10.どちらが上か
注)ヒロインがヒロインらしくない行動に出ます。
ヒロインは品行方正で誰に対しても優しくなくては許せん! という方は、後半すっ飛ばしてください。
「……ここね」
近くの馬車乗り場で降りてから歩くこと数分、やっと指定された場所に辿り着いた。
「ここはいったい何なのかしら。ずいぶん立派なお屋敷だけど」
門と塀に囲まれた建物は王都の外れにしてはやけに立派で、まるで貴族の邸宅のようだ。
いくつかの部屋に明かりの点いたお屋敷を見上げながら、ナンシーはここにいるのか、犯人は私を一体どうするつもりなのかと考えを巡らせる。
(考えても仕方ないわね。ここまできたら入るしかないんだし)
門衛のいない門を堂々と通り抜け、玄関の扉をノックするとゆっくりと扉が開かれた。
そしてその扉から伸びてきた手が私の手首を掴むと、中に思い切り引かれた。手を引いたのは若い男だった。
そんなに強く引っ張ったら危ないだろうがと怒鳴ってやりたいが、今はまだ様子見の段階。
強く出ることはできない。
「っきゃあ」
普段なら絶対出さない声をあえて出し、か弱い女性ぶってみる。
なお、私はもちろんシールドを纏っており、直接男に触れられてはいない。
シールドは極薄に仕上げてあるので、男はきっと私の服に直接触れていないことすら気づいていないだろう。
「きゃあだってよ。可愛い声だなあ」
「おいおい、なんだよ。まだ子供じゃないのか?」
「本当にこんな子が俺たちと遊んでくれるのか?」
「こんなに若い娘が働かなきゃいけないなんて、王都も世知辛いねぇ」
部屋の中には男が5人。
大きなソファとテーブルがあり、私の腕を引く男以外の4人はそこに座っていた。
揶揄うように笑う者、無言でこちらを品定めするように見る者など、反応は様々だ。
この男たちは何者なのか、本当にナンシーを攫った人たちなのか、まだまだか弱い振りで怯えたように声を荒げてみせる。
「な、何をするのです! あなた方は誰ですか? ナンシーは無事なの?!」
「誰って、俺たちは今日のあんたの客だろ?」
「きゃ、客?」
「そうだろ? 俺たちの報酬としてあんたは仕事をしに来たんじゃないか」
「は? 報酬? 仕事?」
駄目だ。まったく意味がわからない。
少し冷静になって整理しよう。
この男たちは私のことを報酬だと言い、彼らが何かを遂行したからその褒美として私がここに来たと思っている。
私の身がこの男たちの報酬となるような仕事、そして彼らの無遠慮な視線……頭に浮かんだ仕事内容に吐き気がした。
「あの、私の仕事って何でしょう?」
「っふ、はははは! こりゃ何の言葉遊びだ?」
「あんたの仕事はその身体を使って俺たちを楽しませることだろ? いや、まさか俺たちも一人しか来ないなんて思ってなかったけどな」
「あんた華奢だからなあ。一人で5人も相手するなんて壊れちまわないか心配だぜ」
「まあ、安心しなよ。そうならないように丁寧にたっぷり可愛がってやるから」
これから行おうとしていることを想像し笑う男たちの中で、私は一人俯いた。
そして考える。
女が一人しかいないということはナンシーはここにはいないということ。それがわかっただけでも収穫だ。
ナンシーがここにいないなら私が我慢をする理由はない。
こんな空気の悪い場所は早々に退散することにしよう。ただし、相手の持っている情報を搾り取れるだけ絞り取って。
どんな仕事を頼まれたのかはわからないが、この男たちには少なくとも依頼主がいる。
そして私が自らこの場所に足を運ぶように指示されたということと、その直前でナンシーが姿を消したということが無関係なはずがない。
(依頼主、吐かせてやる)
私は纏っていたシールドの範囲を一気に広げ、このお屋敷全体を囲った。
(あとは合わせて防音魔法も使えば……)
ここで私が何をしようと外から助けが入ることはない。
ずっと維持する魔法の重ね掛けは正直疲れるけれど、今はそんなことを言っている時ではないので。
私はゆっくりと顔を上げ、男たちに聞いた。
「私のお相手はここにいる皆さんで全員ですか?」
「ん? ああ、そうだ。さすがにこれ以上増えたりはしねーさ」
「そう。それは良かった」
さすがに一度に5人以上相手にするのは難しい。
「じゃあ、始めましょうか?」
「お、そうこなくちゃ! ベッドルームは二階だ」
「ここでいいですよ。だってすぐに終わりますから」
「は?」
男たちが間抜けな顔と返事をする間に私は屋敷全体を覆うように防音魔法を展開した。
男たちは気づいてもいないだろう。
そして間髪入れず、魔法で男たちの足を氷漬けにし動きを封じた。
「は? な、何だこれ?!」
「どうなってんだ?」
「急に足が凍っちまった!」
「……っ」
「ひ、ひい……!」
男たちは自分の身に何が起きたのか理解できず狼狽した。
けれど次の瞬間私の姿を見てその顔に怒りを滲ませた。
だって私の足だけが凍りついていなかったから。そして私が笑っていたから。
「おい、お前がやったのか!」
「私以外に誰がいます?」
「なんのつもりだ? 今すぐ魔法を解け! 娼婦が魔法自慢か?!」
「今ならまだ店に言いつけるだけで許してやる!」
ぎゃあぎゃあと喚く、自分たちの立場がわかっていない男たちに頭から水をかぶせてやる。
ちなみに魔法で出したこの水は氷に負けないくらいキンキンに冷してやった。
「さぶ、さみいっ!」
「お前、いい加減にしろよ!」
「うるさいですねぇ。いい加減にするのはそちらですよ。今この場で主導権を握っているのはあなた達ではなくこの私です。大人しくこれからする質問に答えてください」
「はあ? 娼婦の分際で生意気なんだよ!」
「男に媚びて生きていくしかないくせに!」
「はあ、耳が汚れそう。ちょっと黙っててもらえます?」
私は口汚く叫ぶ男の口を氷で封じた。
「むぐっ! ウー、グー!」
「はいはい、お静かに。そもそもその前提が間違っているとまだ気づきませんか? 私は娼婦じゃありませんし、あなた達も依頼人に騙されています」
「何だと?」
「そこで提案なんですが、今ここであなた達の知っていること、請け負った依頼について、洗いざらい話してくれればここでのこと、無罪放免にして差し上げますよ?」
「はあ?」
この男たちは善人とは言えなさそうだけれど、私に手を出そうとしたのは私がこの場に派遣されてきた娼婦だと思っているからだ。
私はなぜこのような事態が起きてしまっているのか、ナンシーはどこなのかを知りたいだけなので、その勘違いくらいは許してあげてもいい。
寛大な心でそう提案してあげたのに、私の善意は男たちにはまったく届かなかった。
「ふざけんなよ! 氷漬けにしておいて何だてめぇは!」
「依頼主のことをそう簡単に話すわけねえだろ! 馬鹿か!」
「ぺらっと喋ってしまったほうが絶対に身のためだと思うんですけど」
「お前みたいなただ魔法が使える小娘よりも貴族のほうが怖いに決まってんだろ!」
「ば、っか! 余計なこと喋るんじゃねえ!」
貴族と口を滑らした男をリーダー格の男が窘めた。
「へえ……貴族」
この男たちに依頼を出したのは貴族らしい。
それは、それは。ますます見逃すわけにはいかなくなった。
「本当に喋らないんですか?」
「……」
「まあいいですけど。喋りたくなるようにするだけですし」
私は男たちを見渡し、先ほど口を封じた男の氷を溶かしてやる。もちろん口の部分だけ。
ずっと氷の下でもごもご言っていた男は、冷たさから真っ赤になった口をさすると私を睨み、文句を言うために口を開いた。
「このっ――ギャッ!」
叫んだ瞬間ビクッと肩が跳ねた。
「お前、何をした――グアッ!」
「ギャアッ!」
「ヒギっ!」
「ガァッ!」
リーダー格の男が怒鳴った瞬間に叫び、他の男たちも皆同じように叫んでいった。
彼らに向けられたのは私の指。
「どうです? 雷は刺激的でしょう?」
にっこり笑って男たちに向かって手を振る。
先ほど浴びせた冷水のせいで全身びしょ濡れの彼らに雷はさぞよく効いたことだろう。
気を失っては困るのでかなり手加減はしているのだけれど。
「さっさと喋ってしまえば楽になれますよ?」
「だ、れが喋るか……! くらえ!」
リーダー格の男が火球を私に向かって飛ばしてきた。
なかなかの大きさで、当たったらそれなりに火傷を負うだろう。けれどそれは当たったらの話だ。
普段から魔法のエリート集団の攻撃魔法を体験している私には男の放った火球など、ゆっくりと舞っている花びらのようなものだ。
私に当たる前に水で包み込んでやれば、火球はジュワッと音を立てて消え去った。
「な、んだと……俺の魔法が……」
「あんな大きな火球、火事になったらどうするつもりですか。まったくもう。後先考えない愚か者にはこうです」
「グァッ!」
私はもう一発ずつ雷をお見舞いする。
展開速度の速い私の魔法は男たちには見えていないようだ。
「もう一回いきます? もしかして水責めのほうがお好みですか? それとも炎で焼かれたいですか? もしくは風の刃?」
口にした順番で指先に魔法を展開してみせる。
私は積極的に人を傷付ける魔法を使いたいわけではない。だから体に直接傷を付けるような攻撃魔法は使いたくない。
けれど相手を威嚇するためには見せておかなければならない。
下に見ていた相手が自分よりも格上の存在なのだと認識させなければならないのだから。
たとえそれが非情だと言われても、過剰な防御だと言われても、大切なものを守るためにはそんなことは言っていられない。
私を恐れればいい。
こんな奴らにどう思われても痛くもかゆくもない。
より笑みを深めた私に男たちは初めて怖気づく様子を見せた。
「な、何だお前……何なんだよ!」
ようやく男たちは気づいたのだろう。
娼婦だと、ただの小娘だと侮っていた相手の魔力と魔法が平民のそれではないということに。
「嘘だろ……まさか、お前も貴族か?」
「私は自分が平民だとも娼婦だとも言った覚えはないですけどね。もしかして少し耐えれば私の魔力が切れて自分たちにチャンスがあると思っていましたか?」
男たちは悔しそうに口を歪ませた。どうやら本当にそう思っていたらしい。
たしかに学園に通わないくらいの平民の魔力量なら、今までの魔法を何回か使えばすぐに魔力切れを起こすだろう。
「お生憎様。そんな未来はありませんよ」
広げた掌の上に、無数の氷の刃を作り出す。
それを躊躇なく男たちに向かって放った。
「うわあっ!」
「ギャー!」
男たちは凍らされていない腕を顔の前に出し、必死に自分を氷の刃から守ろうとした。
そんなことをしても意味はないのに。
「あ、あれ?」
最初から当たるようになんて放っていない。
だからそんなに「こいつさてはコントロールが悪いな?」なんて期待に満ちた顔をされても困る。
「もしかして外れたと思ってます? 外したんですよ? そもそもあなた達の身動きが取れない今の状況なら多少コントロールが悪くても問題ないですけど」
だからさっさと知っていることを話してもらえないかと言うと、リーダー格の男は不敵な笑みを浮かべた。
「ははっ! 身動きが取れないねえ。こんな氷、溶かしちまえばいいだけだろ!」
そう言って男は自分の足を封じている氷塊に向けて魔法で炎を生み出した。
(まあね、氷なんだから火で溶かそうとするのは当然よね)
多少熱さを我慢すれば足が自由になるなら、誰だってそう考えて溶かそうとするに決まっている。
(でも、凍らせた本人がまだここにいるってこと忘れているんじゃない?)
男が氷を溶かし、足が動かせそうだと感じたところですかさず新たに氷で足を固めてやった。
この男の馬鹿なところは、まだ私と自分の実力の差を理解していないことだ。
おそらく頭ではわかっているのだろうけれど、なまじ平民にしては魔法の扱いに長けているだけに、私のような年下の小娘に自分が負けるはずがないと思ってしまうのかもしれない。
再び氷に覆われた自分の下半身に愕然としていた。
他の4人の男もリーダー格の男ならばこの状況を打破できると思っていたのだろうが、当てが外れ信じられないという表情を浮かべた。
もう面倒くさいから腕まで全部氷漬けにしておく。さっきから見ていると、男は魔法を展開したい場所に向かって手を向けないと使えないようだから。
それにしてもなぜこんなにも口を割らないのか不思議でならない。
依頼主が貴族で私が平民だと思っていた最初ならまだわかる。けれど、私を貴族だと認識した今でも喋ろうとしないのはいったいなぜなのだろう。
(まあそんなことはどうでもいいけど)
私は掌の上に水の球を5つ作り出し男たちに問いかけた。
「溺れたことってあります? すごく苦しいんですって。試してみましょうか」
「……まさか」
私は水球を徐々に大きくし、人ひとりの頭がすっぽりと入るくらいまで成長させると、それを男たちの目の前まで移動させた。
「私、できますよ。この水量を維持したまま、あなた達の顔に留めることくらい簡単です」
「は、はは、そんな馬鹿な。水球ってのはぶつかったら弾けるもんだろ……?」
はははと乾いた笑いを漏らす男たちの顔を頭ごと水の塊の中に沈め、すぐさまそれを外す。
「ゴホッ、ゲホ!」
「ね? できるでしょう? 口を割らないならこれと雷を交互に浴びせますから。いつまで耐えられるでしょうね」
わざとらしく冷笑を浮かべ、再び目の前に水の塊を移動してやれば、男たちは「ひっ……!」っと息を飲み込んだ。
「さ、いきますよ。それ」
「う、うわあぁぁぁぁ~~~~~~~っ!! ぐぁぼぼ……ゲホゲホッ……し、死ぬ、っは、はあ」
「つぎはこっちです」
「ギャァー!」
水と雷で交互に責めると、顔を青くした男たちの悲鳴が部屋中に響き渡った。
全然気づいていなかったんですが、前回が記念すべきマルカ100話目でした°˖✧◝(⁰▿⁰)◜✧˖°
結構書いたなぁ。
書籍は1巻しか出せなくて、ものすごく中途半端になってしまったのが残念だけど、ここまでお付き合いしてくださっている皆様ー!
本当にありがとうございます!




