22.精神攻撃は鎌か除草剤か
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「こんなもの作るくらい造作もないことなんですよ」
私があまりにも自信満々に言ってのけるものだから、否定したい気持ちを信じられなくなったのかもしれない。
喚いていたベサニー夫人の口が閉じられた。
「けれど、やはり素人が作ったものですから、少々効果が強くなり過ぎたみたいで。素直に話している分には問題ないですが、薬の効果に抵抗して嘘を吐くと精神が壊れてしまうみたいなんですよねぇ」
「……な、なんて危険なものを作ってるのよ。犯罪じゃないの!」
「問題ありません。だってそうでしょう? これをあなたに飲ませたところで証拠は何も残らないんですから」
調べられたところで私は何も困らない。
これが本当に自白剤なら問題だけれど、実際はただの苦い液体なのだから。
けれど、そんなことを知らないベサニー夫人の顔色はどんどん悪くなってくる。
「なんて恐ろしい女なの……! こんな暴挙、クライヴァル様たちが許すはずないわ!」
「あなた馬鹿ですか? いえ、お馬鹿さんだからこんなことを仕出かしたんでしょうけど……」
私は頬に手を当て小首を傾げ、これ見よがしに溜息を吐いた。
「この時点で何も言わないクライヴァル様やヒューバートお義父様たちがあなたを守るとでも?」
私の言葉にベサニー夫人は慌てた様子で私以外の者に目を向けた。
けれど、従者は氷の中だし、リックは怒りからベサニー夫人を睨みつけているし、クライヴァル様たちは冷ややかな微笑みを向けている。
いや、どうしてクライヴァル様たちが自分を守ってくれると思ったのか不思議でならない。
やはりベサニー夫人の頭の中にはお花畑が一面に広がっているようだ。
誰か根こそぎ刈り取ってやってほしい。もしくは除草剤を撒いてほしい。
「わ、私に何かしたらスタークス子爵家とシャルバン侯爵家が黙っていないわよ!」
この場の誰も助けてくれないと悟ったベサニー夫人は、声を震わせ涙目になりながら私をキッと睨んだ。
この表情も人によっては可哀想で魅力的に映るのだろう。まあ私には何の効果もないけれど。
「どちらもフィリップス侯爵家やアルカランデ公爵家よりも立場は下ですよ。そうでなかったとしても、スタークス子爵から言われているんですよね? 問題を起こせば除籍する、と」
にこりと笑ってそう言った私に、ベサニー夫人はなぜその事を知っているのかというような視線を向けた。
情報収集は大事だとさっき自分で言っていたはずなのに、どうやら彼女の頭は都合よくいろいろなことを忘れるようだ。
「で、でも、まだシャルバン侯爵家があるもの! お父様が愛しい娘を苦しめた者を許すはずないわ!」
ベサニー夫人はまだそんなことを言っている。
本当に父親が自分を助けてくれると思っているなら愚かすぎる。シャルバン侯爵が助けたいと思っても助けられないくらいのことをしたのだとなぜわからないのだろう。
「本当におめでたい頭をしていらっしゃるんですね」
呆れて思わず溜息が出てしまった。
「シャルバン侯爵家の中であなたの味方なのはご当主だけでしょう?」
シャルバン侯爵夫人と子息は、今回ベサニー夫人が王都に戻ってくること自体反対していたそうだ。
公爵家の婚約者となり大切に育てたはずの娘はいつの間にか傲慢になってしまった。
婚約解消の危機に陥り、シャルバン侯爵夫人は自分の考えと娘への甘さに気づき、どうにか娘を変えようと奮闘したらしい。
けれど肝心の娘は最後のチャンスをもらったにもかかわらず態度を改めず、ついには婚約を解消された。
公爵家に嫁ぐ者として相応しくないと言われた自分の態度を省みることなく、ただただ悲劇の主人公のように嘆き悲しむ娘。
それを諫めることもせず甘い言葉をかけ、慰めるだけの夫。
このままでは家を継ぐ息子にまで悪影響を及ぼしかねないと、シャルバン侯爵夫人は娘を家から出すことを決めた。
それでも自分の愛する娘に変わりはない。
少しでも娘が苦労することなく暮らせるように、それでいて未練がましくクライヴァル様が良いのだという娘が簡単にアルカランデ公爵家と接触できないように、シャルバン侯爵夫人はスタークス子爵の後妻として娘を嫁がせることに決めたらしい。
ちなみにシャルバン家は夫人が侯爵家の直系で、現当主は入り婿であることから発言権は夫人のほうが強いそうだ。
そうして子息は姉であるベサニー夫人の醜聞に苦労しながらも真面目に健やかに成長し、やっと安心できると思っていたところに今回の件だ。
この事実を知ればシャルバン侯爵夫人は烈火のごとく怒るだろう。
そんな人がまたしても問題を起こしたベサニー夫人を守るだろうか。いや、守らない。
下手をすればベサニー夫人を切り捨てたうえで、侯爵に子息との当主交代を迫る可能性もある。
情に駆られて正しい判断もできない無能な当主より、優秀な子息のほうがよほど良いのだから。
そんなこと少し考えればわかるはずなのに、目の前のベサニー夫人には理解できないらしい。
「まあこんなことを言ってもご理解いただけないようですし、いい加減うるさいのでさっさと飲んでくださいね」
「誰が飲むもんですか!」
そう言ってベサニー夫人は口を堅く引き結んだ。
これでどうにかなると思っているのだから救いようがない。
「リック、彼女の頭を後ろに傾けて押さえておいてもらえます?」
「任せろ」
ベサニー夫人の後ろにいたリックにそう声をかけると彼は両手でベサニー夫人の頭を掴んだ。
「何するのよ! 汚い手で触らないで!」
喚いてはいるものの、肩まで氷漬けにされているベサニー夫人は大した抵抗もできず、リックによっていとも簡単にグイッと頭を後ろに倒された。
「さあ、お薬の時間ですよ」
小瓶の蓋をキュポンと外し、ベサニー夫人の顔の側まで持って行く。
「い、いや、やめて……!」
「そんなに怯えなくても大丈夫です。あなたが何もしていないなら自白したところで罪に問われるようなことを言うはずないですもんね。もし嘘を言ったら精神が壊れてしまいますけど、嘘を言う必要もないですもの」
私はふふっと笑ってみせる。
「ああ、でもこれで万が一、罪を告白するようなことがあれば、あなたには自分の罪を意図的に隠そうとした罪が追加されますねぇ。あとは暴言と、侮辱罪も追加されるかもしれませんね」
「今ならまだ厳しめな修道院に送られるくらいで済むかもしれないけれど、いろいろな罪が追加されれば重罪人としての扱いになるかもしれないわね」
私の声に続けてリディアナお義母様が言う。
「そうなると牢屋行きだな。そして貴族籍も取り上げられ、平民になった君は裁判を受けることなく罪が確定だ」
「平民の重罪人の行き先は誰も行きたがらない場所での強制労働でしたか? もしくは魔法や薬の影響を調べるための人体実験施設もあり得ますね」
ヒューバートお義父様とクライヴァル様も追い打ちをかけるように続ける。
それを聞いたベサニー夫人は顔面蒼白でガタガタ震え出した。氷漬けにしても震えなかったのに、この精神攻撃はかなり効いているようだ。
なぜかベサニー夫人の頭を押さえているリックまでもが顔色を悪くしているが、まあそれはいい。
「まあ、そんなことになるんですね。でも恐ろしいですが仕方ありませんよね。あら? スタークス前子爵夫人、どうされました? 顔色が悪いですよ? 怖いことを言っていますけど、あなたには関係ないですものね。もしあなたの身の潔白が証明されたら、私にできる範囲内で責任も取りますので安心して飲んでくださいね」
ベサニー夫人の顎を押さえ、半開きになった口に向かい小瓶を傾けていく。
あと少しで液体が零れる、となったところでやっとベサニー夫人が観念した。
「い、うっ! 言うわ……! 全部喋るから! だから許して!」
ぼろぼろと涙を流しながら懇願するベサニー夫人に溜飲が下がったのか、リックが彼女の頭を放した。
「最初っからさっさと吐けばいいのに馬鹿だねぇ」
リックに鼻で笑われても言い返すことができないくらい、ベサニー夫人はがっくりと項垂れたのだった。
ベサニー夫人、やっと喋るってよ!
無駄にしぶとい人でした……( = =)
活動報告にも書いたんですが、X(Twitter)始めようかどうか考え中です。




