21.小瓶の中身は何でしょう
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私の意思が伝わったのか、クライヴァル様は一瞬目を瞠った後にふっと目を細めて頷いた。これらの行動がまたベサニー夫人を苛立たせたらしく、彼女は淑女にあるまじき顔で私を睨みつけていた。
そんな彼女に私は優しく穏やかに話しかける。
「私、スタークス前子爵夫人はとても儚げで可愛らしい容姿をお持ちだと思います」
「な、何なの急に……」
先ほどまでの話題から一転して急に褒めだした私をベサニー夫人は訝し気に見た。
けれど褒められてまんざらでもなさそうで、先ほどまでの怒りはどこへやら、少しすると嬉しさを我慢できず頬を緩めた。
「その美貌をもってすれば、数多の男性を虜にすることができたでしょう。その中でもクライヴァル様は最上級ですもの。隣に立つことを夢見るお気持ちもわかります」
私は心にもないことをペラペラと口にする。
なかなかクライヴァル様にとって失礼なことを言っているけれど、あえてそう言っているのがわかっているから彼も何も言わない。
ベサニー夫人はといえば褒め言葉を何も疑わずに受け入れ、そうでしょうとでも言いたげに満足そうに頷いている。
チョロすぎる。この人は褒められることが大好きなのだろう。
「けれどそれはやはり無理というもの。本当はスタークス前子爵夫人だっておわかりになっているのでしょう?」
「どうして無理だと思うのかしら? 聞いてあげてもよろしくてよ」
なぜか急に上から目線。あ、この人最初からそうだったわ。
「なぜって……御夫君を亡くされたばかりでしょう? それに、その、一度ご結婚されたということは……」
私はあえて言葉を濁した。
結婚すれば必ず初夜を迎える。それは貴族として結婚した者の義務でもあるはずで。
そして、貴族家当主の初婚の相手には必ず純潔性を求められる。
だからこそベサニー夫人もそれを奪うために私を襲わせようと画策したはずだ。
つまり、ベサニー夫人がいかに自分に自信があろうとも、その時点で彼女がクライヴァル様の結婚相手になれるはずがないのだ。
それなのに私がいなくなれば自分が、と思っているベサニー夫人はやはり愚かとしか言えない。
けれど、そんな私を馬鹿にするかのように笑ったベサニー夫人は「問題ないわ」と言った。
「だって私はまだ純潔を守っているもの」
「え? だって……」
「私たちは白い結婚だったの。誰があんな狒々爺に私の美しい肌を許すものですか。気持ち悪いったら」
「……仮にもあなたの夫だった方ですよ」
「好きで嫁いだわけじゃないわ。私はずっとクライヴァル様をお慕いしていたもの。いつか来る日のためにこの身を守り抜いたの」
ベサニー夫人は胸に手を当てまるで何かの演劇の台詞のように宣った。
まったくもって信じられない。
彼女は自業自得で婚約を解消され、誰とも婚約を結べそうになく、このままだと家を継ぐ幼い弟の将来に影を落とすため、もう修道院に入れるしか道はないかと思われていたところをスタークス前子爵が後妻として受け入れたと聞いている。
実際の二人がどんな関係性だったか私にはわからないけれど、少なくとも不自由せずに贅沢に暮らさせてもらっていたのに、人様の前で悪し様に言うなんて。
(ああ、何かこの人嫌いだ)
唖然とする私の表情を思惑が外れたせいだと取ったのか、ベサニー夫人は愉快そうに目を細めた。
「残念だったわねぇ。私はクライヴァル様の隣に立つ資格があるの」
「だから私を狙ったんですか? 私がいなければ、またクライヴァル様の婚約者に自分がなれると思って?」
もし本当にそうだとしたら、笑わせてくれる。
純潔だからという理由だけでクライヴァル様の婚約者になれるなら、いったいどれほどの女性にその資格があると言うのだ。
「だから私は何も知らないって言っているでしょう? あなた襲われそうになったの? それはそれはご愁傷様。普段の行いが悪いのではなくて?」
「認める気はないんですね?」
「私が何かしたという証拠でもあるのかしら? 妄想もここまで来ると怖いわね。ああ、こういう想像力豊かなところがクライヴァル様は良かったのかしら。私にはないところだわ。ふふふ、けれどクライヴァル様もきっと物珍しさから勘違いなさっているだけよ。平民出のあなたと生まれながらの侯爵令嬢の私とでは何もかもが違う。貴族というものをわかっている私のほうが公爵家の嫁としても相応しいのよ。おわかりになって?」
自分が優位になったと思ったベサニー夫人の口からはスラスラと言葉が出てくる。
証拠? そんなもの今からたっぷり出してくれるわ!
私は微笑みを浮かべてベサニー夫人に「よくわかりました」と答えた。
「あら、やっと理解してくれたのね。それじゃあ――」
「あなたがとんでもなく愚かで自分勝手で救いようのない人間で、婚約が解消されたことは大正解だったなということがよくわかりました」
「……は? な、なん、何ですって――ッキャー!!」
文句を言おうとした反動で立ち上がりかけたベサニー夫人の下半身を、私は一気に氷漬けにした。
「ほお、見事なものだな。こんなに早い魔法の展開はなかなか見られないぞ」
「マルカ、あなた魔法を使う時はいつも指を鳴らしていなかった?」
「さすがリディアナお義母様。最近あれ無しでも魔法が展開できるようになったんですよ」
「無詠唱且つ、予備動作も無しか。相手にとっては脅威だな。さすがはマルカだ」
クライヴァル様たちとそんな会話をしていると、目の前でぎゃあぎゃあとベサニー夫人が騒ぐ声が聞こえた。
「ちょっと! 無視してんじゃないわよ! あんたがやったの!? 何なのよこれ! 寒いじゃないの!」
「うるさいですねぇ。言葉遣いが乱れてますよ?」
「~~~!! それどころじゃないわよ! クライヴァル様! 公爵様、リディアナ様! 助けてください!」
「あらあら、まあまあ。熱くなったあなたにお似合いよ、スタークス前子爵夫人」
無視するクライヴァル様とヒューバートお義父様と、にこやかに笑うリディアナお義母様に顔色を悪くしたベサニー夫人は思い出したかのように自分の従者であるイヴに助けを求めた。
「イヴ、イヴ! 何をしているの! 早く助けなさい! って、えええ!?」
なんとか身体をねじって従者を見たベサニー夫人は、その瞬間驚きの声を上げた。
なぜなら従者がいた所には長方形の氷の塊がズドンとあったから。
「え? なに? あれは何なの!? イヴは? イヴはどこ!?」
「従者の方ならあの氷の中ですよ。ちなみに音も届かないから何を言っても無駄ですけど」
そう、あれは私が魔法で作りだしたものだ。
この部屋に入り、お茶を出してもらった後、すぐに私はあの従者を氷の箱に閉じ込めた。
何があっても邪魔をされないようにそうしたのだが、凍らせるのはさすがに可哀想だったので、身体には直接触れないように大きめの氷でスポッと覆った。
ついでに音が漏れないように防音魔法も施した。
部屋に入ってすぐだから、結構前からあの状態なのだけれど、ベサニー夫人はまったく気づいていなかったようだ。
クライヴァル様たちはもちろん気づいていたけれど、当たり前に表情に出すことはしなかったし、リックは驚いていたけれど、ベサニー夫人の後ろにいるから問題なかった。
話しながらも何度か確認したが、氷が溶けてくることはなかったので、従者は少なくとも炎の魔法は使えないのだろう。
ちなみに凍らせる魔法を多用しているのは証拠隠滅がしやすいからである。
「ええっと、何でしたっけ? そうそう、証拠でしたね。状況証拠はたくさんあるんですけど、やっぱり直接語ってもらうのが一番ですよね。スタークス前子爵夫人もそう思いませんか?」
私が笑顔を向けてそう言えば、ベサニー夫人は悪かった顔色をさらに青くした。
「な、何をする気よ! 知らない、私は何も知らないったら! この男たちが勝手にやったことよ! 私は何にも関係ないわ!」
ベサニー夫人は後ろに立つリックを指差してそう叫んだ。
「はあ!? ふざけんなよ、お嬢様! 全部あんたの指示通り動いてやったのに俺たちを騙しやがって!」
「まあまあ、落ち着いてください。ちゃんと本人に喋らせますから大丈夫ですよ」
私はベサニー夫人を肩まで氷漬けにする。
「嫌、嫌ぁ! 何なのよ、あんた! 頭おかしいんじゃないの!? こんなことしてタダで済むと思ってるの!?」
「はい、はい、思ってますよー。あとでちゃんと温めてあげますからね。さて、これ何でしょう?」
私はベサニー夫人の前に、手に収まるほどの小瓶を出した。
小瓶の中には緑色のどろりとした液体が入っている。
「知らないわよ! どうでもいいからさっさと魔法を解きなさい! 風邪を引いたらどうしてくれるのよ!」
「黙りなさい」
今もなお自分の立場を理解しようともしないベサニー夫人の言葉を私はズパッと遮った。
「スタークス子爵夫人、あなたは今私に命令する立場にありません」
「なっ、何様のつもりよ! こんなことしてタダで済むと思ってるの!?」
「あなた、それ以外の言葉を言えないんですか? 何様のつもりもありませんよ。私はマルカ・フィリップス。それ以外の何者でもありません。ですが、自分に向けられた敵意くらい自分で払えなければならない立場だとも理解しています」
そう、こんな自分勝手な人にいつまでも好き勝手を許すわけにはいかないのだ。
「この小瓶の中には何が入っていると思いますか?」
「知らないって言ってるでしょ!」
「……自白剤ですよ」
私は小瓶を揺らして微笑み、「それもとても強力なね」と付け加えた。
途端にベサニー夫人は動きを止め、静かになった。
かと思ったら笑い出した。
「ふ、ふふふ。あなたとんでもない嘘つきなのね。自白剤は国で管理されているはずよ? あなたみたいな子が持っているはずないじゃない」
たしかにベサニー夫人の言うとおり自白剤は国で管理されており、王宮での尋問以外で使うことはない。
そもそもが一般には出回っていない禁止薬物だ。
実際今私が持っているのも、自白剤などではなくただの緑色の液体だ。
ただし、以前私が飲まされたものはただの甘い液体だったけれど、これはとんでもなく苦く作ってある。
誰が作ったかって? もちろん私だ。
「よくご存じですね、と言いたいところですが、抜け道もあるんですよ? 自白剤を自分で作ってはいけないとはどこにも書かれていないんですから」
「は……?」
「これ、私の自信作です」
「そ、そんなのでたらめよ! あなたなんかに作れるわけないでしょ!」
「どうしてそう思うんです? 私のこと、少しは調べたんですよね? 学園での成績は常に上位。魔法も得意で魔法省に勤めているんですよ? それに父は魔術師長です」
「だから何よ!」
「こんなものを作るくらい造作もないことなんですよ」
にこりと笑ってそう言って小瓶を揺らした私に、ベサニー夫人はひゅっと息を呑んだ。
追い詰めちゃうぞ♡(>∀<*)-☆




