16.ベサニー・スタークス(2)
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たしかに私じゃなかったら……うん、恐ろしいことになる。
男たちはあの場に来る女性を娼婦だと思い込んでいた。
もし違うと反論しても、自分たちの都合の良いようにこれは演出なのだと解釈し、女性に手を出していた可能性は高い。
「最大の誤算は相手がマルカだったことだろうな。男5人を前にして怯むことなく、力業で押さえつけることができる令嬢など社交界広しといえど限られている」
それを考えると、災難ではあったけれど狙われたのが私で良かったと思う。
まあ、もう二度とあんなのは御免だけれど。
「けれど、やはりわかりません。先ほども言いましたけど、彼女に何のメリットが? 万が一私を排除できたとして、彼女が相手に選ばれることは絶対にないでしょう?」
「ないな」
「ないわね」
「ありえない」
皆揃ってそんな事は起こりえないと口にした。
けれど、「ないのだが……」と言葉が続く。
「そんなこともわからないのがあの娘なのだろう」
「……冗談ですよね?」
ヒューバートお義父様の言葉に思わず口の端を引きつらせた。
貴族の子女ならば学園入学前の子でもわかるようなことがわからないなんてことがあるのだろうか。
まがりなりにも一度はクライヴァル様の婚約者となった人だ。しかもつい最近まで子爵夫人でもあったのに、冗談としか思えない。
そう思ってクライヴァル様に視線をやれば、彼は何とも言えない顔をしていた。
「冗談、とも言えないと思う。彼女はいろいろと自分の都合の良いように考える節があった。それに、都合が悪くなると、それは誰かのせいであると」
「うげっ、何ですかそれ。すんごい面倒くさい人ですね」
「これ、マルカ。言葉遣い」
「あ、すみません……」
クライヴァル様の語るベサニー夫人像に思わず心からの声が漏れてしまうと、すかさずリディアナお義母様からお叱りを受けた。
孤児院でお母様から教えを受けてはいたけれど、気を抜くとすぐに言葉遣いが乱れてしまう。
普段の生活からなるべくきれいな言葉を使うように気をつけましょうとリディアナお義母様には言われているのだ。
気をつけねば。
「日々訓練よ。気をつけましょうね」
「はい。それでクライヴァル様、その都合よく考える頭で彼女はどう考えていると思いますか?」
「そうだな、彼女がマルカの情報をどこまで得ているかわからないから何とも言えないが……めぼしい家の令嬢はもうすでに婚約が決まっている。私と年齢の釣り合う中で、侯爵令嬢以上で相手がいないのは自分だけなのだから自分こそが相応しい、といった所だろうか」
「……それは、また」
本当にずいぶんと自分に都合の良い考え方だ。
まるで自分が一度結婚をして、侯爵令嬢ではなく子爵夫人になったことをなかったことにしているみたい。
夫であった子爵が亡くなったからといって、その事実は消えないのに。
もしクライヴァル様たちの想像どおりだったら呆れてしまう。
私の驚きに頷きながら、クライヴァル様は話を続ける。
「あとはマルカが狙われたことから考えても君の容姿は知っているはずだから、自分と似ているマルカを婚約者に選ぶなんて、きっと婚約解消は何か事情があって仕方なくしたことで、今でも自分のことが忘れられなかったのだ、なんてことも考えているかもしれない」
「似ているんですか?」
「言われてみれば似ているのかしらね」
私の質問に答えたのはリディアナお義母様だ。
なんでもベサニー夫人は庇護欲をそそる見た目で、他の人に言わせると守ってあげたくなるような可愛らしさだと言われていたらしい。
私も人からそう言われたことはある。自分ではそう思っていないが。
「私たちはマルカの内面をよく知っているからまったくそう思わないが、見た目の雰囲気だけなら同じ系統だと思う者も多いだろう」
「そうですか……でも、それにしても頭がお花畑すぎやしませんか? 仮にもクライヴァル様の元婚約者に対して失礼かもしれませんが、ちょっと恐怖すら覚えるんですけど」
「大丈夫だ。本当に今言ったとおりだとしたら私も怖い。自分で言っておいてアレだが」
「私は結構核心を突いていると思うわよ? あの子があの時から変わっていないならね」
「……」
皆が自分の発言に溜息を吐き遠い目をした。
「一応お聞きしますけど、今回の件はいろいろと状況証拠が揃っているじゃありませんか。こんなにすぐに足が付くような幼稚な計画を立てたりします?」
仮にも貴族である人が。
かつての愚か者レイナード伯爵でさえ、もう少しマシであったと思う。
「しそうなのよねぇ。本当に不思議だわ。貴族としての教育も受けていたでしょうに、どこに飛んでいってしまったのかしらねぇ」
リディアナお義母様が頬に手を当てて首を傾けた。
聞けば聞くほど面倒くさい人だな、ベサニー夫人。
侯爵令嬢であったなら、しかも公爵家に嫁ぐことが決まっていたのなら、それなりに教育を受けていたはずなのに、なぜそれがまったく生かされていないのか。
婚約を解消されたことが響いたのかとも思ったが、考えたらそれ以前のベサニー夫人を知っているお三方が揃って彼女ならやりかねないと言っているのだ。
「……とりあえず、どうします?」
「朝になる前に片付けるか。朝までマルカを屋敷から逃がすなと言っているあたり、朝になったら何かするつもりなのかもしれないしな」
「私もそれが良いと思うわ」
皆が頷き、合図もないのに揃って立ち上がった。もちろん私も。
さて、本当にベサニー夫人が犯人なのか、解決すればすべてがわかることだろう。
たとえ誰が相手だろうとこの人たちが本気になったら結果はもう見えている。
私の出る幕なんて少しもなさそうだと思いながら、私たちは笑顔で動きだしたのだった。
◇◆◇◆◇◆
まだ夜も明けていない暗い中をガタガタと馬車が進む。
御者を務めるのは私が屋敷に連れて行った男と、普段アルカランデ公爵家の御者を務める者だ。
そして馬車の中には普段この質の馬車に乗ることなど絶対にないであろうアルカランデ公爵家の面々が揃っている。
「あの、皆さん大丈夫ですか?」
公爵家の馬車とは違い、この馬車は揺れる。
乗合馬車などに比べれば揺れは少ないだろうけれど、それでもガタガタという振動は意外と伝わってくるし、椅子に敷物はあるもののクッション性には欠ける。
長時間乗っているとお尻が痛くなってしまうだろう。
「なに、何も問題はないさ。たまにはこういう馬車も面白味があっていいだろう」
「長時間乗るならもっとふわふわな敷物が欲しいけれど、そんなに遠くはないのでしょう?」
ふふっと笑ってリディアナお義母様が揺れた身体を支えるために隣に座るヒューバートお義父様の腕に手を添えた。
これだけ見ていると、今からピクニックにでも行くのかしらと勘違いしてしまいそうになるが、そうではない。
私たちは今、私が閉じ込めてきた男たちに会うために街外れのお屋敷に向かっている。
「そういえば、私たちを捜しに行ってくれている方たちは?」
「ああ、それならもうマルカたちは無事に帰ってきたと連絡をしてあるよ。ついでにそのままシャルバン侯爵が娘に与えたという屋敷に向かってもらっている」
アルカランデ公爵家では伝達用の鳥を飼育している。
仕組みは詳しくわからないけれど、メッセージを預かり、目的の場所、人物に届けたのち返事をもらって帰ってくるというとても優秀な子たちだ。
クライヴァル様はこの子たちを遣って連絡を取ったのだと言った。
なぜクライヴァル様たちがベサニー夫人の居場所を知っているのか不思議だったのだが、それも本日シャルバン侯爵子息がクライヴァル様のもとを訪れた時に聞いたそうだ。
シャルバン侯爵子息も姉の状況を知ってすぐに知らせに来てくれたそうだが、もう少し早くこの情報を知れていたらとクライヴァル様は嘆いた。
以前の彼女と変わって改心し、このまま大人しくしていると思われない理由が何かあるのだろうか。
気になって聞いてみれば、クライヴァル様が溜め息を吐いた。
「クライヴァル様?」
「……シャルバン侯爵家に送られてきた手紙の内容を聞いて、彼女は以前と変わっていないのだろうと皆思ったのだろうな」
そう言ってクライヴァル様たちが遠い目をした。
この様子から察するに、かつてベサニー夫人ことシャルバン侯爵令嬢との婚約を解消したことは英断だったのだろう。
そもそも婚約を解消するまでにはいろいろな過程があったはずだ。
幼い頃からの付き合いであったならば、彼女が公爵家に嫁ぐに相応しくない行動を取ったりした際には必ず指摘があったはず。
初めから見捨てたりなどはアルカランデ公爵家の人たちがするはずがない。
指摘や助言をしたにもかかわらず、軌道修正できなかったからこそ解消ということになったのだと思う。
それでも婚約破棄ではなく解消としたことは、シャルバン侯爵家やベサニー夫人に対する温情であったのだろう。
「……犯人がベサニー夫人でなければと思ったりしますか?」
仮にもかつて自分の婚約者だった人が悪事を働いたとしたら、少なからずショックを受けるのではと心配になった。
「いや? 変わっていなくて残念だとは思うかもしれないが、それだけだな」
なんてことないようにクライヴァル様は言った。
クライヴァル様のこういった冷めた態度は珍しく思う。
私に対してはいつだって優しくて、尊重してくれて、怒ったり冷たい態度を取られたりしたことがない。
私以外の人に対しても穏やかに接しているところしか見たことがない。
時々バージェス殿下に対して辛辣な発言をしていることはあるけれど、それだってクライヴァル様が心を許している証拠だ。
(待って、じゃあベサニー夫人にも……?)
それはそれでなんか嫌だ。
私だって少しキツイことを言われたくらいでは揺るがないくらいクライヴァル様のことを好いているんですけど?
モヤモヤとした感情を抱いていると、御者がもうすぐお屋敷へ着くと告げた。
「旦那様、少し手前で一旦停めますか?」
「そうしてくれ」
どうやら先に後からついてきている公爵家の騎士に辺りを探らせるようだ。
もちろん騎士たちも公爵家の騎士とわからないように、騎士服ではなく平民の装いをしている。
待つこと数分、騎士たちが戻ってきて「問題ありません」と告げたので、馬車は目的のお屋敷まで私たちを運んだ。
「まあまあ立派な建物ねぇ」
「男たちの話だと、貴族や裕福な人が愛人や娼婦と逢瀬を楽しむために利用されているらしいです」
「あらやだ、そうなの?」
リディアナお義母様が眉を顰めた。
「そうらしいです。内装もなかなか洒落ていましたよ」
そう言いながら、私は入り口の側に隠し置いていたブローチを拾い上げた。
「ブローチが役に立ったようだな」
自分が贈ったブローチが役立ったことにクライヴァル様は嬉しそうだった。
「はい。おかげさまで、しっかりシールドは保たれているようです」
ブローチをハンカチで拭きながら、まだ自分の魔力が通っていることを確認する。
張っていたシールドを解き、扉を開けようとした私の手をクライヴァル様が止めた。
そして連れてきていた男に扉を開けるように指示する。
「万が一開けた途端に攻撃されてはいけないからな」
「ちゃんとシールド張ってますよ?」
「それでもだ」
そう言ってクライヴァル様は自分の後ろに隠すように私の手を引いた。
「あ、あの、開けますよ?」
「さっさとしろ」
「あの、お嬢さん……ドアに触ったら雷を食らうとか、ないですよね?」
「ないですから安心して開けてください」
怯えたようにこちらを見るから何かと思ったら、先ほどの拷問まがいのことがよほど堪えているらしい。
予想以上に怖がらせてしまったようだ。
まあ、自業自得だから同情なんてしないけどね。




