18.【別視点】奴らより怖いものはない
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空が白んできた頃、リーダ格の男リックは、自分たちに貸し与えられたお屋敷とはまた別のお屋敷の前にいた。
自分たちのお屋敷もたいそう立派な作りだとは思っていたが、目の前に立っている建物はそれよりもさらに立派だ。
「はあ……貴族ってやつはどこから金が湧いて出るんだか」
自分たちではどんなに働いても一生こんな立派な家には住めないだろうと思うと、厭味の一つも言いたくなるというものだ。
(しかし、本当に俺は無事でいられんのか?)
このまま逃げ出してしまいたい気持ちを抑え、はあ~っと深い溜め息を吐き頭をかいた。
背中には「早く行け」というような視線をビシビシと感じる。
「しょうがない。行きますか……」
リックは意を決して玄関のベルを鳴らした。
この少し前、リックや仲間は貸し与えられたお屋敷でアルカランデ公爵家の面々と対峙していた。
自分たちのような者では、通常であれば一生口を利くこともない非常に高貴な人物たち。
何かの間違いで話すことがあったとしても緊張するのに、それよりももっと緊張する、恐怖すら覚える状況の中にいた。
それもこれも依頼人の貴族令嬢の指示通りに動いたら、それが公爵家の嫁となる人間を害することに繋がる行動だったからだ。
褒美だと聞かされていた相手が娼婦ではなく貴族令嬢だったことにも驚きだが、まさか公爵家に嫁ぐほどの地位のある令嬢だとは思いもしなかった。
もしも娼婦だと思い込んだまま事に及んでいたら、明日自分たちの首は繋がっていなかっただろうと思うと恐ろしい。
あのマルカと呼ばれていた少女がえげつないほどの魔法の使い手であったことが幸いした。
貴族のお嬢さんというのはもっとか弱い存在か、依頼人のように傲慢な態度を取るかのどちらかだと思っていたが、あの少女はそのどちらでもなかった。
最初こそ娼婦と勘違いしていたが、貴族と思って見れば確かに庇護欲をそそる見た目で可愛らしくもあった。
けれどその言動は見た目にそぐわずなかなかに苛烈であった。
そしてその苛烈さとは裏腹に、あんなに繊細な魔力コントロールで拷問まがいのことをされるとは。
今思い返しても恐ろしい。
まさか室内で溺れることがあろうとは。雷に打たれることになろうとは。
なかなかにえげつない魔法であった。
けれどそれを食らったおかげで自分たちの命が繋がり、田舎にいる家族にも迷惑をかけずに済んだのだと思えば感謝すら覚えるというものだ。
まあまだ自分たちへの罰は当然のものとして受ける。
警備隊に引き渡されるのも仕方のないことだ。しばらく牢に入れられ、罰金か何ヶ月かの強制労働かと思っていたら、公爵にその前にひと働きするようにと言われた。
元よりもう逆らう気はなかったが、公爵には逆らってはいけないと自分の中の野生の勘が警告していた。
同じ男であるリックから見ても男前な顔に、知性を感じさせる話し方、決して暴力的な要素など感じさせない、いかにも貴族という雰囲気。
そりゃそうだ。相手は公爵家のご当主様だ。
けれどマルカという少女とは違い、直接攻撃を受けたわけでもないのに感じるこの恐ろしさは何なのだろう。
蛇に睨まれた蛙というのはまさにこんな感覚なのかもしれない。
そんな公爵から指示されたのは、ある屋敷に行き、そこにいるのが依頼人の貴族女性で間違いないか確認しろということだった。
「いやいやいや、俺たち依頼人がどこにいるのか知らないんだが……」
そう言って困惑するリックに、公爵は「そこはこちらが把握している。君はそこにいるのがベサニー・スタークスであるかどうか確認しろ」と言った。
なぜここがわかったかと聞かれたら、最後の依頼の時に従者の後をこっそりつけたと言えと言われた。
「え? べサニー・スタークスって……」
男たちの内の一人がそう呟くと、公爵は黙ったまま頷いた。
彼らにはその名前に聞き覚えがあった。
なぜなら、それは自分たちの住む街があるスタークス領の前領主夫人の名前だったからだ。
前の領主が亡くなり、悲しみから別邸に居を移し喪に服していると聞いたことがあった。
前領主夫人は前領主とは親子ほど年の離れた後妻であったそうだが、仲が良かったのだななどと思ったものだ。
だが、公爵の話からは、自分たちの依頼人の傲慢な貴族令嬢こそがその前領主夫人だと疑っていることが覗える。
そんな馬鹿な、いったい何のメリットが? 何かの間違いでは? と言いたいところだが、リックたちは前領主夫人の顔なんて見たこともないし、話はすべて噂話程度のものだ。
ほぼほぼ確信を持っていて、確認のために自分をそのお屋敷に行かせようとしているくらいなのだから、自分たちには到底理解の及ばない事情でもあるのだろうとリックは自分を納得させた。
まあ納得しなかったとしても、リックがお屋敷に確認に行くことはもう決定事項なのだが。
すでに罪を犯した自分たちは、もうこれ以上罰が重くならないように従うだけだ。
たとえ門前払いを食らおうと、中にいる人物をこの目で確認するまでは絶対に帰らない。
相手が貴族だろうが何だろうが、王族でもない限りアルカランデ公爵家より強い奴らなどいないのだから、ある意味心強いというものだ。
そんな思いでベルを鳴らした
控え目にカランカランと鳴るベル。けれど誰も出てくる気配はない。
(まあ、しょうがないよな。こんな朝だか夜だかわからん時間に尋ねてくる非常識なやつ普通はいないしな)
だからといって帰ることはないのだけれど。
しつこくベルを鳴らしていると、扉の向こうに人の気配を感じた。
ここが本当に自分たちの依頼人の住まいなら、まず出てくるのは従者のイヴだろう。
「……こんな時間にいったい誰だ」
不機嫌さを隠さずにドアを開けたのはやはりイヴだった。
開ける前に相手が誰であるかを確認しないあたり、この一見上品そうに見えている男は自分たちと同じようなただの平民なのかもしれない。
リックは従者は間違いなく今回の件に関わる男だと、事前に指示されていたハンドサインで近くに潜んでいる公爵家の騎士に知らせた。
「よう。お嬢様はいらっしゃるか?」
「お前は……!」
リックの登場にイヴは目を見開き、明らかに動揺を見せた。
「なぜお前がここにいる!」
「まあまあ。立ち話もなんだし中に入れてくれませんかね?」
「ふざけるな。お前たちは大人しくあの屋敷で待っていろと言ってあったはずだぞ!?」
誰のせいで大人しく待っていられなかったと思っているのだと、リックは自分に命令してくるイヴを憎らしく思う。
ここで喧嘩をしても勝てる自信はあるが、今の目的はこの男ではなく、依頼人の貴族女性のほうだ。
リックは喉元まで出かかった文句を飲み込み、イヴの耳元で「それについて話があるんだよ。おたくらだって聞かれたらまずい話、あるだろ?」と言ってやった。
言葉に詰まったイヴの肩を軽く叩いて横をすり抜ける。
とりあえずひとまず侵入成功だ。
あとは依頼人がこの屋敷にいるかどうかを確認できれば、やっと警備隊のもとに連れていってもらえる。
もうこれ以上貴族同士のいざこざに巻き込まれたくない。
生きていて、早く警備隊のもとに行きたいという時が来るなんて思ってもみなかった。
(こんな時間だし、お嬢様はまだ寝てんだろうな)
と、なればいるのはベッドルームだろう。
貸し与えられたお屋敷でもベッドルームは2階だったのだから、恐らくこのお屋敷でも2階にあるはずだと当たりをつけて、何やらゴチャゴチャ言っているイヴを振り切り2階に上がった。
さすがは貴族のお屋敷というだけあって、2階にも部屋がいくつかあった。
ベッドルームはどの部屋かと考えていると、遅れて上がってきたイヴがリックの肩を乱暴に掴んだ。
「いい加減にしないか! 貴族の屋敷でこのような無礼を働いてタダで済むと思っているのか? 警備隊を呼ぶぞ!」
その言葉にリック鼻で笑って返す。
アルカランデ公爵の言うことが正しいならば、警備隊に突き出されるのは自分だけでなくこいつらも同じだろう、と。
「っは! 呼べるものなら呼んでみろよ。それで困るのは俺だけじゃないはずだぜ?」
「……どういう意味だ?」
「どうって、それはあんたらのほうが良くわかってるんじゃありませんかね?」
そんなやりとりをしていると、いくつかあった部屋のうち、一つの部屋の扉が開いた。
「何なの? 今何時だと思ってるのよ。騒がしいわね……イヴ? いったい何が――っ!」
部屋から出てきたのはリックたちの雇い主、依頼人である女性に間違いなかった。
(つまりこれが前の領主様の奥方、べサニー・スタークスってことか)
噂とは本当に当てにならないものだ。
夫を亡くし喪に服すどころか、豪華な服を着て領地を飛び出し、遊びに興じ、王都に来て他の貴族女性の純潔まで奪わせようとするような女だったとは。
リックと目が合ったベサニーは「どうしてあんたがここにいるのよ! さっさと出ていきなさい!」と金切り声を上げた。
「もらう物もらったら帰りますよ。報酬、いただけるんですよね?」
「はあっ? 報酬はあのお屋敷に届けるとイヴが約束したでしょう!」
「それが信用できないからここまで来たんですよ」
「……どういうことよ」
「お嬢様たちは俺らのことを甘く見過ぎなんじゃありませんかね? 犯罪の片棒を担がせるなんてひどいじゃありませんか」
マルカにこっぴどくやられるまでここまで大ごとだとは思っていなかったことは言う必要はない。
まるで全て知っているというような態度で睨めば、ベサニーとイヴは居心地が悪そうに顔を背けた。
「話をしましょうよ。お互いのためにね」
リックがそう言うと、渋々と言った様子でお屋敷にある応接室に案内されたのだった。




