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閑話 誰か・その決意


「え? 犯人の写真が公開される?」

「うん……」

 コンビニから家に帰ると、杏からの留守電が残されていた。

『大事な話があるから、警察署の前に来て』

 切羽詰まったような、絞り出すような、震える声。

 隣の家なのに、なぜわざわざ警察署の前なのか。不審に思ったが、大事な話というのが気になり、気が付いたら自転車を走らせていた。もしかしたら、やっと秘密を打ち明けてくれるのかと、うれしく浮足立った気分だったからかもしれない。

 不謹慎なことに。

「やったな! これで犯人が捕まるな!」

「うん……」

 やっと、やっと柚子を殺した犯人が捕まるかもしれないというのに、浮かない顔を浮かべている。伏し目がちに足元を見つめ、やがて俺の方をまっすぐに見た。

「和馬君、あのね……」

「おーい! もう記者会見が始まるぞお。入らなくていいのか?」

 口を開きかけた杏を、小太りの刑事が遮った。杏は口を閉じ、「……行こうか」と呟いた。俺もそれ以上は聞かないで、ついていった。



 警察署の中、白い部屋に、俺たちは通された。杏の両親と、杏と俺。杏の父さんも、桃花さんも泣いていた。家族だけの空間。そんな中俺だけが場違いなようで、そわそわと落ち着かなかった。

「……これから、記者会見が始まるんだって」

 ぽつりと、杏が言う。小さな小さな、かよわい響きだった。俺がしゃべったら壊れてしまいそうな気がして、相槌を打つことさえできなかった。

 退屈なテレビ番組。生放送ですというキャスターの声が入り、画面が変わる。白く長い机の前に座った、警察のお偉いさん方たちだった。何度か咳をして、中心の灰色の髪をした男が立ち上がる。眼鏡を直しながら、書類を見ながら言った。

『■■町連続幼児殺害事件についてですが、六日前、容疑者は自宅から逃走しました』

 目が、話せない。一字一句が、耳から脳へ、重く重く響く。

『当初、我々は指名手配写真を公開するか、非常に迷いました。しかし、凶悪犯逮捕のためには仕方がないということで、公開することにしました』

『それはなぜですか?』

 ごくりと唾を飲み込む。瞬きができない。口の中が渇く。周りには誰もいない。ここにあるのは俺と、この音だけ。そんな気さえした。

『容疑者が、未成年だからです』

 いっせいにフラッシュがたかれ、ざわざわと会場がざわめく。

 嘘だろ? 柚子を殺したのは、子供? しかも逃走した?

 わけがわからない。

 頭の中がぐちゃぐちゃになる。飛び交う記者たちの質問を無視し、テレビの中の男は白い幕の前に立つ。

『これが、容疑者の写真です』

 白い幕に、ぱっと映る写真。テレビも、ここも、静まり返った。足が震える。声が抑えられない。感情に、歯止めが利かない。

「嘘、だろ……」

 背景に映る、桜の花。

 晴れ渡るような笑顔の、優一。

 まるで、そんな事件のことなど微塵も知らないという、笑い。

「う、うそだあああああああああああああああああああああああ!」

 なんでなんでなんでなんでなんで!

『この写真の頃には、容疑者はすでに事件を起こしていたと思われます。この少年に見覚えのある方、すぐに警察の方にご連絡ください……』

 力が抜ける。膝をつく。目の前が、真っ暗になった。



「和馬君、大丈夫?」

「ああ……」

 俺は、警察署内のベッドに寝かされていた。体を起こし、杏から水を受け取る。喉を潤す水は、心の渇きまで消してくれるような気がした。

 わかってるよ。そんな感覚、幻想だって。

「もうちょっと寝ていた方がいいんじゃないかな?」

「大丈夫だって! ほら!」

 無理に笑い、ベッドから飛び降りる。と、着地に失敗して足がグキッとなった。その場に倒れ込む。

「かっ、和馬君!」

「いやー。どじっちまったよ」

 頭をかく俺に、ぷっと吹き出す杏。俺もつられて笑いだす。

 つらいのは、俺じゃない。本当につらいのは杏なんだ。

 杏が優一に好意を抱いていたのは、知っていた。いつからかはわからないが、ふと杏をみると優一を見ていた。境目と境目があいまいで、それでもだんだん濃くなっていく。そんな感じだった。

 知っていたのか、とは訊けなかった。いつから、どうして。

 杏は今、何を考えているのだろうか。

 実の妹を、自分の好きな人に殺される。杏は、優一を許すのだろうか。

 笑顔から、その気持ちをうかがい知ることは不可能だった。



 家に帰り、ベッドの上に倒れ込む。頭の中を、さまざまなことが駆け巡っていた。

 柚子のこと、可愛がっていた。生まれた時から、見ていたのに。

「どうしてだよ……」

 シーツをくしゃりとつかむ。目をかたくかたく閉じる。そうしてるだけでも、優一の顔が浮かび上がってきた。

 いつだって笑ってた。怒ったことなんてなかった。クラスからも頼られて、女の子にもてて。あいつは温厚で、優しくて……。

 ふと、脳裏を夏の日が通り過ぎた。腐りかけた猫の死体に、無表情の視線。

 そうだよ……あいつはもともとそんな奴だったんだよ……。

 葬式の時、柚子の棺の前で、泣いていた。

 白々しい……。

 ベッドをたたくと、スプリングが軋む音がした。何度も、何度もたたき続ける。

『私は、大丈夫だから』

 そう言って無理に笑う、杏。

 本当は、泣きたいはずなのに。

 許せない。

「許すもんかよ……」

 窓から空を見上げる。月が、半分に欠けていた。

 俺たちの平和を壊した殺人鬼を許さない。

 地の果てまで追いかけてやる。お前の心臓を生きたまま握りしめて、一緒に地獄にだっておちてやる。

「待ってろよ……優一」

 ぎらぎらと光っていた。

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