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私の名はマルカ【連載版】  作者: 眼鏡ぐま
●学生時代編

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52/123

52.手紙

前半クライヴァル視点、後半マルカ視点です。

 

「お前も大人げないな」


 カルガス領主邸へと向かう馬車の中、向かいの席に座る殿下から揶揄いを含んだ声が掛けられる。

 私は手元の便箋から視線を殿下へと向けた。


「何ですか急に?くだらない話なら後にしてください。今忙しいので」

「あの少年とずいぶんと面白そうな話をしていたじゃないか。マルカお姉ちゃんをずっと好きでいる、だったか」

「人の会話を盗み聞きとは……王族、それ以前に人としての品性を疑われますよ。それとマルカ嬢のことを気安くそのように呼ばないでください」

「クライヴもそう呼んでいたではないか」

「あれはあの少年との会話の中だけでしょう」

「そうだ、あんな小さな少年の夢を壊してやるなよ」

「意味が分かりません」

「マルカ嬢と結婚したいという可愛い夢じゃないか。年齢的にもまず叶うことは無いのだから今壊すこともないだろうに」


 殿下は可哀想にと溜息を吐く。

 言わんとしていることは分からなくもないが、いくら幼い子供と言ってもあの少年は真剣だった。

 その少年からマルカ嬢を奪おうとしているのが目の前にいた私なのだから、やはりあの対応で間違いは無かったと思う。

 子どもというのは意外と鋭いところがある。大人の嘘など案外簡単に見抜くものなのだ。

 子供だからと言って適当に流すのはやはり違うと思うのだ。


「真面目なお前らしいというか何というか……ところで先ほどから何を書いているんだ?」


 殿下は私の手元を指差して聞いた。


「ああ、これはマルカ嬢への手紙ですよ。院長殿から領主夫妻ならばマルカ嬢の母親について詳しく知っているのではと言われたので、そのことを」


「院長殿からは有力な情報は得られなかったのか?」

「マルカ嬢のご両親がこの国の者ではないということは分かりましたが、それ以上は」


 マルカ嬢の足が速いだとか、木登りも出来ると言った話も聞いたが、あえて殿下に話すことでもない。


「この国の者ではない?それは確かか?」

「院長殿は母君のモニカ殿から直接そう聞いたそうです。元々、領主の屋敷で働くはずだったところを、礼儀作法が身についていたことからマナーを教える人員としてあの孤児院に勤めることになったそうですよ」

「そうか、それならばそのモニカ殿の身元は領主が調べている可能性があるな」

「そういうことです」


 貴族の屋敷で雇おうというのなら身元のはっきりした者のはずだ。

 少なくとも院長よりは多くの情報を持っているだろうと期待している。


「それにしても、よくこんな不安定な場所で手紙なんて書けるな。領主邸に着いてからでも良いだろうに」

「なるべく早く出したいもので。急げば明日の内に届くでしょうから。ですので邪魔しないでくださいよ」


 そう言って私は再び視線を便箋へと移した。





 ◆◇◆◇



「こちらはマルカお嬢様に」

「私に?」


 公爵邸に届いた手紙の中に私宛のものが一通あったらしい。

 一体誰からかと差出人を見れば、そこにはクライヴァル様の名があった。


「視察先からわざわざ手紙を書いて寄こすなんてクライヴァル様は本当にマルカお嬢様のことを気に掛けていますね」

「ステファンさん、揶揄わないでください。私がお世話になっていた孤児院にも寄ると仰っていましたから、きっとその事でしょう」

「それだけではないと思いますがね」


 私は悪戯な笑みを浮かべるステファンさんから手紙を受け取り部屋に戻り、椅子に座り机の引き出しからペーパーナイフを取り出す。

 封を切る前にもう一度手の中にある手紙をじっと見る。

 決して女性的ではないが、読みやすく丁寧な字で書かれた自分の名と、クライヴァル様のサインを指でなぞった。

 クライヴァル様が出掛けられてから3日目の夜。

 まだ3日しか経っていないと言うのに、私はほんの少し寂しさを感じていた。


(まだほんの数日なのに情けないったら……)


 公爵邸にお世話になってからというもの、毎日顔を会わせ言葉を交わし、それが当たり前になっていたことに改めて気づかされた。

 自分の気持ちを認めていないままの状態だったらこんな気持ちにはならなかったかもしれないが、クライヴァル様のことを好きなのだと自覚した今ではたった3日間クライヴァル様に会わないだけで寂しいと感じてしまう。

 まさか自分がこんなに可愛らしい感情を持ち合わせていたとは驚きだ。

 新しい発見である。


(こんなに寂しいと感じるのは久しぶりね)


 孤児院を出る時も確かに感じたはずだ。

 けれど今感じている気持ちはその時よりもずっと大きい気がする。

 思えば、母様を亡くしてからは人と深く付き合わないようにしていた気がする。もちろん孤児院のみんなや院長先生のことは大好きだったし信頼もしていた。

 けれど必要以上に心を預けることは無かった、というよりもそうならないように気を付けていたと言ったほうが正しいかもしれない。


(心を許し過ぎて、離れるのは辛い。大事な人が傍からいなくなるのは苦しい。そう思っていたんだったわ)


 当たり前のように傍にいた母様がいなくなって、それが当たり前ではないことを思い知った。

 母様のように、大事な人がいなくなるのは嫌だ。

 それなら最初から近づき過ぎなければ良い。心を預け過ぎなければ、いつか来る別れにも耐えられる。


(私は……怖かったのかしら)


 手紙を見つめながらそんなことを思う。

 友人として、人として好きだと思う気持ちと、恋情を抱く好きはやはり違うと思う。

 少なくとも私の中では大きく違う。

 依存とまではいかないが、心を預ける分量が他の人よりも多いのだ。

 だからこそ最初は本気だとは思えなかったクライヴァル様の想いを否定した。

 こんなに自分とは違う場所にいる人が、本気で私のことを好きになるはずがない、今は私という存在が珍しいだけでそのうち飽きるだろうと。

 そうなった時に自分の心を預けてしまっていたら、また心にぽっかりと穴が空く。

 母様を失った時と同じように。

 いや、生きているのに自分の傍からいなくなってしまったらそれ以上かもしれない。

 そんな苦しい思いはしたくない。


(そういう気持ちもあったから、だから気づかなかったのよね)


 本当に自分の気持ちを認めてからというもの、色々な事に気づかされる。

 最初はクライヴァル様の気持ち自体が信じられなかったこと。

 信じたところで自分のせいでクライヴァル様が悪く言われるのが嫌だと思っていたこと。

 そもそも心を預けるほど大事な存在を作ることを恐れていたこと。

 無意識のうちに抑え込んだものが多くあったようだ。

 自分で言うのも何だが、なんとも面倒臭い女である。

 そんな面倒臭い私をクライヴァル様は好きだと言ってくれた。

 いつまで経ってもクライヴァル様の気持ちを疑い、受け入れない私に、私が信じるまでずっと本気だと言い続けてくれた。

 こんな可愛げのない私を、私の容姿ではなくて中身を知った上で守りたいと言ってくれた。

 ロナウドさんとの件で私が動揺した際に言ってくれた『私だってそう簡単に死にはしない』という言葉がどれほど私を安心させてくれたか彼は分かっているだろうか。

 私が笑うだけで嬉しいのだと言ってくれるクライヴァル様を、惜しみなく愛情を示してくれる彼を好きにならない訳がないのだ。

 結局クライヴァル様の思い通りになってしまったけど、それで良かったと思えるのだから問題無い。


(考えれば考えるほど私ってクライヴァル様のことが好きみたい。諦めないでいてくれたクライヴァル様に感謝しなくちゃ)


 クライヴァル様から初めてもらったこの手紙もいずれ私の宝物になるだろう。

 そんなことを思いながら私はようやく手紙の封を切った。



ブクマ&感想&評価、誤字報告などありがとうございます。

感想をいただけるのが嬉しくてたぶん笑いながら読んでます。

たぶん傍から見たら気味が悪いです。


仕事が繁忙期に入りまして、遅筆がさらに加速中。

なかなか更新出来ず申し訳ありません。

なるべく早く次話を上げられるように頑張ります!

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