【番外編】マルカ、はじめての出産(前)
お待たせしました!
二人の子供の話を読みたいとの声が多数ありましたので、今回はそのお話。
しかし出産前からのスタートです( ̄▽ ̄)
何話か書いて子供を登場させたいと考えています。
「本当に我が家の庭は毎日見ても飽きない素晴らしさね」
ずいぶんと重たくなったお腹を支えるようにゆっくりと歩みを進めていると、一歩後ろをついてくる侍女のナンシーから苦言が飛んだ。
「若奥様、お願いですからお部屋で大人しくしていてください」
「大丈夫よ。お医者様だって適度な運動は必要だって言っていたでしょう?」
「そうはおっしゃられてももうすぐ産み月なのですよ! もしもお身体に何かあったら――」
「わかった、わかったわ。お散歩はここまでにして部屋に戻る。それで良いでしょう?」
本当はもう少し歩きたかったけれど、あまりにもナンシーが心配するので切り上げて部屋へと戻る。
「それにしても……本当に大きくなったわねぇ」
「当然ですよ。若奥様のお腹にはひとつの命が宿っているのですから」
私の呟きを拾ったナンシーが苦笑しながら言う。
「そうね。いろんな意味で重みがあるわ」
私は爪先が見えなくなるほど大きくなった自分のお腹を撫でて、用意されたイスによっこいしょと腰を下ろした。
現在妊娠9カ月弱。お医者様からは念のためいつ産まれても良いように準備しましょうと言われている。
確実に妊娠していると判明した日に魔法省には休職申請が出され、即日受理された。
本当はもう少し働きたかったし、平民であればギリギリまで働いているところだが、今の私は平民ではなく公爵家嫡男の妻で、お腹に宿ったのは未来の公爵になるかもしれない命なのだ。
私としても初めての妊娠とあって不安もあったけれど、幸いにも私よりも半年早くクリスティナ様がご懐妊されていたため、私以上に周りが過保護になり、出歩けず、公務もできず、暇を持て余していた彼女の話し相手として、今後自分にも起きるであろう妊娠中の出来事を聞くことができて色々と心の準備をすることができた。
さらにお母様たちが自分の経験談を話してくれたり、妊娠していてもできることを教えてくれたりしたので、その不安も徐々に小さくなった。
そしてこの妊娠期間は私の人生の中でも最もゆったりのんびりした生活になっている。
出来はするけれど決して上手とまでは言えなかった刺繍を一から習ってみたり、領地のことをより深く学んでもみたり、審美眼を養ってみたり。
周りからは無理はするなと言われたけれど、私が楽しんでやっているとわかると好きなようにやらせてくれた。
やっぱり自分は学ぶことが好きなのだと再確認し、この子が産まれたらやりたいと願うことは何でも体験させてあげようと思った。
そうそう。
妊娠するまでは、出産したら母親になるのだとばかり思っていたのだけれど、実際身ごもってみると、その時点で母は母になるのだなと実感した。
食事をしていても、今食べているものがお腹の子の栄養になるのかと考えたり、運動をしていても、体力があったほうがこの子のためになるだろうかなどと考えたり。
お腹の子が成長するにつれ、私自身も母親としてこの子を慈しむ気持ちが大きくなっていった。
母様も私と同じような気持ちだったのだろうかと、もしそうだったらなんて嬉しく素敵なことだろうと日々を過ごした。
ただ、私はお腹の中で子が大きくなっているという実感があるからこんな気持ちになるけれど、父親であるクライヴァル様はどうなのだろうかと疑問に思い、素直に聞いてみたことがあった。
するとクライヴァル様は「そうだな……正直に言うと初めの頃はあまり父親になるという実感はなかったな」と申し訳なさそうに口にした。
そして続けて「だが、マルカと一緒にお腹の子に話しかけたり、中から蹴られたりするうちに少しずつ実感したというか。ここにひとつの命があって、それが私とマルカの子なのだと。私が今まで見てきたマルカとは違う、母としての顔の君を見ていると、自然と父親としてこの子を育て守っていこうという覚悟ができた」と言ってくれた。
クライヴァル様はうまく言い表せなくてすまないと言ったけれど、私は貴族は爵位が上がるほどあまり自分たちで子育てをしないという人たちもいる中で、クライヴァル様は一緒に子育てに関わってくれそうだと思うと嬉しかったのを覚えている。
あなたのお父様はとっても素敵な人なのよという気持ちを込めてお腹を撫でれば、まるで返事をするかのように中からポコンと蹴られた。
「まあ、ふふ。あなたもそう思う? 早くあなたに会いたいわね」
「あら、若奥様。お子様にはもう少しだけお腹の中にいていただかないと。奥様のように行動力のおありになる方だと今のお言葉を聞いて出てきてしまうかもしれませんよ」
そう言いながらナンシーは新しく届いた赤子用の肌着を片付けていた。
若奥様は私のことで、奥様はリディアナお義母様のことだ。
「リディアナお義母様から頂いたお洋服はそれで何枚になるかしらね」
「肌着だけでもこれで12枚目ですよ。しばらく雨が続いても問題ないくらいです」
ナンシーの表情は苦笑いだ。
「それだけ喜んでくださっているのよ」
まだ男の子か女の子か、性別がわからないからと様々な色合いのものを用意してくれている。
普段はゆったりどーんと余裕たっぷりに構えているリディアナお義母様は、こと赤子のことになるなぜかせっかちになるようで、赤子のための服やら玩具やらをいそいそと準備しているのだ。
小さな靴まであるのはさすがに気が早いとは思うけれど。
「早く会いたいのは本当だけど、焦らなくていいの。もう少しお母様の中でゆっくり眠って大きくなって、そして元気に産まれてきてね」
「そのためには若奥様も体調を整えなければなりませんよ。さあ、若旦那様がお帰りになるまで少しおやすみなさいませ」
「はいはい。本当にナンシーは過保護なんだから」
ナンシーの小言に苦笑しながら彼女が綺麗に整えてくれたベッドに移動し、横になる。
「多少の口煩さは我慢してくださいませ。私を含めてお屋敷の者は皆、若奥様のことを案じているだけなのですから」
「ふふ、ええそうね。とてもありがたいことだわ」
そう答えながらも瞼が重くなるのを感じる。
最近では目を閉じればすぐに眠りに落ちてしまうこともあるくらいで、あまりの眠気の強さに自分でも驚くほどだ。
何か病気なのではと心配したこともあったが、リディアナお義母様やローザお母様も妊娠中はそうだったと聞いて安心したのはだいぶ前のこと。
「おやすみなさいませ」
ナンシーの声をどこか遠くに聞きながら、私の意識は深い眠りへと落ちていった。
夫婦の寝室の隣の部屋から聞こえる話し声に、私の意識はうっすらと眠りから覚めた。
「今、何時かしら……」
まだまだしっかりとした目覚めとは言えず、ぼーっとした意識を覚醒させるべくパチパチと瞬きを繰り返していると、隣室とを繋ぐ扉が静かに開いた。
入ってきたのはもちろん私の夫であるクライヴァル様だ。
彼は私と目が合うとふわっと微笑み「マルカ、起きていたのか?」と声をかけてくれる。
「今、目が覚めました」
「もしかして起こしてしまったか?」
「いいえ、本当にちょうど目が覚めただけです。それよりもすみません。お迎えに出られなくて」
「いや、眠っていたら無理に起こさないように屋敷の者にも伝えてあるから気にしなくていい」
横向きで寝ていた身体を起こそうと身じろぐと、すかさずクライヴァル様が身体の下に手を入れ支えてくれた。
背中にクッションをたくさん置き態勢を整えると、クライヴァル様の視線がお腹に向いていることに気づく。
「本当に大きくなったな。私が代わってあげられたら良かったのだが……体は辛くないか?」
「ええ、大丈夫です」
「本当は?」
頬に手を添えられ麗しい笑みを向けられた。
「……お腹は圧迫感があって重いし、そのせいか腰や脚が少し痛いです。あと時々抗えないほどの強い眠気に襲われます」
「うん、素直でよろしい」
そう言ってクライヴァル様は私の頬に口付けを落とした。
「だいぶ人に頼ることに慣れたと思っていたが、まだまだだな」
ふっとクライヴァル様は笑った。
身ごもっているのだからお腹が重いのは当たり前のことで、誰に何かを言うものでもないと思っていたのだけれど、どうやらそうではなかったらしい。
「そういうちょっとしたことだったり、愚痴だったり、この屋敷の中では少しくらい我儘を言ってもいいんだよ」
「……でも辛いと思うことはあっても全然嫌ではないんですよ?」
だってこの子の存在を実感できるから。
「そうだな。でも口に出すことで誰かが解決策を示してくれることもあるかもしれないだろう? 今日の私のようにね」
「今日のクライヴァル様?」
「実は今日ちょうどクリスティナと会って、マルカのことをあれやこれやと聞かれてね」
自分の時はこうだった、あの時こうしてもらったら楽だったなどとクライヴァル様にお話していったらしい。
その話の中に、脚のむくみを取るマッサージというものがあったそうだ。
「まずは左脚からやってみようか。どの体勢が一番楽だ?」
「え? クライヴァル様がやるんですか?」
「そうだが?」
「いやいや、ここは普通ナンシーでしょう」
「夫である私がやっても問題ないだろう。実際話を聞いてきたのは私だしな。私の分まで頑張る妻を労うのは夫として当然の務めだ」
腕まくりをし、私が体勢を変えるのを待っているクライヴァル様の顔はとても楽しそうだ。
これはきっとクリスティナ様の話を聞いて知的好奇心が刺激されたのだろう。
クライヴァル様のことだから、帰りの馬車の中で習った工程をシミュレーションしてきた可能性もある。
「痛かったり違和感を覚えたらすぐに言ってくれ」
やる気満々なクライヴァル様が可愛くて、そのままマッサージを受けてみれば驚きである。
想像の何倍も心地良いではないか。
おもわず「ふはぁ~」と何とも気の抜けた声が漏れた。
「どうだ、マルカ?」
「すごく気持ちいいです。クライヴァル様はこんな才能もお持ちだったんですねえ」
公爵家のエステ隊にも引けを取らないほどの気持ち良さ。
クライヴァル様にできないことなどないのではなかろうか。
「ははは、喜んでもらえて良かったよ。では今度は逆の脚だ」
嬉しそうなクライヴァル様、何となく楽になったように感じる私の脚。これはもう毎日でもやってほしい。
そんな心の声が漏れていたらしく、その日から本当に毎日クライヴァル様は私の脚をマッサージしてくれた。
そうして約一月後、私はついに出産の日を迎えた。
私は出産未経験なので、妊婦や出産に関しては想像で書いています。
ですので、これちょっと違う……こうはならないよ……などなどありましたら教えていただけると幸いです。
逆に、そうそう、そうなんだよ! みたいなのがもしあったら教えていただけると嬉しいです。
あと普通に感想なんかもお待ちしております(*´▽`*)




