17.初めまして
いいねや誤字報告に評価などありがとうございます。
「……ひどい! ひどいじゃねえか! 俺がヒイヒイ言ってる間にお前たちってやつは!」
くう~っと本気で涙を滲ませながら言ったのは私が連れていった男だ。
そしてそれを言われたのは、このお屋敷に残していった男たち。
「悪かったって。でもなあ、もうじき捕まっちまうんだったら堪能しておこうと思うのは人の性じゃないか?」
「そうそう、次にいつありつけるかわからんしなあ」
「泣くなって。ジョンの分も取ってあるからさ」
「ほら、これ食ってみろよ。すごいうまいぞ」
「う、うんめ~! 何だこれ!」
ジョンと呼ばれた男は仲間から差し出された肉に嚙り付くと、感嘆の声を上げた。
(私が連れ出した男の名前はジョンというのね。そういえば男たちの名前を一人も聞いてなかったわ)
それどころではなかったし、聞く必要性も感じなかったので聞かなかったけれど、全員を「男」と呼んでいてはややこしいので名前を知れたのは都合が良い。
残りの4人も名乗らせるべきだろう。
(というか何なのこの状況)
ジョンが扉を開け、私たちがお屋敷に入ると、残していった男たちはまさかの酒盛りをしていたのだ。
どうやらお屋敷には食事とお酒も運び込まれていたようで、男たちはそれらを楽しんでいた。
そしてこんがりと焼かれたチキンを口いっぱいに頬張っているリーダー格の男と目が合った。
思わず「パーティーか!」と私が突っ込む前に声を発したのがジョンだった。
それが冒頭のアレである。
ひどいとかひどくないとかそういう問題じゃない。
たしかにお屋敷に閉じ込められてやることもないし、暇だっただろう。
でも、だからって酒盛りをする必要がどこにある?
私は無事にナンシーを保護したら警備隊に通報すると言ってお屋敷を後にしたはずだ。
それならばもっとこれからの自分たちの行く先に不安を覚えてもいいのではないか。
どれだけ神経図太いのだろう。
呆れてものも言えない。言うけど。
「ちょっと、みなさん?」
溜め息交じりに声をかけると、ジョンたちは口をもぐもぐと動かしながら私を振り返った。
「盛り上がっているところ悪いんですけど、というかそもそも盛り上がっている意味がわからない。自分たちの立場わかってます?」
にっこり笑って手の平の上にバチバチと光る雷球を生み出すと、男たちは動かしていた口と手を止め、静かに床に並んで正座した。
「お腹は満たされましたか?」
「「「「……はい」」」」
「私が連れ出したそこの人はジョンだとわかりました。とりあえず端から順に名乗りなさい」
私がそう命じると、リーダー格の男から順に「リックだ」「ロージー」「フェルナンです」「ダラ」と名乗った。
彼らは私の後ろにいるクライヴァル様たちにちらりと視線をやった。
このお屋敷に戻ってから彼らと話しているのは私だけで、クライヴァル様たちはその美しい顔に微笑みをたたえているだけなのだから、気になるのも無理はない。
「私たちはアルカランデ公爵家の者だよ」
「……は?」
「そしてこの子は息子の婚約者だ」
「こ、ここ婚約者……? ……!?」
ギギギギッと音が鳴りそうなほど堅い動きで男たちが私を見た。
その目には「嘘だと言ってくれ」と書かれていたが、嘘ではないのだから仕方がない。
事実であるという風にふうににこっと微笑めば、男たちは口をあんぐりとさせたかと思うと驚くべき速さで額を床につけた。
「「「「すみませんでしたー!」」」」
何だろう、この光景。
ああ、そうか。ついさっきジョンがやったのと同じことをしているのだ。
(本当に似た者同士なのね。というか、相手がアルカランデ公爵家の関係者だとわかったらみんなこうなるかしら。うん、なるわね。誰もが知っているこの国を代表する貴族だもの)
しかもその家の令嬢は王太子妃に内定している今最も力のある家だ。
そんな家の子息の婚約者を害そうとした、そりゃあ額も擦り付けるだろう。
下手をすれば物理的に首が飛びかねない。
恐らく私がここに戻ってくるまでは、私のことを貴族の娘だとは思っていてもそこまでの家格だとは思っていなかったのだろう。
道路の改修工事に携わっていた時にも親方たちには下位貴族の娘だと思われていたし、どうにも私には威厳とか気品が足りないらしい。
もしこのお屋敷にやってきたのがクリスティナ様であったなら、手を出そうとすることなく平伏したのではないだろうか。
これからもっと精進が必要ということだ。
男たちの頭を見ながらそんなことを考えていると、リディアナお義母様が扇をパッと広げて「いつまで立っていればいいのかしら?」と口にした。
そこから男たちの動きは早かった。
食べかけていた物をあっという間にすべて片付け、テーブルをピカピカに磨き、ソファーの埃を払い「どうぞお座りください!」と言って壁際に整列した。
一声で男たちを動かすリディアナお義母様、格好良すぎる。
「あら、ありがとう」
男たちを立たせたまま、私たち4人はソファーに腰を下ろし、その後ろに騎士たちが立つ。
その視線はすべて5人の男たちに向けられており、獣と対峙したかのように彼らを震え上がらせた。
「さて、大体の話はマルカから聞いているが、もう一度最初から話を聞かせてもらおうか」
何度も話すうちに齟齬が生じるかもしれないからと言って、ヒューバートお義父様は再度男たちから話を聞いた。
そして「なるほど」と頷くと男たちを見据えて言った。
「君たちは自分がしたことの愚かさをしっかり理解できているのかな?」
ヒューバートお義父様の問いかけに男たちはちぎれんばかりに首を縦に振った。
「その割にはずいぶんと楽しんでいたようだが?」
クライヴァル様の指摘に今度は首を横に思い切り振る。
「君たちはマルカのおかげで首が繋がっているのだと改めて理解したほうがいい。もしも彼女が普通の貴族令嬢だったなら、君たちは重い罪を犯しているところだったのだから」
そうすれば先ほどのように酒盛りをするどころか、明日を迎えられなくなっていたかもしれないと理解し、マルカに助けられたのだと知れ、とクライヴァル様は語気を強めた。
たしかに、貴族令嬢に平民が手を出したら命はない。物理的に首が飛ぶ。
知らなかった、嵌められた、と言ったところでどうにもならない。そういうものだ。
私がちょっと強くて、指一本触れさせず自分の身を守れたから、彼らは息をしていられるのだ。
「そうよ。もしもあなたたちが依頼人の指示通りに動けていたら、あなたたちだけではなくてご家族にまで罰が下った可能性もあったのだから、マルカに感謝なさいね?」
リディアナお義母様が追い打ちをかけるようにそう言えば、男たちは改めて自分たちの立場の危うさを思い知ったのか顔色を悪くした。
罪が重く、当人では償い切れない場合、家族までその影響が及ぶこともある。家族が全く関わっていなくても、理不尽でもそういうものなのだ。
「あなたたちとマルカの間には何もなかった。だからそれに関しては罪に問えないけれど、うちの侍女を攫ったことに関してはきちんと警備隊に報告するわ。しっかりと罰を受けることね」
「え……? 何もなかった……?」
「ええ。そうよね、マルカ?」
「はい。何かあったとすれば、侍女を誘拐されたことに憤慨した私が悪人のアジトを突き止め、乗り込んで成敗した、ということくらいでしょうか」
「単身で乗り込もうとしたマルカを止めるべく、私たちも無理やり付いてきた、という筋書きでいくか」
「そうね、そうしましょう」
「え? は?」
「んん? どういうことだ?」
ぽんぽんと話を続けていく私たちに、男たちはぽかんとしたまま何が何やらという反応をした。
「鈍いですね。私、これでも立場のある身なのであなたたちと密室にいたってだけでもいろいろと面倒なんですよ。いいですか? 私は今初めてこのお屋敷に来たんです」
「え? 初めて? だって、さっき……っギャー!!」
「え? 何? どういうこと? グアッ!」
喋りかけた男たちに雷をお見舞いする。
まだ疑問符を浮かべている男たちに笑いかけ「さっきって何ですか? 私たち、今初めて会いましたよね?」と投げかけると、男たちは怯えながら首を縦に振った。
「よろしい。私は今初めてこのお屋敷に来た。はい、復唱!」
「「「「「お嬢さんは今初めてこのお屋敷に来ました!」」」」」
「雷で攻撃されたのは?」
「い、今が初めてだ! 俺たちは依頼人の指示通りあんたに手を出そうとしたが、連れの女を誘拐した時点で企みがバレて逆にガツンとやられた! そうだろ!?」
リーダー格の男リックがへたり込みながら答えた。
「よろしい。理解していただけたようで何よりです」
満足いく答えに私やクライヴァル様たちはにんまりと笑った。
その笑みに男たちは「ヒィッ」と肩を寄せ合い震え上がった。こんなに美形な人たちが微笑んでいるのに怖がるなんて失礼である。
「さて、話も纏まったようだな。このまま警備隊に突き出したいところだが……その前に、君たちにはもうひと働きしてもらおうか」
ヒューバートお義父様の言葉に男たちが一瞬ぱあっと明るくなった表情を曇らせ、がっくりと項垂れた。
そうそう簡単に解放されると思ったら大間違いだ。迷惑をかけた分はきっちり働いてもらおう。
エピソードタイトルから予想していた「初めまして」とは違っていましたかね?
マルカの強制「初めまして」でしたw( ̄▽ ̄)




