45.先に進む
面倒な男ロナウドにもう少し説教。
「――ってことがあって、同じ平民の女だけどマルカだったらあいつとは違うんじゃないかって、勝手に、期待して……あの、はい、そんな感じで……すみません」
ロナウドさんの話を聞いているうちに、私はどんどん無表情になって行っていたようで、話し終える頃にはロナウドさんはしどろもどろになっていた。
「呆れて物も言えないな。何故お前の傷をマルカ嬢が埋めてやらなきゃいけないんだ」
「おっしゃる通りで……」
「大体貴族を相手にしているような家業をしているのにこの学園で問題を起こすなんて愚かにも程がある。お前の行動ひとつで家が傾くことに繋がるかもしれないんだぞ」
「……そこまで考えてなかった。って言うか色々どうでも良かったし……」
「まったく。よく今まで処罰されなかったものだな。マルカ嬢も言いたいことがあったら言ってしまったほうが良いぞ」
クライヴァル様にそう言われて何を言おうか考える。
言いたいことが多すぎてまとまらない私の口から最初に出たのは深い溜息だった。
「何ですか、それ。全く私に関係無いじゃないですか。そんな理由で迷惑を掛けられていたのかと思うと、はあ」
私の溜息にロナウドさんが小さく縮こまる。
「結局あなたは何がしたかったんですか?私があなたを好きになれば満足ですか?貴族なんてとあなたと同じ意見を述べれば良かったですか?違いますよね?あなたは私のことを別に好きではないし、私はビアンカさんじゃないもの」
大体ロナウドさんはそのビアンカという女性に囚われ過ぎだと思う。
トラウマだか何だか知らないが、これから出会う女性全員を疑いの目で見るつもりなのか。
「クライヴァル様の言った通り、私はビアンカさんとは違う人間ですし、代わりにもなれません。仮にあなたの希望通りに私が動いたとしても、それはあなたがそう望んだからではなく、私がそうしたかったからそうなったというだけの話です」
まあ今のロナウドさんを私が好きになる可能性など微塵も無いが。
「なぜその時彼女にあなたの気持ちをぶつけなかったんですか?こんなになるまで溜め込むんなら言ってやれば良かったんですよ」
「そんな、そんな惨めなこと、できるかよ」
「今以上に惨めなことってあります?失恋して、気持ちを持て余して、関係無い他人に迷惑かけて」
「うっ……、でも言ったってどうにもならなかった」
まあ確かに先ほどの話を聞く限り、ビアンカという女性の気持ちはもう戻って来なかっただろう。
けれど、それでも言うべきだったと私は思う。
「それでも、言わなければ何も伝わりません。あなたがどれほどビアンカさんを好きだったか。少しでも彼女に思い知らせてやるべきだった。自分の不誠実な行動がどれだけあなたを傷つけたのか」
ロナウドさんが驚いたように私を見る。
「だって悔しいじゃないですか。自分の気持ちまで彼女のように軽い物だったと思われるなんて。少しくらい浮かれた頭に後ろめたさを残したって良いじゃないですか」
ロナウドさんは私の言葉に目を見開くと、力無く項垂れて笑った。
「……そっか、言えば、言って、良かったのか……そっか、はは」
「あなたがビアンカさんをそれだけ好きだったということは分かりましたが、私から言わせればその女性は最悪です。あなたではない人の手を取るというのであれば、その前にあなたとの関係を清算すべきでした。こう言っては何ですが、そんな不誠実な女性と結婚しなくて良かったと思います」
そんな女性と結婚しても幸せにはなれなさそうだ。
結婚後でも裕福な人から声を掛けられたらふらっと付いて行ってしまいそうである。結婚前に本性が分かって良かったと思うべきだろう。
まあ当人にしてみればそれまでの思い出とか色々あったり、そう簡単に割り切れるものではないとは思うが。
「私が先ほど読んだ本にも書いてありましたが、愛は恋とは違い一方通行では成り立たない、互いに寄り添い育んでいくものだそうです」
「……何の本読んでんだよ。マルカってやっぱり変わってる」
「何で笑われるのか分からないんですけど。本は色々な事を教えてくれますよ?ね、クライヴァル様?」
「ああ、ただ本の知識だけでは失敗することもあるがな」
「あんたみたいな人でも、失敗することってあるんですか?」
ロナウドさんからすればクライヴァル様は何でも持っていて完璧な人のように見えるのだろう。
人間最初から全て完璧な人なんていないというのに。
「あるに決まっているだろう。要はそこから何を学び、どう立ち上がるかの問題だ。お前もたった一人に囚われて自分を見失うなんて馬鹿なことに時間を掛けずに、その女性を見返すくらいの人間になってみせれば良いじゃないか。女性はそのビアンカという者だけではないのだから」
「……何だよ、中身まで男前かよ」
「クライヴァル様良いこと言いますね!そうですよ。少しでもその女性より幸せになって見せつけてやれば良いんですよ。素敵な女性は絶対いますよ」
「マルカみたいな?」
「おい、マルカ嬢は駄目だ。他を探せ」
何故か私よりも先にクライヴァル様が断った。
まあ、私もロナウドさんはお断りだけれど。
「ハハッ、あんたみたいな人でも焦ったりするんだ。はー……何か全部喋ったらスッキリした」
ロナウドさんは立ち上がり膝やお尻に着いた土をパンパンと叩き落とすと、もう一度私たちに向かって頭を下げた。
「もう二度とこんなことしません。ちゃんとします。本当に、迷惑かけてすみませんでした!」
そう言って顔を上げた時のロナウドさんはどこか憑き物が落ちたようだった。
勝手に絶望して、勝手に期待を押し付けて、勝手に暴走して、最後はなんだかすっきりした表情で、本当にどこまでも自分勝手な人だと思うが、今回のことで心を入れ替えてくれるならもうそれで良い。
「では、そろそろ良いか?さすがにこれ以上の時間は取れない」
クライヴァル様の言葉に、王宮から呼び出されていたことを思い出す。
大丈夫だと言われたからロナウドさんの話を聞いていたが、さすがに時間をかけ過ぎだろう。
「すみません。急ぎましょう。そうだ、その前に」
私はロナウドさんに腕を広げて立つように言う。ロナウドさんは言われたままに少し離れた場所に腕を広げて立った
「何をする気だ?」
「まあ、ちょっと見ててください。行きますよー」
私が集中して指をパチンと鳴らすとロナウドさんの立つ地面の方から上に向かって風が巻き起こり、ぶわっと服や髪を揺らした。
「どうです?乾きました?」
風を止めロナウドさんに聞くと、彼は驚きながらも頷いて見せた。
「マルカ嬢、今のは?」
「温風で濡れた服と髪を乾かしてみました」
「……そんな魔法使えたのか?」
「公爵家のお洗濯を手伝っている時にちょっと。雨の日に使えたら便利そうだなと思って練習していたんですよ。少しコントロールが難しいんですけど、そのうち女性の長い髪を乾かすのにも使えないかと練習中です」
「君は、本当にすごいな」
「そうですか?ありがとうございます」
私は服や髪を触って確かめながら「すげぇ」と呟いているロナウドさんに声を掛ける。
「じゃあ私たちはもう行きますけど、煙吸い込んでますから、喉が痛かったり咳が止まらなかったらきちんと医務室に行ってくださいね」
「……なあ、俺もマルカみたいになれるかな?」
「こういう魔法が使えるかってことですか?」
「まあ、それだけじゃないけど」
「?それはやってみないと分かりませんけど、少なくとも挑戦しない人には一生使うことが出来ません。もし練習して、その結果駄目だったとしてもその過程は無駄ではないです。その場で留まっている人にはその先の景色を見ることなんて出来ませんから」
「……そっか。引き止めてごめん。本当に、色々と悪かった」
「もういいですよ。じゃあもう行きますんで」
私とクライヴァル様はその場にロナウドさんを残して急いで馬車に向かった。
後日聞いた話によると、ロナウドさんは自分が迷惑を掛けたと思った人全員に頭を下げて回ったらしい。
レオナルド様はもちろん、ハルフィリア様、シンシア様、クリスティナ様の元へも逃げずに来たらしい。頭を下げられた人の中には、なぜ謝られているのか分からなかった人もいたらしいが、ロナウドさんが謝るべきだと思ってそうしたのだから別に良いかと思う。
そして、魔力の暴走を防ぐために自ら志願して補習授業を受けさせてもらっているらしい。
人はそう簡単には変われないとは思うけれど、少しずつでも良い方向に変わって行っているようで良かったと思ったのだった。
いつもブクマ&感想&評価、誤字報告、メッセージなどありがとうございます。
本当に自分勝手なロナウドの話はこれにておしまい。
皆様お疲れ様でした。
早くラブラブさせたいのになかなかラブの神様が降りてきません。
もっと砂糖を仕込みたい……頑張ろ。




