【番外編】マルカ、初めての出産(後)
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後編です。
妊娠経過も順調すぎるほど順調だった。
平民だったら近所の経験豊富なおば様たちが出産に立ち会うのが普通だが、そこはやはり貴族。
本当にいつ生まれても不思議ではないとお医者様が言うようになると、公爵邸には出産に強いお医者様までもが駐在するようになった。
クライヴァル様は毎朝登城する際に「私が帰ってくるまで待っていておくれよ」と言って出かけるようになった。
お腹の中の子にそんなことを言っても無理でしょうと笑っていたけれど、本当に産まれてくる気配がなかったので意外と聞こえているのだろうかとのん気に考えていたら、その時は急にやってきた。
私がベッドに運ばれている間に、外では王城に使いが出され、大急ぎで帰ってきたクライヴァル様が部屋の前で止められ湯浴みをして服を着替えて来いと言われたりと色々大変だったらしい。
らしい、というのは私はもちろんそんなことを気にする余裕がなかったわけで。
(え? 何これ!? こんなに痛いものなの!?)
あまりの痛さに息を吸うのを忘れたかと思えばしばらくすると楽になり、また痛みがやってきた。
それを何度も繰り返すうちにどんどんその間隔が短くなる。
「うう~っ!」
「若奥様! 吸ってー、はい、いきんでー! お上手ですよ!」
「ま、まだぁ……? んんー!!」
情けなくも半泣きになりながら力を込める。
いきむとか吸うとか、もう訳がわからなくなりそうだったけれど出産を手伝っていたナンシーに「あと少しです! 若旦那様もお部屋の外で応援しておられますよ!」と声をかけられ散乱していた意識をかき集めると、扉の向こうから「頑張れ、マルカ!」というクライヴァル様の声と「お静かに!」とそれを諫める声が聞こえてきた。
こんな時なのに、なんだかそれが面白くてふっと身体の力が抜けた。
「あ、頭が出てきましたよ! 若奥様、本当にあと少しです。はい、いきんでー!」
「くっ、ふっ、ふっ、ううー!!」
言われた通り思い切りいきんだら、スポンと、本当にスポンと何かが出ていった感覚。
何かってそれはもちろん赤ん坊のわけなのだけれど、私の「で、出た!」という声は赤ん坊の「おんぎゃあ!」ととっても大きな産声にかき消された。
「おぎゃあ、おんぎゃあ!」
「若奥様! おめでとうございます! 男の子ですよ!」
「おとこ、のこ……私の、私たちの子」
「おめでとうございます!」
身体を拭かれ、おくるみに身を包まれた我が子がベッドの上で放心状態になっている私のもとに連れてこられた。
力強く泣く我が子に、無事に産めた安心感と、喜びが押し寄せ、自然と涙が溢れてきた。
ぐすぐすうにゃうにゃと声にならない声を出す我が子の頬に手を伸ばす。
「やっと会えた……あなたも頑張ったね」
その瞬間、しわくちゃな目尻が下がった気がした。
「笑った? 今、笑ったわ」
「まあ! きっとお母様に褒められたことがわかったのですね」
さすがにそれはないだろうと思っても、そうだったら嬉しいと思ってしまう。
初対面の我が子はしわくちゃで、想像していた赤ん坊とはだいぶ違っていた。お医者様が言うには、生まれたばかりの時は皆こんな感じだそうだ。
数日もすればふっくらとした想像していた赤ん坊になるらしい。
まあ見た目なんて今はどうでもいい。健康に産まれてきてくれたなら、もうそれだけでいいのだ。
「ふふ、小っちゃいお手てね」
指で我が子の小さな手をつつけば、想像よりもはるかに強い力でぎゅうっと私の指を握りしめてきた。
何これ、可愛い。うちの子すごく可愛いんですけど!
感動で涙が止まらないんですけど!
疲れとか痛みを全て吹き飛ばしてしまうほどの愛おしさが込み上げる。
柔らかい手の平で包まれた自分の指ごと愛おしさが爆発しそうになっていると、やっと入室を許されたクライヴァル様たちがやってきた。
「マルカ! どうした? どこか痛むのか?」
ぽろぽろと涙を流す私に驚いたクライヴァル様が慌てたように声を上げた。
「クライヴァル様……見てください。私たちの子ですよ。こんなに小さいのに一生懸命私の指を握ってて」
クライヴァル様は身体を屈め、ふぐふぐと口を動かす我が子の顔を恐る恐る覗き込む。
「……すごいな。ちゃんと生きている。私たちの子だ……私たちの……」
「ふ、ふふ。どうして泣くんですか」
愛しい人の頬に手を伸ばし、流れ落ちた涙をそっと拭う。
「なぜだろう……ただ、胸がいっぱいで……ありがとう、マルカ。駄目だな、こんな時に気の利いた一言も言えない。本当にありがとう。よく頑張ってくれた」
「大丈夫です。ちゃんと伝わってますから」
クライヴァル様は私の額に汗でぺったりとはりついた前髪を指で払い、口付けを贈ってくれた。
言葉なんて無くても、きっと私たちは同じ気持ちを共有しているはずだ。
「産まれてきてくれてありがとう」
この子も、クライヴァル様も、そして私も。
誰が欠けても今のこの瞬間が訪れることはなかった。
だから出てくる言葉はありがとうでいいのだ。こうしてクライヴァル様と笑い合える瞬間も、出産を見守ってくれた皆にも、この世の全てに感謝したい気持ちになった。
「あらあら、すっかり親の顔ね」
「感慨深いな」
「父上、母上。見てください。こんなに可愛い子をマルカが産んでくれました!」
「そんなに興奮しなくても見えているわよ。まあまあ、なんて可愛らしいんでしょう」
「うむ。赤子とはこんなに小さいものだったか……? クライヴたちのことが昔過ぎて思い出せんな。だがとても健康そうな子だ。マルカ、よくやった」
おめでとう、頑張ったなと皆から声をかけられ、とても嬉し気持ちになったのだが、それと同時に眠気が襲ってきた。
皆に見つめられる中でスピスピと眠り始めた我が子を見ていたからかもしれない。
「はいはい、皆様。一旦ここまでにしてご退出願えますか? そろそろ若奥様を休ませてあげなければ」
お医者様の言葉に皆が扉に向かい始める。
そんな中、クライヴァル様だけがもう一度私の手を握り「本当によく頑張ってくれた。マルカと子が無事だったことが何よりも嬉しい」と喜びを口にした。
「今はゆっくり身体を休めてくれ。目が覚めたら二人で子供の名前を決めよう」
そうして「おやすみ」と言って再び額に口付けを落とし、クライヴァル様は部屋を出て行った。
(そうね、早く名付けてあげないと……)
事前の話し合いで、名前はクライヴァル様が考えてくれることになっている。
男の子の名前も女の子の名前も、いくつか候補は絞ってあると言っていたのだけれど、最終的には産まれてきた子の顔を見て決めたいとクライヴァル様は言っていた。
親から我が子への初めての贈り物。
(あなたのお父様はいったいどんな名前を考えてくれたのかしらね)
傍らに眠る我が子の顔を見ながら、少しワクワクとした気持ちの中私は目を閉じたのだった。
◇◆◇◆◇◆◇
「マクヴェル、という名はどうだろうか」
「マクヴェル……クライヴァル様、もしかして」
私の問いにクライヴァル様は頷いた。
「マルカのご両親の故郷、今はなきトリッツァの名付けの習慣から考えた」
本来は父親の名の頭文字から始まり、母親の名の最後の音で終わるというものだけれど、父が先でも母が先でも我が子を守りたいという思いは変わらない。
「そう考え、それぞれのパターンでいくつか候補を考えていたのだが……先ほどもう一度顔を見た時に、マクヴェルという名が良いのではないかと」
そう思ったんだと、ベッドの横に置いたイスに座るクライヴァル様は言った。
その腕の中にはすやすやと眠る我が子の姿。
もちろん私が否と唱えることはない。
だって危なっかしい手つきのクライヴァル様に抱かれる我が子の顔を見たら、もうマクヴェル以外には考えられなくなったから。
昨日はよくわからなかったけれど、クライヴァル様と同じダークブロンドの髪、私と同じように金が混じった灰色の瞳の男の子。
「マクヴェル、あなたの名はマクヴェル・アルカランデよ。素敵な名をお父様が付けてくださったわよ」
マクヴェルの蕩けそうな柔らかな頬をつんつんと人差し指で触れると、閉じていたはずの目が急にパチッと開いた。
そして「ふぇ、えっ、ふぇ」とぐずり始めた。
「わわ、ごめんね、マクヴェル」
「ど、どうしたらいいんだ?」
慌てて謝ったところで赤ん坊相手にそれが通じるわけもなく、マクヴェルは大きな声で泣き始めてしまった。
「マルカ、私はどうしたらいい?! 孤児院ではどうしていたんだ?」
「え? いや、さすがに赤ん坊はいなかったのでわかりません! ゆりかごのように揺らしてみるとかどうですか?」
「ゆ、揺らす? む、む、無理だ」
クライヴァル様は首をブンブンと横に振った。
今のこの状態も乳母に言われた通りの体勢に腕を整えた所へマクヴェルを寄こしてもらっただけなのに、これ以上のことは怖くてできないとクライヴァル様は言った。
「こんなに小さいのにそんなことをして何かあったら……!」
何だかクライヴァル様が珍しく弱気なことを言っている。
でも気持ちはすごくわかる。
怖いですよね! そうですよね!
「まあまあ、落ち着いてくださいな。親が不安になると子にも移りますからね。はい、ちょっと坊ちゃまをお預かりしますよ」
慌てる私たちに暖かい目線を向けながら、乳母がクライヴァル様の腕の中からマクヴェルを抱き上げた。
そしてあやすこと数分。マクヴェルはまたすやすやと眠り始めた。
「すごいな……。何だあの技は」
「本当ですね」
乳母の妙技に感心してしまう。
「まあ、嫌だわ、お恥ずかしい。これはもう経験です。奥様や旦那様もお出来になるでしょう」
「父と母も?」
「ええ。奥様たちも積極的にお子様たちと触れ合う方でしたからねぇ。若奥様たちもそのうちできるようになりますよ」
「そうか。まだまだ知らないこともあるものだな。マクヴェルとともに私たちも成長していかなければならないということか」
クライヴァル様は真剣な顔で頷いた。
彼のこういったところがすごく好きだ。
「そうですね。一緒に頑張りましょうね、クライヴァル様」
「ああ」
この子の親として、私たちも成長しながらマクヴェルを導いていってあげたいと思う。
もちろん全てに手を出すようなやり方はしたくない。
これから先どうなるかはわからないけれど、もしも魔力が低くても、完璧とは言われなくても、諦めずに努力のできる人になってほしい。
まあその辺りはアルカランデ公爵家の今までの教育方針が役立つことだろう。
マクヴェルがどんな大人になるのか楽しみだ。
息子の名前はマクヴェル・アルカランデ。
彼がどんな大人になるのか、その行く末を末永く見守っていきたいと心から願う。
彼にはどんな時でも誇りを持った人生を歩んでほしい。
それと同時に、私たちもマクヴェルが誇れるような親でありたいと、そう思うのだ。
男の子産まれました!
めでたい、めでたーい\(^o^)/
これにてまた一旦完結といたします。
何か思いついたらまた番外編書くかもしれません。
ありがとうございました。
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マルカの両親の故郷トリッツァの名付けの習慣については本編「エピソード67.名前の由来」で触れております。




