33.進級しました
王立学園の二学年、初日。
登校した私は多くの人の視線を感じていた。
理由はおそらく私がクリスティナ様と同じ馬車に乗って来たからだろう。
(公爵家の馬車に平民に戻った私が一緒にいるなんて普通じゃないもの)
公爵邸から学園までは少し距離はあるものの、お屋敷から15分ほど歩いた所に乗合馬車の停車場もあり、私はそれを利用して通学するつもりだった。
けれど、公爵家の人々にそれは却下され、行き先は同じなのだからクリスティナ様と一緒に公爵家の馬車に乗るようにと言われたのだ。
その時からこうなるとは思っていた。
前年度の卒業パーティーで、私の引き取り先だったレイナード家が取り潰しになったことは周知の事実だろう。
その後の平民の行く先など貴族の方々にはどうでも良いことだ。
いくら王家の策略に手を貸したと言っても、そこは所詮平民。親しくなったところで今後役に立つこともなさそうだと思われているのではないかと思う。
もしかしたら今までの成績も、私を殿下の傍に置いておくための最低限必要な措置で、本当の学力はもっと下と思われていても不思議ではない。
私がアルカランデ公爵家にお世話になっていることは、国王陛下やあの件に関わった人たちは知っているようだが、多くの貴族は知らないはずだ。
「マルカ、何を言われても堂々としていなさいね。困ったことがあれば私に言いなさい」
「ありがとうございます。以前から仲良くしていただいている方には事情を話しても良いですか?」
「あら、私や殿下と友人だって触れ回っても構わないのよ?」
「親しくも無い方に態々こちらの情報をお渡しする義理は無いですから。情報収集も貴族の嗜みでは?」
「まあ!ふふっ、よく分かっているじゃない」
「……あれだけお茶会を見聞きすれば分かりますよ」
つまらない噂話も只の噂と侮るなかれ。
その中には真実が含まれていたり、いくつかの噂を総合的に判断することで見えてくるものもあるという事を知った。
給仕係として控えているだけでも疲れるのに、笑顔を崩さず欲しい情報にさりげなく誘導していく公爵夫人やクリスティナ様は本当にすごいと思う。
私は疲れるためのお茶会など参加したくないけど。
「まあ、誰に話して誰に話さないかはマルカに任せるわ」
「ありがとうございます」
こうして始まった新学年。
私とクリスティナ様は同じクラスになった。
一学年の時は無作為に振り分けられるらしいが、二学年からは成績順にクラス分けされるらしい。
クリスティナ様や、数少ない友人は「当然ね」と言っていたが、そうと思わない人も一定数いるらしい。
そんな人たちに私は今絡まれていた。
「良い加減にしなさいよ!」
「いつまでもクリスティナ様の周りをうろちょろして!クリスティナ様がお優しいからといって平民風情が調子に乗るんじゃないわよ!」
「そうよ、そうよ!」
「身の程を知りなさい!」
暇か。
やはり暇なのか。
確かに私は伯爵家の娘ではなくなったが、公爵令嬢であるクリスティナ様が気にかけている存在によく飽きもせずに絡んでくるものだ。
こういう人たちは平民に戻った私がなぜクリスティナ様と一緒にいるのかを考えたりはしないのだろう。
(いや、あまりそういう背景にまで頭が回らないのかもしれない)
会話するのも面倒だなと、つい視線を足元に落とす。
それを怯えと取ったのか、令嬢たちが勢いづく。
「あら、泣けば済むと思っているの?」
「嫌だわ、これだから媚びることしか出来ない平民は」
ああ、もう本当に煩い。
「良いこと?さっさとクリスティナ様の傍から離れなさい」
「昨年はズルをしてクリスティナ様と同じクラスになったのでしょうけど、それももうすぐお終いだもの」
「お前なんか一番下のクラスがお似合いよ!」
揃いも揃って馬鹿ばかりだ。
同じ貴族令嬢なのになぜこうもクリスティナ様と違うのだろう。
お淑やかさとか人の良識とかどこに置いてきた。
こういう人たちがいるから平民からの貴族の印象が悪くなったりするのだ。
公爵様の言っていた無能な者ってこういう人たちのことだと思う。
もうじき1回目の試験がある。
もちろん私はズルをして今のクラスにいるわけではないので一番下のクラスになんか行くわけがない。
「でしたら私など放っておけばよろしいのに」
「「「「え?」」」」
「次の試験の後、私が一番下のクラスに落ちるとお思いなのでしょう?でしたら放っておかれたら良いと申し上げました」
私は感情の乗らない声で淡々と答える。
「私がなぜクリスティナ様と一緒にいるのか、許せない、目障りだと言うのならクリスティナ様に直接お聞きしてはいかがですか?……そんな勇気があればの話ですけれど」
「……っな」
最後の言葉だけ敢えてにっこり笑って言ってやった。怯えて泣いていると思っていた私が急に顔を上げて笑顔で口答えしたことに、彼女たちは驚き、一瞬言葉を失った。
「次の授業が始まってしまいますので、失礼させていただきますね」
「ま、待ちなさいよ!」
「待ちません。私は成績を落とす気は毛頭ありませんので」
「今さら必死になったところでたかが知れているわ!」
「ええ。日々の積み重ねが大事ですよね。ダカリー伯爵令嬢、ハング伯爵令嬢、ミレッツァ子爵令嬢、ミネルザード子爵令嬢、成績を落とすことになるのは一体どなたでしょうね?」
「あ、ああなた、何で私たちの名前を……」
にっこり笑って言った私の言葉に令嬢たちが一歩引いた。
(もしかして、自分たちが誰だか分からないと思っていたのかしら)
「私、大体の貴族の方の名は頭に入っておりますので」
まあ嘘だけど。
さすがに全く接触の無い人を覚えるのは難しい。
名前だけ覚えても顔と一致しないし。
ただ、自分に嫌がらせをしてくる人は別だ。
名乗ってもいないのだから平民に自分たちの名前が分かるはずがないと高を括っていたのか。
だから酷いことを言ってもクリスティナ様に伝わることが無いと思っているのか。
(流石にこう何度もあったら覚えるわよ)
「では、失礼します」
固まる彼女たちをその場に残し、もうこれで絡んで来なければ良いなと思いながら私はスタスタとその場を去った。
残された令嬢たちは悔しさを滲ませる。
「何よ!何なのよあれ!」
「平民のくせに馬鹿にして!私たちが成績を落とすって言いたいの?!」
「な、名前知られていましたけれど……どうしましょう」
「知らないわよ!告げ口されたところで所詮は平民の戯言だわ。相手にされないわよ」
口々に文句を言い、地団太を踏んでいた。
そして、その一部始終を見ている人物がいた。
「……すっげぇ。あれが、マルカか」
その人物の名はロナウド。
この春から王立学園に通う平民の男子生徒だった。
女生徒「クリスティナ様。あの、マルカさんが女生徒に囲まれていて……」
クリスティナ「あら。囲んでいたのはどなただか分かりまして?――ああ、あの方達」
女生徒「どうしましょう」
クリスティナ「放っておきなさい。私が出る必要も、先生方への報告もいらないわね」
女生徒「よろしいんですか?」
クリスティナ「問題無いわ。あの方達ならマルカの相手にもならないでしょうし」
女生徒「え?」
クリスティナ「教えてくれてありがとう。では失礼するわね」
女生徒「あ、はい。お呼び止めして申し訳ありません」
去っていくクリスティナ。
女生徒「……本当に大丈夫なのかしら?でもクリスティナ様もああ仰ってるし……ぇええ?」
この女生徒はマルカの中身が顔に似合わず強靭であることをまだ知らない。




