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閑話 誰か・警察署内にて


 ■月■日   ■■町連続幼児殺害事件


 被害者 宮脇健二くん(6) 木下柚子ちゃん(7)

 容疑者 沢田優一(15)


 ■月■日、宮脇健二くん(6)が友達の家に行ったまま帰ってこないのを不審に思った母親・宮脇幸子さん(37)が警察署に捜索願を出す。午後八時三十四分。

 翌日の十時ごろ、散歩をしていた男性・足利大樹さん(16)が、藁大橋の下で健二君を発見。体に打撲の痕、頭部には近隣のビルで調達したと思われる鉄棒が貫通していた。橋から突き落とした殺害した後、遺体に手を加えたと思われる。健二くんの自転車は、同橋の下の茂みで発見された。

 ■月■日、木下柚子ちゃん(7)が行方不明になる。最後に目撃されたのは、学校の校門。沢田容疑者とともに帰る柚子ちゃんの姿が同じクラスの子供に目撃されている。

 翌日の午前八時五十六分、散歩をしていた松本響さん(67)が、異臭を感じて河川敷の廃工場に入ると、内臓が取り出された柚子ちゃんが発見された。頭についていたリボンには、沢田容疑者の指紋が付着。

 沢田容疑者は証言をした遠藤海人くん(7)に、証言の訂正を求め暴行する。後に、海人くんは警察署の前で保護された。現在は精神病院に入院中。

 犯行を映していたビデオを発見した友人の少女が沢田容疑者に詰問したところ、二階から飛び降りて逃走。現在も逃走中である。



「ふう……」

 目の前の書類に目を通し、ため息をつく。すっかりと薄くなった頭を、ぼりぼりと掻いた。

「けーぶ、お疲れ様っす」

 デスクの上に、すっと日本茶がさしだされる。警部……薩摩警部は、グイッとそれを飲み下した。かなり熱いはずなのだが、そんなことは微塵も感じさせなかった。隣に立っている部下……川上に向かってつぶやく。

「嫌な時代になったもんだなぁ……ガキが、ガキを殺すなんてな。しかも口封じまでしてやがる」

 頭の中に、一人の少年が浮かび上がる。おびえた目、汚れた制服からのびる手首から、血がとどめなくあふれている。駆け寄った薩摩に向かって、少年はうわごとのようにつぶやく。

『さっきのことは嘘です。さっきのことは嘘です。さっきのことは嘘です。さっきのことは……』

 血を滴らせながら、お経のようにつぶやく少年の姿は、異常だった。失血死の可能性があったので、すぐに救急車に運ばれていった。書類によれば、精神病院に入れられているらしい。まだ、あの言葉をつぶやいているのだそうだ。

「あの子、見ててすげえかわいそうだったっす……犯人が、許せないっすよ!」

 拳を握りしめ、デスクをたたく川上。書類が一センチほど浮いた。そんな川上を、薩摩はなだめる。

「落ち着け。刑事が冷静でなくて誰が冷静になるんだよ。で、頼んだものは?」

「あ、はいっす」

 脇に挟んでいた茶封筒の中から、ごそごそと紙を取り出す。……書類と、一枚の写真だった。

「……なんだこれは。卒業式の写真、か?」

「はいっす」

 沢田優一が逃走して五日。一向につかまらない凶悪犯に、指名手配を出すことになった。凶悪犯とはいえ、未成年。異例の判断だった。

「ばっかやろう! なんで指名手配の写真にめでてえ写真使うんだよ!」

 薩摩が苛立った声をあげると、川上が戸惑ったように、もごもごと口を動かす。

「これが一番新しいんすよ。それに……どれも、一緒だと思いますっす」

「なんでだよ。もうちょっと真面目に探したのか?」

 やれやれとため息をつき、書類に向き直る。そんな上司の背中に、川上は言う。

「笑ってない写真が、ないんすよ」

「は?」

「全部、笑ってるんす。この容疑者」

「んなわけあるか。真面目に探したんだろうな」

「疑うならけーぶも調べてみてくださいっすよ!」

 その声に、薩摩も振り向く。おずおずといった様子で、川上に訊いた。

「……マジなのか?」

「……みんな、笑ってるんす。全部、コピーでもしたような顔で映ってるんすよ……まるで、笑っているお面をかぶってるみたいっす」

「…………」

 まじまじと、写真の中の少年を見る。つやつやとした黒髪に、端正な顔立ち。どこにでもいそうな、平凡な少年。心の底からうれしいといった表情で笑っている。ように見えた。

「…………」

 ごくごく普通の家庭に生まれ、仲の良い友人に恵まれ、学校でも問題を起こしたことがなかった。それどころか、才色兼備で文武両道、教師からも生徒からも信頼される、完璧なる人間。

 家族も、友人も気づかなかった、彼の異常性。この笑顔の裏に、彼は何を隠していたのだろうか?

 大人、子供、友人、家族に対しても、自分を偽り、隠し通す。世界に、嘘をついて生きてきた。十五年間、ずっと。

 そう考えたとたん、背筋が冷えた。鳥肌が立つ。

 だれにも自分を見せない。それは、どれほどの精神力が必要なのだろうか……。

 そこまでして隠したかった、自分。

「けーぶ?」

 川上の言葉で、現実に引き戻される。顔を覗き込んでいる、川上の姿があった。

「お茶、もう一杯いるっすか?」

「……いや、いい。行くぞ」

 薩摩は、椅子に掛けてあるコートを手に取った。


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