親のモニカについて知りたがっているということでしたね」
「はい。それと、もしご存じなら彼女の父親のことも」
「分かりました。私の知っていることならお話しましょう。まずアルカランデ様はモニカのことをどこまでご存じなのでしょうか?」
私の知っていることなど高が知れている。
母親の名がモニカ、父親の名がマシュハット。二人とも他の国の出身らしいこと。マルカ嬢が幼い頃に二人とも亡くなっているということくらいだ。
「正直な話、ほぼ何も知らないですね。名前と他国の出身らしいということくらいです。あとは、孤児院で働き始めたのは、領主夫妻からマナーと所作の美しさを買われてのことだと」
「そうですか。それではほぼ初めからお話した方がよろしいようですね」
そう言ってデニス伯爵は室内に置かれていた時計に目をやった。
「だいぶ夜も更けてきましたね。王太子殿下方は明日のご予定は?」
「明日か?クライヴ明日は確か――」
「はい。明日は午前に治療院を訪れて、順調に終わればそのまま王都へ戻る予定ですが」
「お忙しいとは思いますが、お帰りを一日延ばすことは出来ませんか?」
「話は長くかかりそうなのか?」
「おそらく短くはないかと。実は我が家で雇用するかどうかを決める際に、モニカに話を聞いたのは妻なのです。その際もかなり時間をかけていたようなので、今からですと明日のご公務に障りがあるかと思いまして」
「む、そうか……どうだ、クライヴ?」
「そうですね。ここまで順調に来ていて予定より早く進んでいますし、もし殿下がよろしいのならば問題はありません」
こうして私たちは明日改めてマルカ嬢の母親について話を聞くことになった。
アルカランデ公爵家や魔術師長のフィリップス侯爵家は歴史の古い貴族なので、家名と領地名が同じです。
カルガス領はカルガスと名の付いた後にデニス伯爵家が治めることになったので家名と領地名が異なります。
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