28.友への誓い
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「盲点だったわ……! どうして気づかなかったのかしら」
婚姻式典の数日後、王太子夫妻とのお茶の席でクリスティナ様が珍しく頬を膨らませながら悔しそうに言った。
「仕方ないさ、クリスティナ。元々広場にいた民に向けて見せるための演出であったわけだし、太陽の方角的にも私たちからは目にすることはできなかったのだから」
バージェス殿下の言葉にクリスティナ様はわかっているというように「ええ、そうですわね」と目を伏せた。
バージェス殿下とクリスティナ様の婚姻式典で、私たち魔法省が総力を挙げて生み出した虹は大好評だった。
けれど、バルコニーにいたクリスティナ様たちにはもちろん背後に出た虹を見ることができるわけもなく。
クリスティナ様はそれを残念がっているのだ。
「きちんと考えれば当たり前のことなのですれけれど、やっぱり見ることができなかったのは残念です。虹を見た者たちは、あんなに大きく美しい虹を見たのは初めてだと口々に言っているそうなのですもの」
「まあまたどこかで機会があれば見ることができますよ」
私がそう言えば、「私知っているわ。きっと当分見ることができないやつよ」とジトッとした目でこちらを見た。
「はあ、ここで愚痴っていても仕方ないわね。そんなことよりもマルカ、あなたたちの式の準備は進んでいるの?」
「ええ。それはもう滞りなく。なにせ周りの方々のサポートが手厚いですからね」
むしろ私よりも両家の親たちが一番張り切っているような気もする。
魔術師長であるフェリクスお父様なんて、結婚式は魔法でどんな演出をしたいかなどと笑顔で聞いてきた。
いや、それはフェリクスお父様の仕事ではないでしょうと思わず突っ込んでしまった。
だってお父様は式の参列者であって演出係ではないのだ。
彼には当日は私をエスコートして式場に入場し、花婿であるクライヴァル様へと導く大役がある。
だというのに、そんなことまでしなくていいと言ったらよい年をした男性がしょぼんと肩を落とした。
ローザお母様曰く、元々フィリップス侯爵家には子が二人いるけれど、どちらも男性なので娘の父として式に参加するのが初めてなので妙に張り切っているのだとか。
そんなローザお母様も、「娘の結婚式のドレスを一緒に選べるなんて!」と大はしゃぎであったことは記憶に新しい。
大人になってからフィリップス侯爵家の一員になった私を、本当の娘のように可愛がってくれている。
「お父様たちも、ねえ? あんなに子供の結婚式に力が入る人たちだとは思っていなかったわ」
くすくすとクリスティナ様が笑う。
「ああ、そうですねぇ」
アルカランデ公爵家でも私たちの結婚式にはかなり力が入っている。
「クリスティナ様にしてあげられなかった分もクライヴァル様に向かってるんじゃないでしょうかね」
というのも、クリスティナ様は王室の一員になるためのものだったので、娘の結婚式というよりは国を挙げての一大イベントであり、王家主導の元で進められた式だった。
いろいろしてやりたい親心はあってもできることは限られていたし、今までとは立場が変わることを認識させられるものでもあったのだ。
まあ、そうは言ってもそれは形式的なものであって、公式な場以外では今までどおりの親子としての接し方でも問題なし、というのが王家の考え方のようなのでそこまで寂しくはないそうなのだけれど。
とにかく、クリスティナ様の時とは違い、クライヴァル様はアルカランデ公爵家の嫡男としての立場で私と式を挙げるのだから、ある意味やりたい放題、自由自在。
任せっきりにしておいたら参列者がどんどん増えそうだったので、途中でクライヴァル様が止めていた。
「何でもできてしまう分、手を広げようと思ったらどこまででもやれてしまうから逆に大変よね。まあそのあたりはお兄様が何とかするでしょう。きっとマルカは当日なーんにもしなくても完璧な花嫁になれるわよ」
「いや、もう朝からもみくちゃにされるらしいんですよ……今からもうしんどいです」
「まあ! ふふふ、そんなこと言わないの。私も朝から準備で大変だったけれど、完璧に仕上げてもらって、自分史上一番美しい姿でバージェス様の隣に立てて幸せだったわ。あなたもきっとわかるわよ」
「そういうものですか?」
「そういうものよ。そしてそんなマルカの姿を見たお兄様は大喜びでしょうね。ふふふ、浮かれている姿が目に浮かぶわ」
クライヴァル様は、私がどんなドレスを着るかは知っているけれど、実際に着たところはまだ見たことがない。
当日の楽しみにしたいのだと言っていた。
反対に、私もクライヴァル様の婚礼衣装姿をまだ見られていない。クライヴァル様がそうするのなら私も同じようにすると言ってしまったからだ。
早く見たいけれど、勝手に想像するのも楽しい。
「……むう」
「どうしたの?」
両手で頬を抑え唸った私にクリスティナ様は不思議そうに首を傾げた。
「もう今の時点で幸せなんですけど、どうしましょうね?」
天井知らずの幸福感に戸惑ってしまいそうだ。
そんなことを考える私にクリスティナ様はきょとんとした後、クスクスと笑いだした。
「ふ、ふふ、もうマルカったら。あなたって本当に面白い子ね。いいじゃないの。どこまでも幸せにおなりなさいよ。ねえ、バージェス様?」
「ああ。幸福を感じているなら素直にそのまま受け取ればいいではないか。クリスティナを妃に迎えて毎日幸福な私のようにな」
胸を張り自分を見習えと言わんばかりのバージェス殿下に何とも言えない気分になるのはなぜだろう。
いや、まあ良いのだ。
クリスティナ様だって幸せそうだし、プライベートはこんな感じだけれど王族としてはきちんとしているのだから問題ない。
少しなんだか面倒くさいとか思ったりするけれど、これも含めてクリスティナ様の愛するバージェス殿下なのだから。
「おい、何か失礼なことを考えているだろう」
「え? いえいえ、そんな」
「わかりやすい嘘を吐くな。マルカ嬢がその顔で笑っている時はたいがい面倒だとかそんなことを思っている時だろうが」
「あら、バージェス殿下こそ酷いことをおっしゃいますね」
私の標準装備の控え目な微笑みを浮かべていただけだというのに失礼ではないか。
「どうしましょう、クリスティナ様。バージェス殿下が淑女の微笑みに難癖をつけてきます。紳士にあるまじき行いです」
「なぜそうなる。クリスティナ、何とか言ってやれ」
「ふふふ。夫と親友が仲が良いようで何よりですわ。お兄様が見たら妬いてしまいそう」
「……妬かないでしょう?」
いくら何でもこんなことで。しかも相手はバージェス殿下だ。
「あら、お兄様って意外と狭量なのよね。マルカ限定だけれど。本当に昔のお兄様からは想像もつかないくらいよ」
「たしかになぁ。以前から常に穏やかな笑みを浮かべて人当たりの良い男だったが、代わりに特別誰かに執着することもなかったからな」
幼なじみとしても側近としてもクライヴァル様をよく知るバージェス殿下ですら、時々本当は機械なんじゃないかと思うくらい完璧な、ある意味人間味のない男だったと殿下は言った。
「それが今はどうだ? マルカ嬢の話をする時のクライヴは、私がクリスティナの話をする時と同じような顔をしているぞ」
「え? もう少ししまったお顔をされているでしょう?」
「……君は本当に失礼なやつだな。公式の場なら罰されるぞ」
「わぁ、バージェス殿下と友人で良かったです」
にっこり笑ってそう言えば、バージェス殿下とクリスティナ様の二人に「本当にマルカ(嬢)はいい性格をしている」と言われた。
「はあ……。まあなんだ。私たちのような立場の者にはマルカ嬢のように自分を隠さず接してくれる者はとても貴重なんだ。これからもその調子でクライヴを支えてやってくれ。今日はそれが言いたかった」
「バージェス殿下……」
なんだかすごく良いことを言われた。
クリスティナ様を見ると照れくさそうなバージェス殿下を優しく見つめており、私の視線に気づくと静かに頷いた。
なぜだろう。
今の今までそんな感動的な雰囲気でもなんでもなかったのに、なぜか胸に込み上げてくるものがあった。
「……お任せください。クライヴァル様のことはこの私が必ず幸せにしてみせます!」
「くはっ、ふ、はは! それでこそ我らの友、マルカ嬢だ」
なぜか殿下に大笑いされてこの日のお茶会はお開きになった。
この物語ももうすぐ終わりを迎えます。
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