28 「魔結晶の魔法陣」
あれから、酒盛りを始めたエドラノールさんとタマモを置いて、俺は外へと出ていた。本日の目的は、ロポリ対策のアイテムの購入である。
行く場所は、市場ではなく魔術師ギルドだ。
ロポリ対策で使うものは、魔物素材の加工の過程で使用される劇物に相当するものなので、一般の市場などでは取り扱いがない。冒険者ギルドでも取り扱いがないわけではないのだが、魔術師ギルドの方が質がいいと聞いたので、今回は魔術師ギルドで買うことにした。
魔術師ギルドに入って左手の壁側にある商品の売買をしている窓口にいき、そこにいる巻き角が生えた獣人の受付嬢に声をかけた。
「すみません。アグウェピンの消化液はありますか? 」
「アグウェピンの消化液ですね。先にお客様のギルド証の提示をお願いします」
首に提げていたギルド証を受付嬢に見えるように掲げる。
「黄の3ですね。かしこまりました。ご用意してまいりますので、あちらで少々お待ちください」
受付嬢が席を立って離れる。
受付口から商品の保管場所はそれなりに離れているのか、ここでの購入はそれなりに待たされる。
指し示された先のテーブル席で待つ。水がでるわけでもないので、飴玉を口の中で転がして待っていると、背後から声をかけられた。
「ケン、何してる? 」
振り返って声の主を確かめると、コレット先輩が何やら長い巻物を持って立っていた。
「おはようございます、コレット先輩。冒険で使う買い物ですよ。コレット先輩は何をしてたんです? 」
身体が小さいとはいえ、140センチは超えてるだろうコレット先輩よりも長い巻物に目を向けながら問いかける。
「ん、これから試作した魔法陣の検証実験」
「へぇ、随分と大きい魔法陣を描きましたね」
どんな魔法を込めた魔法陣なんだろうか。
確か、コレット先輩が専攻していたのは、土魔法に関するものだったはずだ。
出来るなら見学したい。
「……手伝ってくれるなら、見てもいい」
そんな欲望が顔に出ていたのか、コレット先輩からの申し出に俺は一も二もなく頷いた。
準備があるということで、コレット先輩は先に研究室へといった。
それからしばらくして受付嬢が持ってきてくれたアグウェピンの消化液が入った小瓶を銀貨1枚で購入した。
……やっぱり高いな。
今回はタマモの挑発に乗った形になったが、やはり別の手段で倒せるようにならないと赤字だ。
濁ってはいてもガラスの瓶で出来ているのは、入っている液体の腐食性の高さによるものだ。うっかり、鞄の中で零してしまうなんてことが起きないよう、紐で蓋を固定し、今朝方作った仕切り板で仕切った枠の中へと納める。
買い物はそれで終わりなので、受付嬢に礼を言ってコレット先輩の研究室へと向かう。
コレット先輩は、中学生くらいの見た目ながら、青の3である。黄は図書館が利用できるようになり、その次の赤は共有実験室の利用が可能となる。その次の青となると個人の研究室を持てるようになる。
個室を持てるだけあって青以上となると、ここの魔術師ギルドに所属する者の中でその数はあまり多くない。
赤と青の壁は、追従者と先達者で、はっきりと厚い壁で隔てられているため、青に上がらないまま十数年かかることもある。それをあっさりと飛び級で越えたコレット先輩は秀才だった。
螺旋階段を上がり、個室の研究室が連なる階層の一室にまでくる。実のところ、ここまで来たのは二度目だ。以前、図書館で借りた本を研究室まで持っていくのを手伝ったが、部屋へは入れてくれなかった。中に入るのは今回が初めてだ。魔法使いの研究室という単語には期待がある。
ドアを二度叩いて暫く待っていると、ドアが少しだけ開かれた。そこからコレット先輩が顔を出す。
「……入って」
コレット先輩に招かれて研究室へと入った。
中は薄暗かった。白熱灯のような魔法灯の明かりが等間隔にあった廊下と比べ、部屋の中央に小さな魔法灯がひとつしか灯されていなかった。それに所狭しに積み上げられた物のおかげで、その明かりも十分に部屋を照らしていなかった。
なるほど。前回、入れなかった理由が分かった気がする。
キョロキョロと辺りを見回していると、服の裾を引っ張られた。
「あまりみないで」
心なしか裾を引っ張る無表情のコレット先輩は恥ずかしそうだった。
「あーすみません。それで、何を手伝えばいいですか? まずは片付けですか? 」
「……それは、いい。こっち」
コレット先輩は、裾をより強く引っ張って、奥の部屋へと俺を連れて行った。
奥の部屋は、さっきの部屋とは異なり、物が置かれておらず、壁際に長机が一つ置かれ、中央に大きな魔法陣が敷かれただけの一室だった。さっきの部屋は剥き出しの石壁だったが、こちらは壁や床、天井がのっぺりとした白い漆喰で被われていた。
さながら実験室みたいなところか?
「この魔法陣のここに手を置いて」
コレット先輩が指し示した魔法陣は、恐らくさっき抱えていた魔法陣のものだろう。三重の円模様と中央の渦模様が特徴的な魔法陣だ。
大きな魔法陣に細かい呪文がびっしりと書かれているせいで、いくら日本語で理解できるといっても一目では魔法陣の効果は読み解けない。
「ここに? 何の魔法陣なんだ? 」
「魔力を吸って、それを凝縮する」
そう言いながらコレット先輩が、指し示した魔法陣の外周の中に描かれた円に両手を置いた。
コレット先輩が両手を置いて少ししてから魔法陣の文様がほのかに輝きはじめる。
外周から順に輝きはじめ、中央の渦模様まで輝きはじめると、魔法陣の中心が強く輝き始める。
いや、これは光が零れ出している?
変化を見せる魔法陣の中心に注視した瞬間、光が炸裂した。
「うわっ!!? 」
光属性の呪文【閃光】に相当する閃光が突然、炸裂して目が眩んだ。とっさに目を手で覆ったが間に合わずに、視界が真っ白に染まる。
「今のなんだ。光魔法か? 」
閃光を直視してしまったがために、チカチカとする目を細めて、魔法陣を見直す。今の閃光で、何らかの効果を発揮して魔法陣は停止したようで、魔法陣の輝きはなくなっていた。それ以上は、薄暗いのと光が目にやられたせいでわからない。
「違う。魔力の発光現象」
涙目になりながら、周囲を見回しているとコレット先輩の声が聞こえてきた。いつの間にか、魔法陣の上に立って、何かを拾い上げるような仕草をして立ち上がる。
「魔力の発光現象? あれって確か、魔法を行使する時とかに空気中に漏れる魔力で引き起こる現象ですよね」
「そう。吸い取った魔力を凝縮する際に無駄になって空気中に拡散した魔力の発光。そして、これが魔力を凝縮してできたもの」
そういって差し出されたコレット先輩の手を薄目で覗く。魔法灯の明かりをキラリと反射する黄色の粒がそこには乗っていた。大きさは、米粒くらいしかない。
「これが? 一粒だけですか? 」
「……そう。これだけ」
「……ちなみに、これってどれくらいの魔力が込められているんですか? 」
「土属性の初級呪文【土よ】一発程度」
……なるほど。
「まだ未完成なんですか? 」
「そう」
やはりか。
ロスした際に起こる発光現象の規模と出来たものの魔力の少なさを考えると、まだまだ無駄が多いのだろう。
「あと、もしかしてこれって魔石とか呼ばれてるのと同じのですか? 」
「少し違う。正しくは魔結晶。不純物が多い魔結晶を含有したものを魔石と呼ぶ。これは土属性の魔結晶」
魔力の結晶化。自然界では、魔石などの形で存在するのは知っているが、人工的に作成できるなんて話は初めて聞いた。
「……もしかして、魔力の結晶化する技術は結構画期的だったりします? 」
その問いにコレット先輩は首を左右に振る。
「魔力の結晶化を人工的に生成する理論と技術自体はすでに存在する」
そう言ってから、でも……と言葉を続ける。
「効率が悪くて費用がかかる」
「だから効率のいい生成方法を研究しているってわけですか。わかりました。面白そうなんで、少し手伝わせてください。次は自分がやってみたらいいですか? 」
尋ねると、コレット先輩は肯定を示す様に頷いた。
俺は手荷物を最初の部屋の隅に置かせてもらってから、魔法陣の前に膝をつく。
一度使うと使えなくなる自分の使い捨ての魔法陣とは違い、この魔法陣は魔力を通せば何度でも使用できるものみたいだ。
羨ましい話だ。
使い捨てではない魔法陣を作成するには、特殊な加工や素材を用いたインクと紙が必要になる。そして、当然高い。べらぼうに高い。一般的な魔法陣をつくるのに合わせて金貨1枚くらいの金が必要になる。
流石、個室の研究室をもつだけあって使えるお金も多いのだろう。
そんなことを思いながら、先程のコレット先輩が手を置いた同じ場所に手を置いた。
当然、手を置いただけでは発動しない。意図的に魔力を手に集めて魔法陣へと流す。いつものように流すが、魔法陣はどんどん吸っていく。徐々に外周から輝きを見せ始めるが、その速度は、コレット先輩の時よりも遅い。
流す量がまだ少ない?
魔法陣に込める量を増やすと、魔法陣の文様が輝く速度が増した。
いつも使っている魔法陣は、市販の魔力インクを使っても魔法が下級なために魔力を込めて、すぐに全体がほのかに輝いて魔法を発動する。
だから、加減が難しいな。
様子を見ながら込める魔力を増やしていっていると、魔法陣全体がほのかに輝くようになった。
その瞬間、自分の意思とは別に魔法陣においた手から魔力を吸われ始める。それも自分が魔法陣に込めていた量よりも多い量が一気に吸われた。
うおっと思った瞬間、魔法陣の方にも変化があり、魔法陣の中心の輝きが一層増し始める。
さっきと同じことが起きると、思った俺はとっさに魔法陣から手を放して目を覆った。
案の定、魔法陣の中心で閃光が炸裂した。
しかも、先程よりも強烈な光が、目を閉じていても感じた。
俺がチカチカとする視界に目を擦っていると、コレット先輩が魔法陣にできた魔結晶を拾い上げていた
「さっきより眩しかったですけど、うまくいきましたか? 」
「うん、大きくなった」
そう言って、見せてきた手の平を見ると、透明な魔結晶があった。米粒サイズから金平糖サイズくらいに大きくなっていた。
「これで、魔力量はどれくらいなんです? 」
「初級呪文3発分」
「あれだけ消費してたったそれだけか」
さっきの魔法陣の起動。普段使う【閃光】の魔法陣なら20回、30回くらいの回数は発動できたと思う。
定量的に消費した魔力を数値化できるわけではないが、普段の魔法行使で消費する体感的な消費量を相対的に見て考えると、変換効率が10%を下回っている気がするぞ。
「ちなみにかなり効率が悪いと思うんだが、他の魔結晶の生成方法もこれくらい非効率なんですか? 」
「もっと効率いい。でも、十分な大きさの魔結晶を生成するのに、材料で魔石を多く消費する。ある程度の純度がないと効率もより悪くなる。だから、費用がかかる。こっちは人の魔力で作れる。費用がかからない」
あーそれは確かに費用がかからない。そして、やっぱりそれは画期的だ。
魔力は自然回復するが、人によって溜めれる魔力に限界はある。使わない分の魔力を消費して、魔結晶にできるなら金になるし、魔法陣や魔法の時に代わりに消費して使えたりもする。
こうして魔法陣も何度も使えるなら、最初の準備費用を除けば、人の魔力以外を必要としないから使用回数が増えればそれだけ費用を抑えれることになる。
「ちなみにこの魔結晶を買おうとしたらどれくらいします? 」
「多分買い取り拒否される。売れて銅貨2枚くらい。」
やっぱり、まずはこの効率をどうにかしないといけないってわけか。
頑張れ、先輩。
・魔力の結晶化
作中で説明が出来る前提でしかないので、簡単に補足。
他の物質と同様に、魔力の素となる物質である魔素が存在します。魔力と表されているのは、人体や物に含まれる人為的に操作可能な状態の魔素を指しています。気体、固体、液体の状態が存在します。
自然界では、どの状態も確認できるが、気体や液体の状態であることの方が高い傾向にあります。また、どの状態も純粋な状態ではなく、何かと結合している場合が多いです。
結晶化とは、その魔素をなるべく純粋な形で固体にすることを指しています。
等と賢しげに語りますが、魔素が物理法則を越えた振舞いを見せるのは、そういう摩訶不思議な物質だからなーと優しく解釈してください。
疑問点があれば、お気軽にお尋ねください。
また、感想をいただければ、幸いです。




